把握
あれは9月の終わり頃、新婚旅行から戻ったカエンから、連絡があった。
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お兄様へ
11月23日(水)に、遊びに行きたいと考えております。
ご都合はいかがでございますでしょうか?
ツキミ・G・カエン
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ソウの向こうの自宅に、手紙があったらしい。その時に、ユメとキボウにも、カエンが遊びに来ることを伝えた。
11月23日(Wの日)、朝からユメとキボウは城に行っていた。プラタナスとカンパニュラから招待を受けたのだ。
ユリとソウは、向こうの国にカエンを迎えに行った。そこには、深森と葉も居た。
「御姉様、お兄様、ご足労いただきまして、誠にありがとうございます。こちらの荷物をお願いいたします」
カエンは、ソウに荷物を預けていた。
「葉と深森も来るのか?」
「ソウ様、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
ソウは、ユリのほうを見た。
「カエンちゃん、深森さんの名前はどうなってるの?」
「ハジメ・深森・ツキミと、改名させていただきました」
「なら、一緒に来られるわね」
ユリが許可を出したので、深森が来られることになった。
「ユリ姉上様、僕も良いですか?」
葉が、確認してきた。
「葉君は、葉君の都合が良くて、運ぶ人がいるときなら、いつでも来て良いのよ。実質私かソウが居ないと運ぶ人が居ないけど、早々断ることはないと思うわ」
「ありがとうございます」
そうして、ユリがカエンと深森を連れ、ソウが葉を連れ、転移した。
「カエンちゃん、今日はお仕事大丈夫なの?」
「御姉様、本日は、勤労感謝の日でございます」
「あ!祭日! すっかり忘れていたわぁ」
「忘れていたと言うことは、概念はあったんだ」
ソウが小声で呟き、カエンが吹き出した。
「ちょ、お兄様、何てことを」
「え?何? ソウが何か面白いことでも言ったの?」
ユリにはソウの呟きは聞こえなかった。ソウはさっさと話題を変えるらしい。
「で、カエン、何か用があるのか?」
「ユメちゃんとキボウ君にご挨拶に参りました」
「ユメとキボウに?」
「ユメちゃんとキボウ君、それぞれ別の理由ではございますが、用件は、ご挨拶でございます」
「ユメちゃんとキボウ君は、所用でお城に行っているのよ。急ぎなら、お城に行く?」
「いえ、お帰り迄お待ちしております」
昼ご飯には帰ってくる予定なので、それまで待っているらしい。
新婚のカエンたちの様子や、葉の普段の生活などを聞き、ユメとキボウが帰ってくるのを待っていた。
葉は、引き続きホシミ家にいるらしく、ホシミ夫妻が、このままここにいたら良いと言ってくれたと、嬉しそうに話していた。
「もうそろそろ帰ってくると思うから、ご飯を作りましょう」
「御姉様、お手伝いさせてくださいませ」
「ユリ姉上様、僕もお手伝いします!」
「ユリ、俺も何か手伝うよ」
「あ、あの、花野様、何か手伝わせてください」
「うふふ。皆さんありがとう」
ユリは、皆が手伝えるものをと考え、ピザを作ることにした。ピザ生地は、市販品をソウが買ってきてくれたものがあり、以前からキボウにリクエストされていたのだ。ソウの手伝いをしたときに、食べたらしい。
「ピザソースは作ってあるので、好きなものを好きなようにのせてください」
「ユメとキボウの分はどうするんだ?」
「基礎だけ作っておいて、戻ったら好きなものをのせて貰うわ」
そんな話をしていると、ユメとキボウが帰ってきた。
「ただいまにゃ」
「ただいま、ただいまー」
「ユメちゃん、キボウ君、お帰りなさい」
「ユメ、キボウ、おかえり」
ソウの後に、カエンが少し不思議な挨拶をした。
「ソウお兄様の妹、わたくしカエンの、弟の葉と、夫のハジメ・深森・ツキミを連れて参りました」
「ソウの妹と、弟と、夫にゃ?」
「はい」
カエンの挨拶とユメの反応を見て、ユリとソウは、昔カエンに言われたことを思い出した。
『ユメちゃん本人には言いませんでしたが、記憶がいきなり無くなる訳ではないようでございます』
『そうなの!?』
『少しずつ忘れていくようでございます』
『そうなんだ』
『最後まで覚えているのはユリ御姉様と、お兄様のことだけでして、わたくしは最後の頃には認識されないようでございます』
ユリとソウは、カエンのした挨拶の意味を悟った。全員が固まる中、深森が挨拶をはじめた。
「初めまして、ユメ様、キボウ様。私は、カエンの夫の深森始と申します」
「初めましてなのにゃ?」
「はい」
ユメがホッとするのが見えた。
「ゆっくりしていくと良いにゃ」
「どうもありがとうございます」
ユメが落ち着いたところで、カエンはキボウに何か渡しながら話しかけていた。
「キボウ君、お誕生を祝しまして、お祝いをお持ちいたしました」
「なーにー?」
「こちらでございます」
カエンが持ち込んだのは、和菓子の上生菓子だった。あんこなどを綺麗に細工した、見た目も素晴らしく、味も絶品の高級品だ。
「白インゲンではなく、希少な白小豆の白餡をふんだんに使用し、人間国宝の職人の手による逸品でございます」
キボウは、説明が難しかったのか、ユリに助けを求めてきた。
「なーにー?」
「カエンちゃんが、キボウ君のお誕生祝いに、物凄く美味しいお菓子を持ってきたそうよ」
「わかったー。カエン、ありがとー」
キボウはそれがお菓子だと理解し、喜んで受け取っていた。和菓子の知識がなければ、上生菓子は置物や何かの飾りに見えるのだろう。
「もちろん皆さんの分もございますので、お茶の時にお召し上がりくださいませ」
途中まで用意してあったピザを仕上げ、みんなで食べた後、秋の薔薇とコスモスが咲いている庭を見学に行き、庭園内のガゼボで休憩したところで、お茶にすることになった。
ユリもソウも、夏板や簡単な調理器具は持ち歩いているので、どこでもお茶には困らない。
期待の上生菓子は、キボウは個人的に受け取った分があるためか、ユメに先に選ばせていた。
ユメが選び、キボウが選び、ユリが選び、ソウが選び、残り3つは、カエンが葉と深森に配っていた。
なんとカエンは、茶器も持参してきており、抹茶(お薄茶)をいれてくれた。ソウが預かった荷物がそれだったらしい。
「甘味が無いのに、なんだか美味しいお茶にゃ」
「美味しい。お菓子にぴったりね」
「おいしー、おいしー」
「茶道は久しぶりだ。ははは」
「姉上のお茶はいつも美味しいです」
「みかちゃんのお茶はいつも美味しい」
「皆さん、ありがとうございます」
もちろん上生菓子もいただき、少し話した後、カエンたちは帰っていった。
本当に、ユメとキボウに挨拶に来たようだった。




