幻酒
9月12日(Mの日)
「おはようございます」
「あ、マーレイさん、私の故郷の、幻と言われたお酒を譲り受けたんだけど、飲んでみない?」
「よろしいのですか!? ありがとうございます!」
マーレイには珍しく、食いぎみにお礼を言っていた。
「まずは、封が空いているのを味見してみる?」
ユリは一升瓶を取り出し、ゴブレットグラスに少し注いでみた。
「これよ。飲めそうなら、未開封のを差し上げるわ」
早速マーレイは飲んでみてくれた。
「これは、ヒノモト酒に近いような」
「多分合っているわ。カエンちゃんの結婚式で振る舞われたのよ。封が開いている大量に有る分は、シャーベットにして売るけど、未開封のは手を加えたら勿体ないかなって思ってね。それで、飲めそう?」
「はい、とても美味しいです。本当にいただいてよろしいのですか?」
「何本か貰ったから、パウローニアさんと、メイプルさんと、パープル侯爵に差し上げたのよ。レギュムさんとクララさんも飲みそうなら差し上げるんだけど、今日はレギュムさん来るのかしら?」
ユリの言ったメンバーを聞いて、尚更、貰って良いのかと悩むマーレイだった。
マーレイに日本酒を渡して少しした頃、レギュムが顔を出した。
「ハナノ様、キャラメルの追加は可能でございますか?」
「大丈夫よ。今、時間有るなら聞きたいんだけど、私の故郷のお酒要る?」
「時間は問題ございませんが、どうされたのですか?」
「カエンちゃんの結婚式で振る舞われたのよ」
「それはおめでたいお酒でございますね。私がいただいてもよろしいのですか?」
そして、マーレイにしたのと同じ説明をし、レギュムもマーレイ同様悩むのだった。
ユリとしては、レギュムは馬車の操縦があるため、試飲を渡さず、四合瓶をそのまま渡した。
シィスルと日本酒シャーベットを作り、少し味見をしたシィスルが、美味しいこれは危険。と言って、笑っていた。
キャラメル包みをしているメンバーには、お昼ごはんの時に希望者にだけ、小さいグラスに入れた酒か、シャーベットを提供した。
いつものメンバーには、1人前は帰るときに食べて良いからと告げ、シャーベットの味見だけ提供した。
カエンちゃんの結婚式で振る舞われたと言っても通じなかった人には、先読みの巫女の慶事で振る舞われたと、説明し直した。
「美味しいですね! これは買うといくらくらいするのですか?」
うっかり尋ねてしまった人がいた。
「えーと、ソウが言うには、720ml瓶で、20万☆は下らないらしいわ」
マーレイがお茶を吹き出しそうになってむせていた。そして聞いてしまった人は、少し青い顔になって、このコップはどのくらい入っていたんだろう。と、ぶつぶつ言っていた。まあ、大体150mlくらいなので3万☆くらいだ。
「1か月分相当かも、」
グラスを見つめながら、更に呟いていた。悪酔いしないと良いなと思う。
「ユリ様!私もいただいてもよろしいですか?」
「まだ配膳があるから、帰る時になら良いわよ」
メリッサだった。ユリは少し不思議に思いながら答えたのだ。
「あ、いえ、私が飲みたいのではなく、両親に良いお酒を飲んでもらいたいなと思いまして」
「なら、四合瓶を持っていったら良いわ」
「え、いえ、そんなにたくさんではなく、コップ1杯くらいで」
「そのくらいなら、ドレッシングボトルにでも入れていったら良いわ」
「ありがとうございます」
昼休みが終わり、イーゼルにのったメニューに日本酒シャーベットの文字を見つけ、外おやつを出しに来るユリを待ち伏せした客が、質問してきた。
「ハナノ様! ハナノ様! メニューにある、なんとか酒シャーベットとは、どんなお酒ですか?」
「あれは、日本酒と読みます。私の故郷のお酒で、その中でも幻の名酒と言われているお酒です。先読みの巫女の慶事で振る舞われ、それをシャーベットにしてみました」
「なんとめでたい!」
「店内のみのお一人様1つ限りですが、みなさんに召し上がっていただきたいですね」
「必ず注文します!」
開店すると、全員が日本酒シャーベットを注文した。
そして必ず出てくる、もう1つ欲しい人。
「ユリ様、日本酒シャーベットのお代わりをお断りしたのですが、聞いてもらえなくて」
「はい。私が説明しましょう」
どうしても欲しいと言う客のところに行き、ユリは言ったのだ。
「本日、慶事のためのサービス価格になっております。本来の価格でもよろしければ、お待ちいたしますが、いかがされますか?」
「何だ何とかなるんじゃないか。で、いくらになるんですか?」
「お1つ、4万☆でございます」
「え?は? 何か、今とんでもない額が聞こえた気がしたけど」
