毒茸
今日からクリスマスの売り出しだ。先週までに作りためてきたので安心である。
「おはようございます」
「シィスルちゃんおはよう」
ユリは振り返らず、オーブンを見ていた。
「リナーリも一緒なんですが、良いですか?」
「お、おはようございます」
「おはよう。リナーリちゃんも手伝ってくれるの? ありがとう!」
振り返ったユリが笑顔で答えると、リナーリも笑顔になった。
「あちらは大丈夫なの?」
「リラさんとマリーがいますので、何も問題ありません」
「それもそうね」
ユリは焼き上がったアップルパイを1つ、熱いままカットした。
「これ昨日作ったアップルパイよ。少しだけ冷ましたら、温かいうちに食べてみて」
「うわ、ありがとうございます」
「ありがとうございます。凄い!」
「一緒に紅茶飲む?」
「はい。あ、自分で入れます」
「なら、水にリンゴの皮を入れて沸かして、それで紅茶を入れてね」
「はい」
ユリは焼けたアップルパイを全て取り出しケーキクーラーの上に置き、オーブンの扉を閉め温度を上げた。作業台には、まだ焼いていないアップルパイがたくさんのっている。
「そちらも焼くんですか?」
「1人1カットのみで、売ろうと思ってね。本当は焼きたてが美味しいんだけど、さすがに難しいからね」
少し話し、オーブンが温まったところで次のアップルパイを焼き始めた。
「おはようございます」「おはようございます」
「あら、ちょうど良いところにきたわね。おはよう」
メリッサとイポミアが出勤してきた。
「あなたたちも食べるでしょう?」
「ありがとうございます!」
「わあ、いただきます!」
シィスルが、全員分の紅茶を入れてくれた。
「いいにおーい」
「林檎の匂いがするにゃ!」
ユメとキボウが、キボウの転移で現れた。
「ユメちゃんとキボウ君も食べる?」
「食べるにゃ!」
「たべるー、たべるー!」
ユリは2台目を切り分け、カットした残りは鞄にしまった。
「食べ終わったら、ブッシュ・ド・ノエルの仕上げから始めます」
「はい」「はい」
手早く紅茶のカップを片付け、仕事を始める体制になった。
「これは、ソウに買ってきてもらった、『お菓子の山のきのこ』と言う、市販品です。キノコの笠の部分がチョコレートで、軸の部分がビスケットで出来ています。今回のケーキの飾りに使います。赤っぽい笠に白い斑点のある、紅天狗茸風と、何だろう? 椎茸風?があります。ひとつのケーキに、このきのこのお菓子を3つずつのせてください」
ユリは、実物のお菓子を見せた。
「これがお話にあったお菓子なんですね! ユリ様、この赤っぽい方って、本物の茸は、毒茸ではないのですか?」
「その通りです。よく知っているわね」
「美味しいけど猛毒なので、死ぬ間際に食べたい茸 と呼ばれています」
「酷い名前にゃ」
「私は食べたことはないけどね、茹でて長期間塩漬けして加工すると、食べられるようになる郷土料理だかがあるらしいわ」
「ええー! 食べる方法があったんですか!」
「でも旨味成分がそのまま神経毒らしいから、食べないことをおすすめするわ」
「はい、食べません!」
ロールケーキにコーヒー味のバタークリームを塗り、2cm程の切り株をのせ、三角コームを使い、表面に木の肌のような模様をつけた。
抹茶で緑色に色付けしたバタークリームを使い、蔦を描き、きのこのお菓子を飾った。
「これが見本です。そんなに難しい工程はないので、作ってみてください」
「はい」「はい」
ブッシュ・ド・ノエルをシィスルとリナーリに任せ、ユリは内倉庫から箱を運んできた。
「メリッサさん、イポミアさん、この箱を組み立ててください。片側だけ閉じて、片側は開けたまま積んでおいてください。こちらの厚紙の上にある、ケーキストッパーの金具をスプーンなどを使い、立てて起こしておいてください」
「はい」「はい」
箱は、メリッサとイポミアに任せた。
「ユリ、私とキボウはどうしたら良いにゃ?」
「クリスマスバージョンの、世界樹様のクッキーを作ります。まずは、いつもの通りにクッキーを作りましょう」
ユメとキボウにクッキーを任せ、ユリは細かい作業を進めていった。
