怪我
昨日、遅くまで活動していたユメは、朝ご飯の時間には起きてこなかった。ユリは少し心配になり、そっと部屋を覗いてみた。規則正しい呼吸に伴う寝息が聞こえ、安心してそっと扉を閉めた。
「ユリ、ユメは寝かせておくのか?」
「昨日遅くまで大変だったでしょ? ソウもお疲れ様」
「ユリは、疲れていないか?」
「大丈夫よ」
ユリは、テーブルに朝ご飯を並べた。
「ご飯先に食べましょう」
「キボー、まだー」
「ユメちゃんを待つの?」
「あたりー」
「キボウ君ありがとう」
「よかったねー」
キボウに食事を2人分預け、ユリとソウは手早く食べた。
「今日は手伝うぞ!」
「どうもありがとう」
昨日の城の様子は、ユメが眠った後に少し聞いたが、ユリが帰った後も人は増え続けたらしく、かなり大変だったと、ソウが話していた。
「あの、ユリ様、リラさんからお話があるようでございます」
厨房に行くと、まだ8時前なのに、マリーゴールドが待っていた。
「マリーゴールドちゃん、何かあったの?」
「リラさんが、階段から落ちたようでして、」
「ええー! それは大変だわ。ソウ、ちょっと見に行ってくるわ」
「ユリ、気を付けてなー」
ユリは、マリーゴールドを連れ、ベルフルールの前に転移した。店から入り、奥の応接室のような所についていくと、リラは寝かされていた。そばには心配そうに見つめるレギュムとクララがいた。
「リラちゃん、大丈夫なの!?」
「あ、ユリ様、ご心配をお掛けしてすみません。ちょっと足を捻ったようでして、あはは」
痛いだろうに、リラはヘラヘラしていた。
「見るわよ」
「あ、はい」
ユリはかけてある薄い布団のようなものをどかし、リラの足を見た。
まるで象の足のように、足首がぶっとく腫れている。
「これ、相当痛いわよね? 折れてると思うんだけど、ちょっと触るわよ?」
「はい」
ユリが、そっと触れた。
「うぎゃぁぁー!」
少し触れただけで、リラは悲鳴を上げた。
「よく泣かずに我慢できるわね」
「泣いても治りませんし」
正論だけど、笑いながらそれを言える忍耐力は凄すぎる。
「ちょっとソウを呼ぶから、待って貰える?」
『ソウ、リラちゃんが複雑骨折的な腫れ具合です。骨を整えた方が良い気がするので、見に来てください』
『すぐ行く』
ユリが以心伝心で呼ぶと、ソウはすぐに来てくれた。
「おはようございます」
ソウの声が聞こえ、すぐにクララが案内して連れてきてくれた。
「リラ、大丈夫か? こりゃ酷いな。痛みが有った後、全力で走りでもしたのか?」
「えーと、寝る前に階段を踏み外して少し痛めたんですが、どうも寝ながらどこか壁でも蹴ったみたいで、痛くて目が覚めました。仕事はなんとか出来るかと思って厨房に来たんですが、歩き方がおかしいと、マリーに見つかりました」
「マリーゴールド、お手柄だな」
「ありがとう存じます」
歩いたら、だんだん腫れてきたらしい。
「ユリ、複雑に折れてはいないけど、ヒビは入っているかもしれないから、レントゲン撮っておくか?」
「なら、私が治してからでも大丈夫そう?」
「大まかな傷みは取ってやってくれ」
「はーい」
ユリが魔力を流し、傷ついた箇所の治癒と、腫れが引くように願った。
「うわ!痛みがなくなった!」
ゆっくりしぼむように、足が普通の太さに戻っていく。
「ユリ、前回の病院、行ける?」
「病室に直接ね? 大丈夫よ」
ユリはサーチで、ベッドらしき静物のそばに、動くものと熱の有るものがないことを確認し、リラが寝たままの姿勢で転移した。じっとして待っているユリのそばに、ソウも転移してきた。
「ウカユノフ」
「ユリ様、なんですか?」
「翻訳の呪文よ。これ唱えないと、あなたの言葉を誰もわからないわ」
「ユリ、後はやっておくよ」
「ソウ、お願いします」
ユリはソウに任せ、1人でベルフルールに戻ってきた。
「リラちゃんは、専門医に任せてきたから、安心してください」
「ハナノ様、どうもありがとうございます。お手数をお掛けしまして、申し訳ございません」
「ユリ様、どうもありがとうございます」
レギュムとクララからお礼を言われた。
「ユリ様、ありがとう存じます」
「マリーゴールドちゃん、今日、リラちゃんが居ないなら、こっちにいて良いわよ」
ユリはベルフルールを気遣って言ったのだが、ユリが言ったとたん、今までその場にいなかったシィスルが現れた。
「ユリ様、こちらは問題ございません。リナーリと2人で充分回せますので、何なら今日以降、リラさんとマリーは、ユリ様のお手伝いでも。特に、今週はお忙しいことと思いますし、リラさんに無理させないためにも良い考えかと思います」
「シィスルちゃんは、無理していないのね?」
「はい。リナーリはかなり頑張りました。グランさんも手伝ってくれますし、大丈夫です」
「マリーゴールドちゃん、シィスルちゃんの話は本当?」
「リナーリちゃんは、本当にとても頑張って、色々覚えていました。シィスルさんが回せると言うのは、本当だと思います」
「わかったわ。でもシィスルちゃん、無理しないで、手が足りないときは声かけるのよ?」
「はい。ありがとうございます」
正式には来年からだが、今月に入り、店の実権は完全に譲渡されたそうで、引き続きオーナーはレギュムだが、店の現在の店長はシィスルなのだそうだ。
ユリが歩いて自分の店に戻るとき、マリーゴールドもついてきた。
「まだ、仕事するには、早いわよ?」
「リラさんが戻ってきたときに、少しお時間をいただきたいので、早めに入らせていただけますでしょうか?」
「それなら、構わないわよ」
店に戻ると、準備をしているユメが待っていた。




