夏板
やはり8時には皆集まっていた。
「みんな早いのねぇ。でも今日は、向こうとの約束があるから早く出発はしないわよ?」
「はーい。大丈夫でーす。下絵の相談にのっています」
「あら、そうなの? リラちゃん、よろしくお願いするわね」
「はーい」
待ち合わせに外は寒いので店内を解放してあり、リラが絵を指導していた。
ユリはリビングに戻り、リラが絵の指導をしていることを話した。
「見てくるにゃ!」
「キボーも、キボーも!」
ユメとキボウが見に行ってしまった。
「ユリ、ユリは何を作る予定?」
「向こうには、何の予定と伝えてあるの?」
「各自2つくらいずつ、好きなものを選ばせると伝えてあるよ」
「私は絵付けより陶芸が良いわ」
ユリは物を作るのは得意だが、絵は苦手なのだ。
「なら、皿でも壺でも好きな物を作ったら良いよ」
「いいの? わー。何作ろうかしら」
ユメとキボウが戻って来ないので、ユリとソウは出掛ける事にした。
お店に行くと、皆が絵を持って待っていた。
「そろそろ出掛けましょう」
「はい」「はーい」「はい」
ソウがキボウに説明し、キボウを抱っこしたリラに皆が掴まり、ユリはユメを連れ、ソウは単独で転移した。
「こんにちは。ホシミです」
「おぅぅ。ホシミ様、お待ち申し上げておりました」
工房長が、迎えてくれた。
ぞろぞろと工房に入り、リラが仕切ってくれて、希望者は絵を描き始めた。意外にも、イリスは絵ではなく、陶芸を希望し、ユリと一緒に壺?のようなものを作っていた。
「イリスさん、何を作るの?」
「これと決めたものはないのですが、1度挑戦してみたいと考えておりました」
「良いのが出来ると良いわね」
「はい」
ユリはまるで見本のようなかっちりした形状の花瓶をろくろで作り、イリスは芸術的なデザインの器を、やはりろくろで作っていた。
ユリは2つ目も陶芸希望で、イリスは絵を描きに行った。
ほとんどの人は、カップと皿に絵を描いていて、リラは、マリーゴールドに頼まれたと言う絵皿も描いていた。やはり早描きなので、3つ仕上げても誰よりも描き上がるのが早かった。
ユリは小皿を4枚作った。
「ソウ、小皿4枚でも良い?」
「作る気力が有るなら、何枚でも構わないよ」
ユリは工房長に小皿の色を指定し、快く引き受けて貰えた。
ソウは何を作ったのかと思えば、去年思い通りに出来なかったらしい器だった。今年も去年と同じように、蕎麦猪口にしか見えない。実のところ格好良い杯を作りたいのだが、サイズ感がおかしい。いくら縮むと言っても、半分にはならない。
「キボー、かいたー」
「あら、キボウ君、もう描き終わったの?」
キボウは、神様用の皿を描いたと説明していた。
「出来上がったら、世界樹様に持っていくの?」
「あたりー!」
「引き取りは2月になるけど、出来上がるのは1月の中頃らしいわよ」
「わかったー」
次にユメが来た。
「書き終わったにゃ。家族で使ってにゃ」
「え」
皿やカップが出来上がる頃、ユメは居ない。
「私、家族の分で、お皿4枚作ったの」
「ユリ、ありがとにゃ」
ユリは泣きそうなのを必死に耐えた。ユメが笑顔なのに、自分が泣くわけにはいかないと思ったのだ。
「ユリ様ー、みんな描き終わりましたー」
「リラちゃん、どうもありがとう。マリーゴールドちゃんに頼まれたお皿も描いたの?」
「はい。最初に描きました」
「まだ作りたい人はもういない?」
「大丈夫です。みんな2枚描いて、ぐったりです。あはは」
集中力が、もう続かないらしい。
ソウが引き取りの予定を話し、2月に引き取りに来ると言って、今回の料金を支払った。
「あ、あの、私が頼みましたお皿は、おいくらでございますか?」
マリーゴールドが、ソウに尋ねていた。
「リラからの祝いってことで、払わなくて良いよ」
横にいて聞いていたリラが、お金の入った袋を取り出した。そもそもリラも払う気でいたらしい。
「はーい、では、私が払いまーす」
ソウは、それを手で遮っていた。
「リラ、今日の指導料、皿で良い?」
「はい! ありがとうございます!」
こうして全てソウが支払っていた。
「ホシミ様、ありがとう存じます。リラさん、ありがとう存じます」
「リラ、足りない分は、ユリから何か習ってくれ」
「はーい! やったー!」
「あら、何を教えたら良いのかしら?」
「食べたことが無い物が良いです!」
「食べたことの無い物ねぇ。夏板を人数分出して、お好み焼きでも焼きましょうか?」
「なんですか?それ?」
「いちご飴が売っている場所で売っているような、食事物のメニューね」
