紫蘇
「菊洗うのにゃ?」
どこから聞いていたのか、ユメが休憩から戻ってきた。
「あらユメちゃん、お昼休みはもう良いの?」
「たっぷり休んだにゃ」
「菊は、これから買ってくるから、先にシソジュースを作りましょう」
「何すれば良いにゃ?」
「お湯を沸かして、お砂糖を量ってください」
「どの鍋にゃ?」
「空いている大きい鍋4つ、鍋の6分目くらいの水を入れて下さい。無理しないで、手伝ってもらってね」
「わかったにゃ!」
ユメはマーレイに頼んで、夏板を使い、鍋に湯を沸かしていた。
「4つ沸かすと、エアコンがかかっていても暑いわね」
「ユリー、あついー?」
「あら、キボウ君。キボウ君は暑くないの?」
「あついー!」
きゃっきゃと騒いだ後、転移してリビンクの氷風機を持ってきた。何故リビングからと判るかと言えば、ユリが作ってかけたカバーの模様が皆違うからだ。1台はキボウの要望で、風変わりな松竹梅の柄なのだ。
「ユリ、すずしい?」
「涼しいわ。キボウ君ありがとう」
「よかったねー」
「キボウ、私の部屋のも持ってこられるにゃ?」
「わかったー」
ユメの部屋の氷風機のカバーの柄は、百合の花だ。ユリが、百合の花と、黒猫の柄を作っていたら、こっちが良いと言って、百合の花の柄の方を持っていった。
キボウは、百合の花の柄のカバーがついた氷風機を持ってきた。
エアコンよりも近くて直接的なので、体感がかなり涼しくなった。
沸いた鍋に、湯の量に合った赤紫蘇の葉を入れ、15分程茹でた。火を止め、網を使って綺麗に葉を取り除き、量っておいたグラニュー糖とクエン酸を加えた。さっと鮮やかな色になり、シソジュースの素が出来上がった。
「いつ飲めるにゃ?」
「氷を持ってくれば、すぐにでも飲めるわよ」
大量の氷を持ってきて1部を冷やし、従業員全員分のシソジュースを作った。
「遠足のときの赤紫蘇は、半分をパールホワイト伯爵家に置いてきちゃったからね。今回のは売るほど有るから、キボウ君がどこで飲んでも安心だわ」
そのシソジュースは、リラに半分を渡し、2階に置いて家内で消費した。
厨房に来てシソジュースを飲んだイポミアが「頑張って洗った甲斐が有ったー」と、喜んでいた。何か考えながら飲んでいたマリーゴールドが、飲み終わってから発言した。
「ベルフルール以外にも、どこかで飲んだことがございます」
「あら、パープル侯爵家で以前作ったことがあって、赤紫蘇を栽培しているようだから、その関係先かしらね?」
「ユリ様、こちらの配合は、教えていただけるのでしょうか?」
「構わないわよ。少量で教えるわね。枝付き赤紫蘇250~300g(1束)、水1000ml、グラニュー糖500~1000g、クエン酸25g又はリンゴ酢等を150mlね。葉っぱだけにした場合の重さは150gくらいよ。今回は、これの80倍くらい有るわ」
「ありがとう存じます」
マリーゴールドは、しっかりと書き取っていた。
「さあ、明日分のミルクコーヒーゼリーと水玉サイダーのフルーツ寒天を作りましょう」
「はい」
ユリとマリーゴールドが仕込みをしていると、キボウが時送りをして冷やしたのか、ユメがレードルでデキャンタに移そうとしていた。
「あ、ユメちゃん、炭酸の空き容器に、漏斗で注いでもらえる?」
「任せるのにゃ!」
キボウも手伝って、全て空き容器に移し、鍋を空けてくれた。
「必要なら持ち出しても良いけど、どこに持っていくの?」
「美味しかったにゃ。カンパニュラとプラタナスにも飲ませるのにゃ」
「それなら、菊花ジャムのクッキーも持っていくと良いわ」
「ありがとにゃ!」
「でもね、子供より、大きい女性が喜ぶかもしれないわよ? うふふ」·
「明後日が楽しみにゃ!」
ユリは、片づけをしていたマリーゴールドに、シソジュースに使った赤紫蘇を少し捨てずに残すように言ったのだが、少しの加減が判らず、捨てられずにマリーゴールドが悩んでいた。
「ユリ様、少し残すようにおっしゃった赤紫蘇でございますが、このくらいでよろしいでしょうか?」
