蜜豆
「こんにちは。お手伝いに来たのですが、私が来ても良かったですか?」
「リナーリちゃん、待っていたわよ。今日は、よろしくね」
不安そうだったリナーリが、笑顔になった。
「ユリ、ただいまー。買ってきたよ」
「ソウ、ありがとう!」
ソウはユリに頼まれて、苺を買ってきたのだ。あちらの国のこの時期は、クリスマス前で苺が物凄く高い。
「余っても困らないし、どうせ来週使うだろうと思って、可能なだけ買ってきたよ」
可能なだけ? シィスルも、マリーゴールドも、どういう意味だろうとじっと見ていた。
ソウが鞄を肩から外し、中から苺を取り出した。4パック入り1箱が5段重なった1ケースを、20ケース。つまり、400パックだ。
「よく、揃えられたわね!」
「以前もお世話になった苺農園に、頼んだよ。予冷じゃなく、今朝摘んでくれたそうだよ」
パタパタパタと足音が聞こえ、キボウが駆けつけてきた。
「いちごー!」
「キボウ君、まだ使う前だから、1パックだけね」
「ありがとー!」
苺を頭上に掲げたままくるくる回ったあと、キボウはどこかに転移していった。
「又、世界樹様のところかしらね。さあ、みつ豆を仕上げるわよ」
器に、サイコロ状の寒天、茹でた赤えんどう、各種フルーツ、求肥をのせ、黒蜜を添えて出来上がり。
「『みつ豆』よ。アンコをのせると『あんみつ』さらにアイスクリームをのせると『クリームあんみつ』、これは正しくは、『フルーツみつ豆』ね」
「目に鮮やかでございますね!」
「皆さんは交代で食べてね。キボウ君が戻って来た時に私がいなかったら、誰か作ってください」
イポミアが何かを取りに厨房に来た。
「なんですか、これ?」
「フルーツみつ豆よ。ユメちゃんにお願いね」
「はい。販売はしますか?」
「1200☆くらいかな。苺が高いのよ。お店分で、限定40ね」
「売ってきます!」
ソウが渡したので、マーレイも早くから食べ出した。
マリーゴールドがリナーリにも渡したので、2人は食べ始めたが、シィスルが取りに来ない。
「シィスルちゃんも食べるでしょ?」
「良いのですか!?」
「1人だけ食べないつもりだったの?」
「本来、私は残っていない時間なので」
「そんなことは気にしなくて良いのよ」
「ありがとうございます。いただきます」
イポミアが戻ってきた。
「ユリ様、熱いお茶とフルーツみつ豆18ですが、良いですか?」
「大丈夫よ」
又、お茶にいれて黒蜜飲むのかしら? とユリは一瞬思ったが、自由にさせようと何も言わなかった。
ユリとマリーゴールドが作り、リナーリは、じっと作り方を見ていた。
「あ、3時になったわ。マリーゴールドちゃん、お疲れさま。どうもありがとうね」
「お役に立てまして光栄にございます」
「引き継ぎます!」
リナーリが引き継ぎ、てきぱきと動いていた。予定表もほとんど読めるようで、わからない文字だけ聞いてきた。
ちゃんと解らない事を解らないままにせず、仕事を進めていくので、ユリも安心して助手を任せることが出来ると、安堵した。リラやシィスルの指導が、物凄く適切だったのだろう。
マリーゴールドも帰らず、シィスルの試作を手伝っているようだった。
フルーツみつ豆は、あっという間に売りきれた。
「リナーリちゃん、ロールケーキを作ったことはある?」
「無いです」
「覚えたいなら、教えるわよ」
「覚えたいです!」
ユリがリナーリに教えようとすると、マリーゴールドがそばに来た。
「ユリ様、私にも教えてくださいませ」
「あ、私も作りたいです!」
シィスルまで名乗り出た。
「あら? 作ったこと無かったかしら?」
「恐らく、リラさんしか作ったことが無いと思います」
よく思い出してみると、モンブランの時は、ユリがロールを巻いて、その後の仕上げを頼んだのだった。
「では、本当に最初から教えます。
普通のケーキに生クリームなどを塗るときは、平らなパレットナイフを使いますが、こういった、平らな面が広い場合は、L字型のアングルパレットナイフを使います」
ユリは、形状の違うパレットナイフを見せた。
「あ、これって、そう言う用途なんですね!」
「出来るなら、どの道具でも良いですが、作業性が良い方が仕事が捗るからね」
ユリは、敷き紙を剥がしたシートスポンジを半分に切り、新しい紙の上にのせた。
「スポンジの端に盛り上りがある場合など、少し斜めに切り落とすと、巻き終わりがきれいになります。コーヒー味のバタークリームを薄く塗ります。巻き始めに少し多めにし、巻き終わりは特に薄くします」
麺棒を紙の下にセットし、スポンジの端を一斉に持ち上げた。
