菊花
「あとは絞り出しクッキーね」
ユリは手早く絞り出しクッキーを仕込んだ。計量はリラが済ませてくれていたので、あっという間に生地を作り、天板を持ってきた。
絞り袋に星口金を付け、ローズバッドを少し潰したように絞り、中心に、出来たばかりの菊花ジャムをのせた。
「これを焼けば、ジャムの表面も乾いて扱いやすくなるわ」
「はい、クッキー絞ります!」
「ジャムのせるにゃ!」
「2人とも、お願いします」
マーレイと共にアイスクリームを作り続けていたソウが、覗きに来た。
「紫の菊、ジャムになると発色が綺麗だな」
「赤紫と言うか、綺麗な色よね」
「これ、黄色い菊だと、どうなるの?」
「作ったことはないけど、鮮やかな黄色になると思うわよ? 興味があるなら、作ってみる?」
「実は、少しだけ黄色い菊も持ってるんだ」
ソウは、小さめのパッケージに入った黄色い菊を取り出した。
「うふふ。実験で作るには、ちょうど良い量ね」
「キボー、てつだう!」
「花弁を毟ってくれるの? キボウ君、お願いします」
「わかったー」
ユリが手早く酢水を作ると、ペクチンなどを量っている間に、キボウは洗うところまで終らせてくれた。
ユリは手早く黄色い菊のジャムを作り、あら熱を取った。
「ユメちゃん、この黄色い菊のジャムは、従業員用のクッキーとして一緒に作ってくれる?」
「わかったにゃ!」
ユリはリラとクッキーを交代し、リラは店からの注文で、チョコソースをかけに行くのだった。
「ユリ様、今日はお昼ご飯どうしますか?」
「リラちゃん、先入る? あとにする?」
「どちらでも構わないのですが、ユリ様もどちらでも良いのでしたら、先に入ります」
「では、リラちゃん、マーレイさん、イリスさん、先に休憩に入るつもりでいてください」
「はーい」「かしこまりました」
「あとの組が、ユリ様とホシミ様と、メリ姉とミア姉ですか?」
「えーとね、私と一緒は、メリッサさんです。イポミアさんは、イリスさんとメリッサさんに30分ずつ重なる感じで、一人で休憩に入るそうです」
30分間お店に一人になるか、休憩を一人になるかで、配膳の3人で選んだらしい。先月メリッサから言われたのだ。
「成る程!これならお母さんだけ一人で1時間がなくなるんですね!」
「そうなのよ。イリスさんばかり大変なのは、おかしいわよね」
「では、もう少ししたら休憩入ります」
リラは、やりかけの仕事を終らせて、片付けに入った。
「ユリ、私とキボウは、何時から休憩に入れば良いにゃ?」
「誰かに合わせるなら、11:30、12:00、12:30のどれかで、合わせないなら、好きな時間からで良いわよ」
ユメは少し考えているようだった。
「ユリ、アイスは明後日の見込み分まで作ったけど、午後は何するの?」
「この、絞り出しクッキーを量産します。あと、ミルクコーヒーゼリーね」
「なら黄色い菊、もう少し用意する?」
「2色の方が良いかしら?」
「どういう風に売るの?」
「何個かセットで、袋に入れて売るつもりでいるわ」
「袋に1つくらい黄色いのがあったら、面白いんじゃないか?」
「成る程ね。そうしましょう」
ソウは菊を買いに行った。
「ユリ、黄色い菊のクッキーも同じ色にゃ?」
「そのつもりだけど」
「クッキーの色を変えたりしないのにゃ?」
「変えても良いわよ。そもそも予定になかったから、なにも決まっていないからね」
昼ご飯を用意していたリラが、ユリとユメの話を聞きながら、尋ねてきた。
「あの、ユリ様、黄色い菊のクッキーの生地を変えるなら、赤っぽい色が良いと思います。うっすら赤っぽいところに黄色いジャムが映えると思います」
「リラちゃんが言うなら、そうしましょう」
「良いんですか?」
「色彩感覚とか、デザインは、あなたが一番優秀だもの」
「ありがとうございます!」
リラは、ユリに褒められて喜んでいた。
「ユリ、何で色を変えるのにゃ?」
「赤で価格にひびかないのが良いわね。ローゼル粉末を混ぜて作りましょうか」
苺粉末で赤くなるほど加えるとクッキーが苺味になり、かなり高価になってしまう。菊のジャムは香りは強いが、味が明確にあるわけではないので、菊の風味を損なわない色付けが良いとユリは考えた。
「ユリ様、どのくらい加えますか?」
「真っ赤にしたい訳じゃないからね。粉の2~3%くらいかしらね」
「休憩終ったら、量りますね」
「ありがとう。お願いします」
イリスが来て、リラたちは休憩に入った。
「ユリ様、アイスクリームがチョコソースの注文なんですが、私が行っても良いですか?」
「お願いします。あ、先にこっちで練習する?」
「はい。ちょっと練習します」
メリッサが確認に来た。リラが休憩に入ったので、代わりに行ってくれるらしい。
メリッサは、少しだけ練習すると自信がついたらしく、ソースの容器を持って店に行った。
「あ、リラちゃん、マーレイさん、イリスさん。アイスクリームのどれかか、水玉サイダーか、サファイアクリームソーダゼリーの中から選んでおやつにどうぞ」
「ありがとうございます!水玉サイダーいただきます!」
「ありがとうございます。私も水玉サイダーをいただきます」
「ありがとうございます。チョコソースをかけてみたいので、アイスクリームをいただきます」
リラとイリスは水玉サイダーで、リラが手早く作っていた。マーレイはアイスクリーム希望らしい。なんと、渦巻きではなく、楕円形が中心に戻ってくる花弁のように、細くチョコソースをかけていた。
「お父さん、お花みたいでそれ綺麗ね!」
リラが褒めているので、ユリも覗きに行き、器用さに感心した。
「うわ、菊みたいな花になってる。器用ですねぇ」
「マーレイ器用にゃ」
「すごーい、すごーい」
ユメとキボウも感心していて、マーレイはニコニコしてお礼を言っていた。
「ただいまー。菊買ってきたよ」
ソウが、黄色い菊を買って戻ってきた。今度は袋入りのタイプで、たっぷり入っている。
「手伝うにゃ!」
「てつだう、てつだうー!」
「ユメちゃん、キボウ君、お願いします」
菊の下処理をユメとキボウに任せ、ユリは計量を始めた。
そっと近づいてきたリラが、おずおずと確認してきた。
「ユリ様、本は、取りに行っても良いですか?」
「階段上がれるままなら、そのまま行けば良いわ。無理ならソウに頼むわよ」
「階段が見えているので、たぶん通れると思います」
「なら、どうぞ」
「えっと、1人で入ってもよろしいのですか?」
「構わないけど、あなたが気になるなら、」
「私がついていくにゃ」
ユメが気を遣って、名乗り出てくれた。
「ユメちゃんお願いします」
ユメが行ってしまうと、キボウは呪文を唱えていた。すると、キボウの指示通り、菊から花弁が外れ、萼と花弁に分かれて違うボールに収まっていく。
「いつもながら、キボウ君凄いわね!」
こどもの日に、粽を魔法だけで作っていたのを思い出す。




