子守
ソウの部屋からは、ソウが病院に直接転移した。
ベッドだけがある部屋からソウは出ていき、すぐに医師らしき人たちがソウと一緒にやってきた。
「ホシミさん、この方はどうしたんですか?」
「幼い子供が、父親が熱があって何も食べないと訴えてきたんだよ。だから詳しいことはわからないけど、左足にあるトゲが元凶で熱が出ているようだよ。支払いは俺が責任持つから見てやってよ」
「わかりました」
医師が診察している間、ユリはソウに伝えた。
「言葉通じないから、向こうの文字で簡単に何か書いておいてもらえる?」
「そうだな。どうしてここにいるのか、説明を書いておくか」
翻訳の魔法は、本人に意識がない時にかけても、効かないかもしれない。ソウはユリの読めない文字で、何か書いていた。
「ホシミさん、もしかしてこの方、言葉が通じないんですか?」
ソウの書いていた紙を見て、日本語でも英語でもドイツ語でもないと気が付いたらしい。
「文字は確実に書けないが、気が付いたあとなら、何とかするから。ちなみに、書けないが読めるようにはなると思うぞ」
「あー又、極秘案件系なんですね。了解しました」
ユリはこちらに来たときに一応、ウカユノフと、患者の耳元で翻訳の呪文を唱えておいた。
「一旦戻るけど、又来るからよろしくな」
「はい。お待ちしてます」
ユリとソウは、自宅まで戻ってきた。
お店には、マグノリアを連れたユメがいて、なぜか一緒にキャラメル包みを手伝っていた。
「ユリ、どうだったにゃ?」
「入院させてきたわ。意識が戻ったら、連れて帰ってくるわ」
「ユリたま、とうたん、だいじょぶ?」
「大丈夫よ。お医者様に悪いものを取り除いて貰うからね。マグノリアちゃん、おうちに一緒に住んでいるのは、お父さんとマグノリアちゃんだけなの?」
「うん!」
「なら、とりあえず、ご飯はここで食べましょう」
「どうもありだとざいまつ!」
そこへ、リラが説明しに来た。
「ユリ様、まーちゃんの母親は、領主様のお屋敷でメイドをしているので、休みの日には戻ってきているはずです」
「なら、あとで伝えに行きましょう」
ユリがいなかった間の仕事は、リラがきっちり進めておいてくれていた。
当初の予定の2倍のキャラメルが出来上がっていく。
12時になりトュリーパが帰り、皆で昼ご飯を食べ、手術も検査も終っただろうとソウに言われ、再び病院を訪ねた。
「あ、ホシミさん、ちょうどよかった。左足切断の同意書にサインしてください」
「え? 切断するの?」
「待ってください。元凶は取り除けたのですか?」
小さなトレーにのった何かの欠片を見せてくれた。
「はい。腐敗した木材のようでした。かなり深く刺さっていました。ですが既に手遅れで、神経が壊死するのも時間の問題なのです」
「少しだけ時間をください」
「構いませんが、あまり時間がありません」
ユリが、左足に手を置き、毒になるものを無くなるように願った。すると、深緑色のような、紫色のようなもやが立ち上がり、ちりちりと小さな火花をだし消えていった。
ユリは少し離れて見渡し、告げた。
「これで大丈夫だと思います」
素人目にも、顔色がよくなったように見えるし、腫れて黒ずんでいた足の色も綺麗な肌の色に近くなっていた。
医師は、足の包帯をほどき、縫合した傷の上のテープを、ベリっと剥いでいた。
「うわ、傷自体が無くなってる!」
「ユリ、連れて帰る?」
「今連れて帰ると無理しそうだし、一晩預かってもらって、明日迎えに来たらどうかしら?」
「なら、そうしよう。よろしく頼むよ」
「は、はい、」
ソウは、紙に文字を書き足して、置いてきた。内容は、マグノリアを預かっているので安心するように。と書き足したのだ。
「ユリ、木の実持ってる? 持っているなら1つ食べて」
「あ、そうね。こういうときに食べたら良いのね」
ユリは木の実を食べ、二人で自宅に戻ってきた。
「マグノリアちゃん、お父さんの手術も無事に終ったから、明日には会えると思うわ。でも、しばらくおうちでゆっくりするようにね」
「ゆりたま、どうもありだとざいまつ!」
ゆっくり話を聞くと、家は商売をしていて、マグノリアは普段は父親と一緒に店番をしているらしい。ユリは近所だと勝手に思っていたが、住まいはパープル邸がある城下町にあるそうだ。なんとマグノリアは、1度来たことがあるここまで1人で歩いてきたらしい。無料のお菓子やパウンドケーキのことは、店に来る客が話していたのを聞いて知っていたのだとか。
「マグノリアちゃん凄いわね。1度来ただけなのに、歩いて来られるなんて!」
「あ、うん。そうだな」
ユリの関心ポイントが、少し他人とずれている。
「休み時間のうちに、母親を訪ねるか」
「そうね」
マグノリアを連れ、パープル邸のソウの部屋に転移した。
ハンドベルを鳴らし人を呼ぶと、マーガレットが顔を出した。
「ホシミ様、あ!ユリ様! え、そちらのお子さんは?」
「この子の母親がここのメイドらしくてね。普段子守りをしている父親が入院したから伝えに来たのよ」
「えーと、メイドの名前はなんでしょうか?」
「マグノリアちゃん、お母さんの名前はわかる?」
「かーたん!」
親の名前は知らないらしい。リラに詳しく聞いてくればよかった。
「ちょっとメイド長に聞いて参ります」
マーガレットが退室してから、メイドがお茶を持ってきた。
「あ! かーたん!」
「え? マグノリア?」
物凄い偶然なのか必然なのか、メイドはマグノリアの母親だった。
「何でマグノリアが、ユリ様とホシミ様と一緒にいるの?」
呆気にとられ呟いていた。
「あなたがこの子の母親か?」
「は、はい!マグノリアが何かしましたでしょうか?」
「そうじゃない。この子の父親が高熱を出して何も食べないからと、うちに来たんだ」
「え、あの人が?」
「足を切断する寸前だったけど、明日には無事に帰ってくるよ」
「え?え?え?」
マグノリアは走りだし、母親だと言うメイドにしがみついて泣き出した。
そこへ、パープル侯爵とローズマリーとマーガレットとサリーが来た。
「ホシミ様、うちのメイドにご用と、」
メイドに小さな子供がしがみついて泣いているのを見て、パープル侯爵たちは呆気にとられていた。




