和装
朝ご飯のあと、ユリとソウは月見家の屋敷に急いだ。
今日は9月10日(土)カエンの結婚式だ。
ソウは洋装だが、ユリは黒留め袖を着るので、着付けを見て貰う約束だからだ。1人でも着られるが、やはりプロの目から見て、着せて貰った方が、美しく仕上がる。
到着すると、ユリは屋敷の美容部隊に連れていかれた。
あぁ、なんだか、どこかでも同じような状況にと考え、城やパープル侯爵邸で正装に着替えるときと同じなのか。と、1人納得し、されるがままにマッサージを受け、髪を仮で結い上げられた。
「ユリさん、好みやご希望はございますか?」
「あ、この簪、あちらの国の(初代)女王陛下から頂いたの。フォーマル用ではないんだけど、使えないかしら?」
ユリは、ユメから貰った、夢の瞳の石がついた簪を鞄から取り出し、差し出した。
「あら、見たことの無い宝石がついているわ。何の石ですか?」
「『夢の瞳』という名前の宝石です」
「あら、本当に知らない石だった!」
貰ったときは、サファイアがついていたのだが、後日ユメが石を取り替えてきたのだ。石の加工が間に合わなかったと言っていた。
「それは、絶対に取り入れたいですね。何とかします!」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
後れ毛ひとつ無く、丁寧に美しく髪をセットして貰った。勿論上手に夢の瞳の簪も使われている。
ささっと、黒留袖を着付けられ、ビシッと美しく整った。正絹羽二重は1人で着ると30分くらいかかるが、15分もしないうちに出来上がった。
「どうもありがとうございました」
ソウが待っているはずの部屋に案内され、中へ通された。
洋装と聞いていたが、ソウは和装をしていた。ホシミ夫妻も居て、やはりご夫婦とも和装なのだ。
「ご無沙汰しております」
「ユリちゃん、黒留袖も似合うわね」
「若いのに、着物に着られた感がないのはさすがだな」
ホシミ夫妻がユリを褒める。
「ありがとうございます。今日は、全員和装なのですか?」
「そうよ。本家の式だからね」
ソウは着物に着られた感がある。慣れないからか、本人も落ち着かないらしい。
「失礼します」
誰が来たのかと思ったら、葉だった。
「ソウ兄上、ユリ姉上様、ホシミのおじ様、ホシミのおば様、ご一緒させていただけますか?」
「俺は構わないぞ」
ソウが一番最初に了承した。
「勿論だ。葉君、ここに居たら良い」
ソウの養父、司が言った。
「葉君、大きくなったわね。一緒に待っていましょう」
ソウの養母、遥が言った。
「大歓迎です。カエンちゃんの結婚式、楽しみね」
ユリも了承すると、葉はホッとした顔をした。葉の両親である蕪木夫妻は、未だに息子をタキビと呼び続けている上に、魔法の国の女王陛下(ユリ)に働いた無礼で、本家への出入りを制限されている。さすがに今日は出席するが、本家跡継ぎの婚姻のため、蕪木夫妻よりも、姉弟である葉の方が立場が上になり、葉は一番近しい親族席に座ることになる。ユリは、ソウの伴侶という立場で出席なので、やはり一番近しい親族席に座ることになる。
ソウから、不意にスナップ写真を撮られても顔がはっきり写らないようにと、軽い結界をかけられた。本人が認識したもの以外、光の屈折で、姿がはっきり写らなくなるらしい。学生時代に編み出したそうだ。
係の人が呼びに来て、神前式のような様相の結婚式が始まった。親兄弟が一番近い場所なので、最前列にツキミ夫妻、ソウ、ユリ、葉、ホシミ夫妻が並び、中央より反対側に、新郎の親兄弟と思われる家族が並んでいた。
ユリたちの後ろには、ユリが会ったことの無い、本家親族と呼ばれている人たちが続いている。蕪木夫妻は、ユリから見えないほど後ろにいるらしい。
白無垢に綿帽子のような被り物をしたカエンたちは立っているが、参加者は椅子に座って、見守っている。
大きさの違う、三段に重なった朱色の盃が登場した。
巫女のような女性が御神酒を、上に重なっていた一番小さな盃に注ぎ、新郎、新婦、新郎の順で口をつけた。次の盃は、新婦、新郎、新婦の順で口をつけ、最後の大きな盃は、新郎、新婦、新郎の順で口をつけ、かなり本格的な三三九度だなぁと思いながら、ユリは見ていた。
祝詞のようなものを読み上げたあと、誓いの言葉を新郎のフカモリが読み上げ、結婚式はお開きになった。この後は、衣装替えをして、披露宴だ。
新郎新婦が退席したあと、参加者が披露宴会場に移動する。
敷地内ではあるが、あまりに広いため、ユリは迷子にならないように、しっかりソウと手を繋いで歩いた。
披露宴会場に入ってユリは驚いた。何か、見知った有名人だらけなのだ。少し呆気に取られながらソウについて行き、主役席から一番遠い、親族席に座った。このテーブルは、ツキミ夫妻、ソウ、ユリ、葉、ホシミ夫妻の7人だけだ。
どこかの会社概要で写真を見たことがある、大会社の社長や会長や、政治家がたくさんいる。テレビでしか見たことがない歌手や俳優が多数いる。
「凄い参加者ね」
「まあ、カエンだからな」
「あ、あれ、ソウビさん?」
ユリがソウの元上司を発見すると、ソウが慌てて確認した。
「うわ、本当だ。俺、聞いてない」
「職務上の案件なのかしら?」
「ちょっと挨拶してくるよ」
「はーい、行ってらっしゃい」
ソウを見送った後、ユリは葉と話していた。
「葉君、調子はどう?」
「転移は思ったように使えるようになりました。結界は、強さを変えるというのが、良くわかりません」
「単に強さを変えるだけなら、込める魔力の量だけど、金色の増幅結界は、ソウも、カエンちゃんも出来ないらしいから、もし出来たら凄いわよ?」
「カエン姉上も、ソウ兄上も出来ないのですか?」
「そう聞いているわ」
「なら、なおさら頑張ろうと思います」
「応援しているわね」
ソウが戻ってきた。
「何か、spの統括として参加しているらしいよ」
「確かに、要人ばかりよね」
「まあ、一番の要人は、ユリだけどな」
言われてみれば、そうなのかもしれない。ユリは改めることにした。
「増幅しない程度に、結界を張っておくことにします」
「ユリ姉上様、結界張っていなかったんですか!?」
葉にまで、驚かれてしまった。
「ソウ、ユリちゃん、葉君、披露宴の後の予定はあるかい?」
「夕飯までには帰るけど、予定はないよ」
「同じです」
「僕も予定はありません」
ホシミ夫妻が、にこやかに話し始めた。
「提案なんだけど、葉君、カエン様が戻られるまで、うちに来ないか?」
「え?」
「本家にいても、面倒が多いだろう?」
「そうよ。うちに泊まりに来てちょうだいね」
「お、それが良いぞ葉」
「私もおすすめします」
ユリにまですすめられて、葉は悩んだ。カエンは本日夕方から新婚旅行に行く予定なのだ。転移の出来る葉なら通学に困らないので、どこに泊まっても問題ない。
「ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「そんなに固くならなくて大丈夫よ」
「自分の家のつもりでゆっくりすると良い」
ホシミ夫妻が葉を歓迎した。
「カエンがいない間も、これで安心だ」
「司さん、遥さん、葉君をお願いします」
ツキミ夫妻が、ホシミ夫妻に頭を下げていた。




