勤務
早くても9時からと伝えたが、ユリが8時前に厨房に行くと、リラが待ち構えていた。
「おはようございます!」
「おはよう。あなたの家の時計は、1時間進んでいるの?」
「え、だって、向こうはもう仕事を始める時間なので、ウロウロしていると邪魔になるんです」
それは確かに気の毒ね?と一瞬思ったが、ベルフルールの営業は、今年度は明日までなので、忙しいならなおさら手伝った方が良いのではないのかと、ユリは悩むのだった。
「明日までなのでしよう?」
「あ、はい。そうですね」
「明日までは、あなたが店長なんじゃないの?」
「名目上はそうですけど、実質シィスルが回しているので、余計な口出しとかはしない方が良いと思って」
確かに、口出しされてはシィスルがやりづらいかもしれない。
「口出しは確かに良くないけど、1月いっぱい、あなたどうするの?」
「祝い紙を受け取った後は、レッド領に、ラベンダー様の所に、勉強に行く予定です」
「え!? そうなの? ベルフルール手伝わないの?」
「実は、祝い紙を受け取るのは、ラベンダー様も参加されるようなことを仰っていらっしゃいまして、ルビーレッド伯爵様が許可されたらだそうですが、これは私の予想ですけど、恐らく良いと仰るのではないかと」
「えー!」
「そう言う訳なので、祝い紙を受け取ったその日に、そのまま馬車に乗ってレッド領の予定です」
リラは唯一、ラベンダーには逆らえないらしいので、もう決定事項なのだろう。
「いつまで行ってるの?」
「10~15日くらいの予定です。公爵家の給仕をご指導くださるそうです」
「それは、習いたいわね」
「なので、私には試練なのです。少しくらいここでゆっくりしたいのです」
「?」
「まだ仕事は始めませんので、ここにいて良いですか?」
「それは構わないわよ。上に行って、本でも持ってきたら?」
「ありがとうございます!」
リラは、跳ねるように階段を上がり、本を何冊か持って下りてきた。休憩室で読むらしい。
ユリは今日の予定を書き出し、1つ思い出したことを付け加えた。
もろもろの準備をしていると誰か来たようだ。
9時少し前、まずシーミオを連れたメリッサが来た。予定表を見て、すぐユリに質問してきた。
「ユリ様、この、似顔絵マグカップの確認ってなんですか?」
「私が使っているマグカップ有るでしょ、あれ。自分用を欲しくない?」
「え、欲しいです!名前が入っているので、特注品ですよね?」
「あ、あれは、自分で絵を描くのよ。描くのが嫌なら、リラちゃんかイリスさんに頼むし、描いてみるなら工房に連れていくわ」
「わー! 描いてみたいです! リラみたいに上手くはないけど、羨ましかったんです」
「なら、ベルフルールのセリさんとカンナさんも欲しがるかしら?」
「欲しがると思います。イポミアとリナーリも絶対に欲しがると思います」
シーミオは、ユリと自分の母親が話し込んでいるので、なんだろうと思ったらしい。
「まーま、なんのおはなしー?」
「あ、シーミオちゃん、カップにお名前がついていたら嬉しい?」
「しーちゃんのかっぷー?」
「そうよ。専用のカップよ」
「うれしいー!」
「希望者で作りに行きましょうか」
「わーい!」
そこにイポミアが来て、メリッサに説明され、即参加を表明していた。
9時ぴったりにリラが休憩室から出てきた。
「リラちゃん、また焼き物工房に行こうと思うんだけど、ベルフルールのセリさんとカンナさんは、声かけたら、来るかしら?」
「なに作るんですか?」
「マグカップの予定だけど、見てから欲しい物で良いわよ」
「聞いてみないとわからないですけど、カップは欲しがっていたので、予定さえ合えば来るんじゃないですか?」
「なら、25日Sの日の予定を聞いておいて貰える?」
「はーい。あれ? 24日ではないんですか?」
「24日は、去年と同じ足湯に行こうと思うけど、行かない?」
「行きます!絶対行きます!」
「メリッサさんとイポミアさんはどうする?」
「あし湯ってなんですか?」
「温泉はわかる?」
「行ったことはないですけど、なんだかは知っています」
「はい。私も同じです」
「温泉は、体ごと入るものだけど、足湯の場合、足だけ入るのよ。だから男女一緒に参加できるのよ」
「何か面白そうですね。参加させてください」
「私も行きたいです!」
「しーちゃんもいくー」
さあ仕事を始めようかと言うとき、リナーリがやってきた。
「こんにちは。リナーリです」
「こんにちは。リナーリちゃんどうしたの?」
「シィスルさんが、最後になるからマリーさんと2人きりで仕事したいそうです」
「リナ、今日は私とこっちで頑張ろう」
「はい」
リラが声をかけたら、安心したらしい。
「あ、私、マリーゴールドちゃんに確認するの忘れてたわ! どうしよう。結局いつ向こうに行くの?」
「婚姻の登録は今年中にするから遅くとも28日には向こうに居ないといけないって聞いています。御披露目式は、年開けてからだそうです」
「でも、忙しいわよね?」
「では、私がちょっと向こうに行って聞いてきます。ついでにセリとカンナにも確認してきます」
「リラちゃん、よろしくお願いね」
「はーい。ちょっと行ってきます」
リラが行ってしまって困っているリナーリに、姉のイポミアが今までの話を説明した。
「うわー、私も行きたい!」
リナーリも、揃いのマグカップは羨ましかったらしい。
リラは居ないけれど、とりあえず、予定の仕事を開始した。
9時半頃来たイリスが、リラが居ないことを驚いていた。
戻ってきたリラが言うには、マリーゴールドは、ユリが遠足を企画するかもしれないからと、帰りをギリギリまで遅く予定していたらしい。そして、陶芸工房では、代金を自分で出すから、リラに絵皿を描いて欲しいと言っていたそうだ。セリとカンナに至っては、食いぎみに、全部参加したい!と言われたらしい。
「みんな参加と言うことで良いかしら? 18人ね」
「ユリ、移動どうするんだ?」
どこから聞いていたのか、ソウが尋ねてきた。
「前と同じだし、足湯が馬車で、陶芸教室は転移で良いんじゃないかしら?」
「了解。18人で頼んでくるよ」
「お願いします」
「イリスさん、マーレイさんって、今日来ますか?」
「昼前には来る予定です」
「あー良かった」
ユリは、ユメの事と仕事の事で頭がいっぱいで、遠足の告知をすっかり忘れていたのだった。
仕事を始めると、リナーリが面白いことを言い始めた。
今リラがこちらに来ている、Fの日とGの日のどちらか1日、ユリの店に勉強に来ると言うのだ。ベルフルールは、Fの日とGの日が休みなので、迷惑でなければ来ても良いかと質問されたのだ。
「リナーリちゃん、お休みに休まないの?」
「他のお仕事は、お休みは週に1日なので、1日はちゃんと休みます」
「私は構わないと言うか、大変ありがたいけど、疲れるようならちゃんと休むのよ?」
「はい!」
「ということは、シィスルちゃんもよね?」
「シィスルもだと思います」
ユリの疑問に、リラが答えた。
「私、Sの日にベルフルールに手伝いに行こうかしら?」
「ユリ様こそ、ちゃんと休んでくださいね!」
注文品で中断されないので、予定通り明日からのケーキ類が仕込み終わった。 参加した全員が、フルタイム勤務だった。
今年も一年間どうもありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。