「気のせいではございません。お1つ4万☆でございます」
「なんでそんな価格になるんだ、いえ、なるんですか?」
「使っているお酒の本来の価格が25万☆相当なのですが、幻の名酒と言われているお酒でして、市場価格は、50万☆くらいだそうなのです。その量で14こ弱作れますので、4万☆でございます。慶事の振る舞い酒だったものですので、たくさんの皆さんに行き渡ると良いですよね」
「は、はい。そうですね。皆が食べられるように私は遠慮することにします」
ユリはニコッと微笑んでから厨房に戻った。
「ユリ様、本当に50万☆もするんですか?」
「わからないわ。このお酒はカエンちゃんからタダで貰ったものだからね。価格も、ソウが言ったのを調べていないし、でも、幻の名酒と言われていて、ほとんど手に入らないのは本当らしいわよ。そう言うお酒は、価格がつり上がるからね」
「このお酒が美味しいのは本当なので、もう1つと言いたい気持ちはわかりますね」
「好きな人には、隣で食べているのが目の毒になってしまうわね」
1つ目は500☆、2つ目からは4万☆なのだ。最初から4万☆の物があったら、買う人は買うかもしれないが、1度500☆で提供されている物を、自分だけ80倍の額を支払って購入したい人は、かなり珍しい人だろう。
「ユリ様、明日来たら又食べても良いかと聞かれました」
「どうしましょ。全員の来店を見分けるのは実質無理よね。おそらく今週いっぱい提供できると思うけど、合計2個までにしていただけるとありがたいと言ってください」
「はい。伝えてきます」
イポミアは、イリスとメリッサにも伝え、お客にも話してきたらしい。
「今週いっぱい有るのなら、明明後日の仕事上がりに食べようと言って、帰っていきました」
「まあ、あまりアルコール飛ばしていないものね」
普段から飲んでいる人は平気だが、やはり、昼からほろ酔いはよろしくない人もいるのだろう。
そんな感じで一週間が終わり、持ち帰りなしの日本酒シャーベットは、ラストのGの日に、それだけを食べるために来店する客がたくさん来るのだった。
「そう言えば、ユリ様、紫蘇のふりかけに使う、梅酢が足りないのですが、どうしたらよろしいでしょうか?」
「え、あれ、まだ作り続けていたの!?」
「まだ半分も乾かし終わっていません」
シィスル的には、全て製品にしたいらしい。
「パウンドケーキは毎日食べて良いけど、無理しすぎないようにね。梅酢必要ならあるけど、本当に足りなくなったら、りんご酢とかでも良いわよ。あと、こっちで、低温のオーブンで、ある程度乾かしてから、仕上げを乾燥魔法にしたら?」
「え、えー!?」
「それに、細かくするのは、粉砕する機械にかければ? 作り方を知らないと困ると思って、手作りの方法を教えたけど、数や量が多いときは、使えるものは使った方が良いわ」
他の方法があったのかと驚愕のようだ。
「その場合の手順は、どうなりますか?」
「シソジュースを作ったあと、しっかり絞って、冷めてから更に絞って、少し塩をして置いてから更にしっかり絞るところ迄同じよ。そこに、梅酢かりんご酢を加えてほぐしながらしっかり混ぜ、数時間置いて赤くなったあと、90~100℃のオーブンに乾くまで入れておきます。1度に入れる量や、含まれる水分量によるから、たまに出して乾き具合を確認してね。表面が乾いたら取り出して、手で割ってみて、生乾きのところを乾燥魔法で乾かしたら良いわ。その後は、ミルミキサーと言う乾物を粉砕する機械にかけて粉にすると、擂り鉢とすりこぎより早いわよ。まあ、手で砕いて砕けなかったのを機械にかけるとなお良いわね。粉になってから、粉の重量の90%~95%の細かい塩を混ぜて出来上がりよ」
「そんな素晴らしいものが」
「使えそうならソウに買ってきて貰うわよ? 電源のシステムは、受け取ったのでしょ?」
「はい。卓上ミキサーが動いて、仕事が楽になりました」
「後で持ってくるから、使ってみたら良いわ」
最強パワーのミルミキサーは、うっかりすると微粉末になってしまうので、一般的なミルミキサーを持ってきて、使い方を説明した。
翌日、リラと一緒に来て、オーブンを使い、残りの赤紫蘇を乾燥させ、ゆかり粉を大量に作っていた。ちなみに粉は、合計1500gくらい作れたらしい。塩だけが沈殿しないように、ジッパーバッグに50gずつ分け、45gの細かい塩を足した。
「乾燥すると少ないですねぇ」
「本当ね。貰った枝付きの赤紫蘇は20kgくらいあったのよ」
尚、9月いっぱいの予定のキャラメル包みのメンバーは、ユリが頼んだ9月30日まで、1人もかけること無く頑張ってくれた。