「それ食べたいです!」
鉄板が使える強化夏板は、30台購入してあり、カエンに渡したのと、ユリが2台とソウが持ち歩いているのを引いても、26台有るのだ。
「俺が買ってくるよ。キャベツと何が必要?」
「ソース、豚肉薄切り、天かす、山芋かしら。卵、小麦粉、青のり、鰹節、マヨネーズは家に有るわ」
「みなさん、自分で作ることになりますが、お好み焼き作りに参加される方はいらっしゃいますか?」
何と全員参加希望だった。セリとカンナは、昨日残れなかったことが心残りだったらしい。
「マリーゴールドちゃん、すぐ帰る? ご飯食べてから帰る?」
「いただいてからでも、よろしいでしょうか?」
「かまわないわ。着替えてくる間に作っておく?」
「よろしいのですか?」
「食べるときに、割烹着を着たら良いわ」
「ありがとう存じます」
ユリは、シーミオとマリーゴールドの分は、作ろうと考えていたのだった。
「とりあえず、まずは帰りましよう」
行き同様、キボウを抱っこしたリラに掴まり、転移した。ユリはユメとマリーゴールドの手を繋いで転移した。
何人かが、汚れた服を着替えてくると言い、一旦家に戻っていった。
ソウが戻ってきたので、服を汚さなかったので残っていたメンバーで、キャベツをカットした。主にマーレイが頑張ってくれた。ユリが生地を作り、夏板をテーブルにセットし、準備が終わった頃、皆が再集合した。
リラとシィスルが、マリーゴールドの手をとって、現れた。
簡易ドレスに割烹着を着ているが、髪を結い上げているので、気品が漂っている。良く見ると、目元に少しお化粧もしているようで、貴族令嬢らしく見える。
マリーゴールドをカウンターの椅子に座らせた後、リラとシィスルは手伝いに来た。シーミオも一緒に座らされていた。
1人ずつにキャベツと生地と生卵を配り、油引きを持って、鉄板に油を塗って回った。
「作り始めます。まず、これは半人前です。1人前を作ると、始めてだと作業し難いので、残りは後程味を変えて作ります」
ユリは4人前同時に作っている。誰の分かと言うと、ユリ、ソウ、マリーゴールド、シーミオの分だ。
ソウは放棄したわけではなく、何と指導をして回っている。
「ボールの生地を2/3鉄板に流し、付属のスプーンで丸くします。その上に、千切りキャベツを真ん中が少し凹むように置きます」
全員が失敗なくすすめている。
「中央に卵を割りいれ、残りの生地を均一にかけ、天かすをのせ、豚肉を一番上に広げてのせます」
少し手間取る人には、手早く作業が終わっているリラとシィスルが手伝って回った。マーレイも身内の分を手伝っている。
「こちらの大きなヘラ2枚、もしくは、フライ返しを使ってひっくり返します」
キボウが、誰よりも先にヘラ2枚でひっくり返して見せていた。
「すごーい!」
「キボウ君、上手ですね!」
「キボー、てつだう?」
早々にひっくり返したキボウは、頼まれて数人のお好み焼きをひっくり返していた。リラやシィスルは、フライ返しの方が扱いやすいらしく、簡単にひっくり返し、回りを手伝っていた。
「しっかり焼けたら、お皿にとり、ソース、マヨネーズ、鰹節、青海苔をかけて、出来上がりです」
ユリは、出来たお好み焼きを、マリーゴールドとシーミオに渡した。
「ユリ様、ありがとう存じます」
「ゆりたま、ありだとざいまつ!」
「ユリ、ありがとう」
「ソウも、指導お疲れさまです」
主に、焼き加減を見回ってくれていた。
「まずは食べてみましょう」
「知らない味なのに、知ってる気がする味だ!」
「材料に、食べたことが無いものはないからね」
「ユリ様、あの生地は、何が入っているんですか?」
「小麦粉、和風出汁、すりおろした山芋が入っているわ」
「すりおろした山芋、」
「山芋、群青にはあると思うわよ?」
「花梨花様がいらした時に伺ってみます」
リラはニコニコ聞いているだけで、シィスルが調達について思案していた。
皆すぐ食べ終わり、次を作ることになった。
「先程は、千切りキャベツでしたが、今度は、5~7mm角に切ったキャベツを使います。並べてある好きな具を足して、好きな味で作ってみましょう」
リラとシィスルとリナーリが、生地、キャベツ、生卵、天かすを配るのを手伝った。
今度はソウも自分で作るので、ソウとキボウが、見本に先に選んで見せていた。
キボウは、餅、チーズ、コーンを選んでおり、ソウは、豚肉、キムチを選んでいた。ユメはソウにすすめられ、ツナと溶けるチーズとコーンを選んでいた。ユリは、千切りの山芋と、青紫蘇を入れる予定だ。