イリスとマーレイが来たので、出来ているブッシュ・ド・ノエルを、ケーキストッパーのある厚紙にのせ、箱にしまっていってもらった。
皆と相談し、お昼ご飯は11時から食べた。イリスとマーレイには、お昼ごはんと一緒にアップルパイを出した。
予想通り、早めに並んでいる人が数人いた。
「開店は12時からですが、外は寒いので中でお待ちください」
店内は、トロピカル魔動力機器が作った「移動暖炉」があり、かなり温かい。外おやつの場所にも置いてはあるが、店内に入るつもりの客は、遠慮してか外おやつの場所には行かない。
イーゼルにのせるメニューと、テーブルに置くメニューを用意し、各所に配置した。
「本日限定アップルパイ? なんだこれ!?」
店員に聞きたそうにしているが、まだ営業前の忙しい時間だと理解しているため、仕事の事は聞いてこない。
そこへ、フラフラとキボウが歩いていった。何かを探しに来たらしい。
「キボウ様、このアップルパイとは、」
「なーにー?」
「持ち帰れるのでしょうか?」
キボウは少し考えてから答えた。
「キボー、わかんない」
「キボウ、何やってるのにゃ」
ユメがキボウを呼びに行ったので、大丈夫だろう。
そのままユメが答えたので、キボウに質問した客は納得したらしい。
少しして、予告した開店時間になり、全ての席も埋まり、全席からアップルパイの注文が入った。イリスたちが聞いて回ったが、温めたものと常温のものがあるとの説明に、全員が、おすすめの方でと答えたらしい。
慌ただしくアップルパイを温め、全席に提供した。おすすめの通り、アップルティも一緒だ。
「シィスルちゃん、向こうは今も、配膳は2人?」
「今は、交代要員の1人が増えましたが、配膳するのは2人です」
「と言うことは、アップルパイ8切れ持っていけば、足りる?」
「はい。ありがとうございます! 連絡しておきます!」
そして取りに来たのは、グランだった。ユリとしては、リラが来ると思っていたので、少しだけ驚いた。
「ハナノ様、いつもありがとうございます」
「グラン君、食べるときは、5分くらい窯に入れて温めると、更に美味しいわよ」
「わかりました。リラに温めて貰います。ありがとうございます」
グランはすぐに帰っていった。
「シィスルちゃん、グラン君に連絡したの?」
「いえ、リラさんに連絡しましたが、変に気を遣われたみたいです」
シィスルは苦笑いしていた。
明日分のロールケーキのシートスポンジを焼いていて、オーブンからはココアの香りがする。
「ユリ様、持ち帰り可能なケーキ全種類と言われたのですが、いくつまで可能ですか?」
メリッサが確認に来た。
「1日が、1人で持ちきれる量なら良いわよ」
「えーと、4個入りの箱2段にして、両手で持つなら、」
「それだと16個ね」
「そんな感じで伝えておきます」
「お願いします」
小型ケーキは16種類も出していないので、16個も買って帰る想定の人は早々いないだろう。しかも、お一人様1回限りのブッシュ・ド・ノエルは、4個入りの箱より大きいので片手が塞がる。
「ユリ様、薪のケーキは、私も買って良いですか?」
「え、欲しいの? 味見だけで良いなら、夕飯の時に切り分けるわよ」
「もちろん食べたいですが、グランさんにも食べて貰いたいなぁって」
「そう言うことなら、1つ持ち帰って良いわ。6人前あるから、あちらで分けると良いわよ」
「どうもありがとうございます」
14時頃、リラとマリーゴールドが顔を出した。。
「ユリ様、アップルパイありがとうございます。皆喜んでいます」
「あ、リラちゃん、ブッシュ・ド・ノエルも持ち帰ってくれる? えーと、6人前だから、」
「なら、私が食べないで、明日こちらで食べて良いですか?」
「それで良いの?」
「はい」
「なら、それでお願い」
ユリは、一切れ分を切り分けようと考えていたが、リラが気を利かせてくれた。
クリスマスの売り出し1日目は、特に問題もなく、平和に終了した。
夕飯の時に、ブッシュ・ド・ノエルを皆の前でカットし、ユメとキボウが選んだあと、他のメンバーにも好きな場所を選んで貰った。リラのために1カット取り分け、ユリの鞄にしまった。残る1カットは、キボウがおかわりして食べていた。




