重陽
明日の9月9日は、重陽の節句なので、前日の本日から、菊のお菓子を振る舞う予定なのだ。
トゥリーパが1番に来て、続々と9時出勤組が集まり、慣れた様子でキャラメルを包んでいく。
「今回はイチゴ味が多いのですか?」
カーシアに質問された。
「レギュムさんが見本で使うからね」
「お店では配らないんですか?」
「お店は、今日明日は菊の花ののったクッキーを配るのよ」
「お花ののったクッキー?」
言われても想像がつかなかったらしい。
「少し食べてみる? 崩れやすくて欠片がこぼれるから、キャラメルのそばでは食べないでね」
ユリは、キャラメル包みのアルバイトメンバーとメリッサに、今日お店で配る予定の矢車菊ののったラング・ド・シャを渡した。
「あと、こっちは販売予定の、菊の花のジャムののったクッキーよ」
ラング・ド・シャは普通に食べていたが、菊花ジャムののったクッキーは、予想外の味だったらしい。
「食べたことの無い味ですが、何だか爽やかで優雅な味がします」
「味というより、香りよね。まあ、普段食べないものは、変わった味と感じるわね」
「いえ、美味しいです。これは、高貴な女性が喜ぶお味ではないかと思われます」
「あらそう? ありがとう」
ユリは、マリーゴールドが出勤してきたので、厨房へ行き、仕事を始めることにした。アルバイト組の面倒は、メリッサが見てくれている。イポミアは、今日は妹のカーシアとは別に、普段の時間に出勤してきた。
「今日配る、矢車菊ののったラング・ド・シャと、販売する菊花ジャムのクッキーよ。お味見どうぞ」
「ありがとう存じます」
「いただきまーす」
マリーゴールドとイポミアにクッキーを渡すと、早速食べてみていた。
「どちらを先に作るのでしょうか?」
「ラング・ド・シャは、明日分まで作ってあるから、菊花ジャムのクッキーを作ります」
「ユリ様、赤いジャムと黄色いジャムは、両方ともお花なんですか?」
「両方とも菊の花よ。でも、赤い方が酸味が強いかもしれないわ」
イポミアが食べ比べながら頷いていた。
「配合に違いがあるのでございますか?」
「綺麗に赤く発色させるために、少しレモン汁が多めなのよ」
マリーゴールドが、成る程と頷いていた。
「ユリ様、こちら、アルストロメリア会でリクエストをいただきそうなお菓子でございますね」
「あー。そういえば、そうかもしれないわね。想定していなかったわ。花梨花さんに食用菊が有るか確認しなきゃダメね。あと、ペクチンの抽出も必要ね」
「ペクチンの抽出でございますか?」
「うちで作ったのは、販売されているペクチンの粉を使ったからね。教えるとなったら、ペクチンも作らないとダメだと思うのよ」
手作りペクチンは、林檎をゆっくり煮ることで得られる。
「手間がかかるのでございますか?」
「手順は知ってるけど、手作りは品質が安定しないから、作ってみたことがないのよねー。今度実験してみるわ」
「是非、お手伝いさせてくださいませ」
「あら、ありがとう」
マリーゴールドとクッキーを作っていると、10時半頃、ローズマリーから荷物が届いた。それは、抱えきれない量の、赤紫蘇だった。
なぜ今ごろ? と思ったが、よくよく考えると、以前、屋敷に押し掛け、自生していた赤紫蘇を使いシソジュースを作ったのが、その年の9月8日なのだ。翌日に、重陽の節句の実施を、今年は無理だなと思いながら、炭酸のシソジュースを飲んだ覚えがある。(157話 色素)
「赤紫蘇でございますね。どうされるのでございますか?」
「梅の色付けには遅すぎるから、シソジュースしか使い道がないわよね」
ひょいとユメが顔を覗かせた。
「洗うのにゃ?」
「あら、ユメちゃん。手伝ってくれるの?」
「手伝うにゃ!」
「てつだう、てつだうー!」
「では、葉っぱのみを使うので、枝から外した後洗ってください」
「わかったにゃ」
「わかったー」
それにしても大量だ。
「ユメちゃんとキボウ君の2人だけじゃ無理な量よね」
「キャラメル包みのお手伝いの方々に頼まれてはいかがでしょうか?」
「それ良いわね。希望者を募りましょう」
早速ユリは店に行き、声をかけた。
「ちょっと聞いてください。大量の紫蘇をいただいたので、シソジュースを作りたいと思います。その紫蘇を洗うのを手伝っていただきたいのですが、今日は紫蘇を洗う方を手伝っても良いと言う方がいたらお手伝いお願いします。時給は変わりません」