「あ、そうね。乾燥させるの簡単だから、やっぱり全部残してたくさん作ってみようかしら」
大きなボールに入っている絞った赤紫蘇を、少し取り分けた。マリーゴールドが真似る。
「説明だからこんなものかしらね。これに、分量外の塩を揉み混みアクを出すほど絞って、水分を捨てます。梅酢かリンゴ酢と、分量の塩を足し、葉の色を綺麗に発色させ、よく混ぜます」
ユリの横で、マリーゴールドも作ってみている。
「昔なら、なるべく広げて天日やオーブンで乾かしたんだけど、軽くほぐし広げたら、ウオスナクと唱えて、乾燥させます」
パリパリに乾き、手でも砕けるようになった。「ウオスナク」は乾燥の呪文だ。
「すりこぎとすり鉢で細かくすれば、ゆかりふりかけの出来上がりよ。ご飯にかけると美味しいわよ。あとは、乾燥させなくても、包丁で細かく刻んで、しっとりしたままでも使えるけど、日持ちしないから、しっとりタイプはすぐ食べてね」
ユリは昼の残りのご飯を少し持ってきて、1口サイズのミニミニおにぎりを作り、マリーゴールドに食べさせた。
「とても美味しいです! ユリ様、是非、ベルフルールに分けてくださいませ」
「あ、こっちで使うのはどんなに頑張ってもたいした量じゃないからね。ほとんど全部あちらにと思っているわ」
「ありがとう存じます」
少し固まったマリーゴールドは、リラに連絡したらしい。
「ユリ様、リラさんが来るそうです」
「あ、ちょうど、昼休みなのね」
時計を見ると、2時50分だった。あちらの昼休みはあと10分有る。
走ってきたらしいリラとシィスルは、マリーゴールドに作り方を教わり、ユリが差し出したミニミニおにぎりを試食し、少しだけ出来上がったゆかりふりかけを持って、慌てて帰っていった。
「嵐のようだったわね。うふふ」
「お騒がせいたしました」
「シソジュースを作る度に、捨てるのもったいないなと思うけど、乾かすのが大変でね。でも、魔法で乾かせば、楽だわぁ」
「天日干しは、時間がかかるのでございますか?」
「天気が良ければ、1日で乾くこともあるけど、乾かすために1枚1枚広げるのが、結構手間なのよね。本来は、梅干しに使った紫蘇を、そのまま干すのよ」
「何か違うのでございますか?」
「シソジュースの紫蘇の方が、風味がマイルドね。梅干しの紫蘇で作ると、もっと香りと風味が濃いわね」
そちらも機会があれば食べてみたいと、マリーゴールドは言っていた。
ソウが菊を買って帰ってきた。
「ユリ、ただいま。黄色い菊はあったんだけど、紫の方は、明日引き取りで予約してきたよ」
「ソウ、お帰りなさい。どうもありがとう。シソジュース作ったけど、飲む?」
「お!飲む飲む!」
ローズマリーから、20キロを越える赤紫蘇を貰ったことを告げ、お返しに菊花ジャムのクッキーを渡そうと考えているとソウに話した。
「あー、このクッキー喜びそうだよな」
「それでね、渡したらきっと『ぜひ作り方を!』ってなると思うのよ。花梨花さんに、食用菊を扱っているかどうか確かめて欲しいんだけど」
「了解」
ソウを見つけたのか、ユメとキボウが厨房へ来た。
「菊、買ったのにゃ? 洗うのにゃ?」
「黄色い菊だけ買ってきたから、これから洗います」
「手伝うにゃ!」
「てつだう、てつだうー!」
菊を袋ごと渡すと、ユメは酢水を作り、洗い終るところまでキボウと手分けして進めてくれた。ユリはペクチンとグラニュー糖を量り、手早くジャムを仕上げた。その間に、マリーゴールドがクッキーを仕込み、準備万端だ。
「マリーゴールドちゃん、クッキー頑張りましょう!」
「かしこまりました」
ユリとマリーゴールドがクッキーを絞り、ユメとマーレイがジャムをコロネで絞っていった。ソウはユリから聞いた通りオーブンをセットし、菊花ジャムのクッキーを焼いていった。
「5人がかりだとさすがに早いわね!」
この日の営業は、新しすぎるクッキーが話題となり、遅い時間から来る客が多かった。