「この生地は、焼く前に混ぜます。コーンなどは一緒に混ぜても良いですが、キムチなどは少しずつまとまっていた方が美味しいと思うので、生地を広げてからのせます。豚肉などのしっかり焼いた方が良いものは、最後にのせます」
ユリはマリーゴールドとシーミオにのせたいものを確認し、3人前を焼いた。マリーゴールドはユリと同じで、シーミオはユメと同じという希望だった。
「ついやりがちなのですが、ひっくり返した後に、ペンペン叩いてはいけません。せっかくフワッと焼けているお好み焼きが潰れてしまいます」
早く焼けるようにと、潰そうとする人がたまにいるのだ。焼き時間が縮まるわけでもなく、美味しくなくなるだけなので、絶対にやめた方が良い。
「生地に、焼きそばを挟んで焼くお好み焼きもあるのですが、一人用サイズの鉄板で作るには少し無理があるので、別の鉄板を用意するか、広い鉄板があると作りやすいです」
生地に気泡の穴が空きだし、お好み焼きをひっくり返す。
「思いきってひっくり返す方が、失敗しないですよ」
先程頼んだ人も、自分でやってみるらしく、頑張っているようだった。半人前サイズなので、誰も失敗せず、皆綺麗に出来上がった。
「ソース、マヨネーズ、鰹節、青のりも、好きなように、かけたりかけなかったり、加減してどうぞ。私はお醤油を塗ります」
ユリは、刷毛で醤油を塗り、鰹節をたっぷりかけた。
少し他の人と分けたりしながら皆楽しそうに食べていた。
「マリーゴールドちゃん、まだ食べる?」
「もう結構でございます。大変珍しく、良いお土産話が出来ました。ありがとう存じます」
「なら、紅だけ直して、行きましようか」
「はい。よろしくお願いいたします」
「皆さんは、追加を作って好きに食べてくださいね。リラちゃん、あとはよろしくね」
「はい。マリーをよろしくお願いいたします」
マリーゴールドが休憩室で化粧を直している間に、ユリはワンピースに着替えてきた。
「さあ、行きましょう。忘れ物があったら、連絡を寄越してね」
「ありがとう存じます」
ユリは、ハニーイエロー男爵家に転移した。さすがに家族は庭にはいなかったが、騎士やメイドたちは寒い庭に待っていた。
ユリとマリーゴールドが驚いて見ていると、ハニーイエロー男爵が慌てて飛び出してきて、ユリの前に跪いた。男性は皆片足をたて、頭を下げ、右手を胸の前、左手は下ろし軽く後ろに回し、女性はスカートを持ち上げ、腰を落とし頭を下げている。メイドたちは、一番後ろまで下がり、手をお腹の辺りで重ねて深く頭を下げている。ユリが声をかけるまで誰一人動かない。
「出迎えご苦労様、直って下さい。マリーゴールドちゃんを連れてきました。荷物の引き取りに来てください」
ユリは言葉を掛け、杖を振ってラグを出し、マリーゴールドから預かっている荷物を取り出すと、執事らしき男性が指示を出し、荷物を運び始めた。
ハニーイエロー男爵が前に出て、ユリに感謝を述べていた。
「私は立場上、結婚式に出られないけど、お祝いは送りたいと考えています。受け取りについて、選んでください。
1.今、全てを受け取る。
2.指定された期日に指定された場所に届ける。
3.毎月、定量を受け取る。
品物は、女神の慈愛・パウンドケーキです。総数は300。どうしますか? 1番以外の回答の場合、2月に回答をしてください。私は1月は連絡が取れない場所にいます」
「に、2月に回答をさせていただきたいと存じます」
「わかりました。荷物も運び終わったようなので、私は失礼します。マリーゴールドちゃん、アルストロメリア会で又会いましょうね」
「はいユリ様。本日は、誠にありがとうございました」
ユリは軽く手を振り、転移して戻ってきた。
「ユリ様、おかえりなさーい」
「マリーゴールドちゃんをご家族のもとに送ってきたわ」
「マリーゴールド様、お綺麗でしたね」
「元々かなり美人さんだったものね。向こうに行ったら、寒い中たくさんの人が待っていて、少し驚いたわ」
どうやらおかわりのお好み焼きも食べ終わり、片付けをしていたらしい。ユリに挨拶をしてから帰ろうと待っていたメンバーも、ユリに挨拶をしてから帰っていった。
「さて、私たちはイチゴパルミエを作ろうか」
「リラさん、いくつ作りますか?」
リラとシィスルが話しているので、ユリは着替えに行くと言い、部屋に戻った。
厨房へ来ると、リラとシィスル以外に、ユメ、キボウ、イポミア、リナーリが手伝っていた。ユリにはイポミアは意外で少し驚いたのだった。