「最初の部分を少し畳むように押さえたあと、紙を向こうへ引っ張るようにして、巻きます。カードや定規などを使って、紙の上から少し巻きを絞め、そのまま紙で巻いて冷蔵します」
「なんだか簡単そうに見えますが、きっとやってみると難しいんですよね」
「まあ、やってみちょうだい」
ユリに促され、3人は順番にクリームを塗り、巻いてみていた。
「この状態のお菓子を、スイスロールというのよ。名前の理由は知らないけどね」
「このクリーム、良い匂いですね」
「コーヒー味のバタークリームだからね。少し食べてみる?」
「良いのですか?」
「30分くらいしたら切ってみるので、その時にね」
ユリが普通のパレットナイフでクリームを塗り、あとは巻くだけの状態で渡すと、シィスルとマリーゴールドがいくつか巻き、気が済んだらしく、試作に戻っていった。
何本も巻いているうちに30分経ち、ユリは、リナーリが最初に巻いたものをカットして見せた。
巻きが甘く、空間が開いている。
「うわ、空洞がある!」
「少し、巻きと締めが甘かったわね」
「これ、どうなりますか? 使えますか?」
「味見で食べちゃうから気にしなくて良いわよ。見ていたけど、他は大丈夫そうだったわ」
ユリは1cm幅にカットし、小皿にのせ、無料で配るように促した。
「味見に食べてみて」
「はい。いただきます」
リナーリはパクッと食べた。
「何だか、食べたことの無い味だけど、美味しいです」
「あれ? コーヒー味の生チョコは食べたこと無い?」
「無いと思います」
ユリは指輪を取り出し、杖に変え振った。
「はい。これがコーヒー味の生チョコよ。どうぞ」
リナーリは素直にこれも食べた。
「あ、似たような味がします。これ、物凄く美味しいですね!」
「それは全部あげるから、取り敢えずは冷蔵庫にでもしまって」
「はい!」
リナーリは、意欲的にロールケーキを巻き続けた。
その他の雑用はユリが行い、リナーリには、集中してロールケーキを作らせた。
作業も効率良く、大分早くなった。
キボウがふらふら戻ってきたので、残してあったフルーツみつ豆を渡すと、喜んで食べていた。
「ユリ様、試作で作ったパイは、キボウ君に渡しても良いですか?」
「お店で食べないように伝えてね」
「はい」
チラッと見たが、カラフルなリーフパイだけで、特に変わったものを作った様子はなく、リナーリが不安にならないように、残っていたのだろうと、ユリは理解した。
「シィスルちゃんとマリーゴールドちゃんも、夕飯食べていくでしょ?」
「よろしいのですか?」
「勿論よ」
「ありがとうございます」
「ありがとう存じます」
もうすぐ閉店なので、注文品も多くない。
「ユリ様、真っ赤なリンゴが大量です!」
イポミアが厨房に駆け込んできた。
「イポミアさん、何の事?」
すぐにメリッサが、正確な話を届けに来た。
「ユリ様、ユメちゃんへの貢ぎ物として、林檎をお持ちしましたと言う人が、大量の林檎をお持ち込みになって、とにかく凄い量です」
「お店に顔出すわ」
「はい!」
ユリがお店に行くと、麻袋と木箱に入った、紅玉に見えるリンゴが大量にあった。
「イリスさん、マーレイさんを呼んで、いくらくらいになるか計算して貰ってください」
「かしこまりました」
麻袋のそばにいる男性に、ユリは話しかけた。
「ユメちゃんのために、たくさんの林檎をありがとうございます」
「ハナノ様、どうかユメ様がお好きなお菓子に変えてください」
「はい。確かに承りました。ただ、ユメちゃんが1人で食べるには多すぎますので、お店で買い取らせてください」
「あ、そう言われれば、そうですね。こんなに食べられないですね」
我に返ったのか、頭を抱えていた。
「ユリ、美味しくしてにゃ」
「Sの日に、アップルパイを作りましょう」
「Sの日!是非手伝わせてください!!」
「リラちゃん、ありがとう」
マーレイは、農家から直接買ったときと、八百屋を通して買った場合の価格を計算してくれた。農家から直接買ったときの額を現金で支払い、八百屋との差額分に当たる金額は、各種お菓子を渡した。これで、相手の面目も立つだろうし、損もさせないで済むと思われる。
「結局、押し売りに来たみたいになってしまって申し訳ありませんでした」
「いえいえ、素晴らしい林檎ですね。ユメちゃんに美味しいおやつを作りますね」
「よろしくお願いします!」
深く頭を下げたあと、大量のお菓子と共に帰っていった。
その後、店は時間になり閉店し、大変だったお店でのユメちゃんのお別れ会は終了した。