「はい!」「はい!」
「あ、おらも」
3人が名乗り出た。全員男性だ
「では、外の井戸のところで洗いましょう」
笊やボールや盥を持ち出し、ユメが指導してくれることになった。
「ユリ様、私も洗う方に参加しても良いですか?」
「良いわよ。ユメちゃんの事お願いね」
「はい」
ボールなどを厨房から外へ運ぶ手伝いをしていたイポミアも、楽しそうに行ってしまった。
ユリはもう一度店に行き、メリッサたちに告げた。
「今日は、キャラメルが包み終らなかったとしても構わないから、普段通り丁寧にお願いするわね」
「かしこまりました」
「ユリ様、種類による優先順位はございますか?」
「イチゴ味だけは、全部包んで貰えると助かるわ」
「イチゴ味は最初に包みましたので、全て終っております」
「それなら良かったわ。後のはストック分なので、急ぎません」
イリスとマーレイが来て、すぐ後にソウも何処かから戻ってきた。
ユリは、マリーゴールドと菊花ジャムのクッキーを作った後は、昼食を作り始めた。
「豚バラ肉の薄切りを、甘辛い大蒜の効いたタレで味付けした丼物です」
「かなりニンニクの香りがいたしますね」
少し不安そうにマリーゴールドが呟いた。
「口臭が気になるなら、食べる前に牛乳を飲み、食事中なら、烏龍茶や茉莉花茶を飲み、食後の場合は、リンゴジュースを飲むと良いらしいわ。私は牛乳しか試したことがないけど」
「恐れ入りますが、食前に牛乳を分けてくださいませ」
「気になる人全員に、牛乳とリンゴジュースを提供しましょう」
食事の用意が終った頃、ユメとキボウが紫蘇洗いが終ったと、報告に来た。
「ユリ、紫蘇はどうしたら良いにゃ?」
「笊のままで良いわ。もうごはんの時間になるからね」
帰るトゥリーパには、水玉サイダーのフルーツ寒天を渡した。キャラメルは、袋詰め直前まで、ほぼ終らせたらしい。
「今日のご飯は、大蒜を使っているため、口臭が気になる方は、ご飯前に牛乳をコップ半分ほど飲んでください。完全になくなるわけではありませんが、軽減されると思います」
一応飲んでおくかと、全員が牛乳を希望した。
「スタミナ丼旨いな」
ソウが、感想を漏らした。
「ユリ様、こちらは『すたみなどん』という名前なのでございますか?」
「そうね、そう呼ばれることが多いわね」
「先ほどの作り方を、リラさんにお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「なら、レシピにして渡しておくから、作り方は、マリーゴールドちゃんが説明してくれる?」
「かしこまりました」
食後には、全員にストレートのリンゴジュースを配った。
「生の林檎でも良いのよ」
「お店で出すのなら、生の林檎を添えた方が、見映えがしそうですね」
「この時期に、林檎って手に入るの?」
皆の視線が動く。
「ございます。まだ高価ではありますが市場に並んでおります」
市場情報は、マーレイが答えてくれた。
「なら、安心ね」
昼休みの後、ユリの予想外に店の外に有る行列に、慌てて涼しい店内に案内するのだった。
作り貯めたココットのフルーツ寒天を外おやつに出し、営業を開始した。
「ユリ様、菊花ジャムのクッキー、3つ入りが200☆、5つ入りが300☆で、お1つや、お2つご希望のときは、どうしたらよろしいですか?」
「うーん、1つは100☆、2つは150☆で! でも包装しない店内飲食なら、1個あたり60☆で良いわよ」
「はーい。ありがとうございます」
そしてすぐに、大量注文の相談をされた。
「ユリ様、菊花ジャムのクッキーは、お1人何個までですか?」
「いくつ希望なの?」
「できれば、200個だそうです」
「今日は足りないから、日を改めてなら良いわよ。ジャムを作らないと足りないのよ」
「はい。確認してきます」
確認の結果、納期は1週間以内で、2つ入りパッケージで100組、3万☆支払い済み。となった。
「お代、倍いただいたの!?」
「特注だからと3倍払うと言われたのをお断りしたら、倍で落ち着きました」
「ああ、そうなのね。双方理解した結果なら、しようがないわね」
以前、ごねた客に、特注は3倍と言ったことがあるので、それが出回っているのかもしれない。
「買いに行ってくるよ」
話を聞いていたソウが、菊を探しに行ってくれるらしく、出掛けていった。




