搬送
翌日のFの日。
「おはようございまーす!」
リラが早くから現れた。時刻はまだ8時だ。
「おはよう。大分早いけど、なにかあった?」
「明日は、女性と子供の日ですよね? キャラメルどうするんですか?」
「販売が、私の想定に無かったのよ。どうしようかしらと思っているわ」
リラが、ニヤッと笑った。
「うちの、セリとカンナ、あとクララさんが、手伝いたいと言っているので、今日連れてきても良いですか?」
「え? キャラメル包むの?」
「はい」
「私は物凄くありがたいけど、良いの?」
「キャラメルの現物とお昼ごはんが食べられれば良いそうです」
「え、それはおまけで、ちゃんとアルバイト代払うわよ」
「クララさんは厨房に入れますが、セリとカンナは入れないので、私と父と母とクララさんは、厨房でご飯いただきます」
「あ、席の心配まで、ありがとう」
「声かけてきますねー」
リラは一旦戻っていった。そばで聞いていたのか、ユメがユリの前に回り込んできた。
「ユリ、リラの話は本当にゃ?」
「どれの事?」
「セリとカンナが来るのにゃ?」
「来てくれるみたいよ」
「私とキボウもすぐ手伝うにゃ!」
「ありがたいけど、疲れちゃうからほどほどでお願いね」
「分かったにゃ!」
次に来たのはソウだった。
「ユリ、今日忙しいの?」
「明日営業すると、明日もキャラメルが売れると考えていなかったのよ。リラちゃんは想定していたみたいで、ヘルプを募集してくれたんじゃないかしらね」
「あー、リラらしいな。俺も手伝う?」
「ソウは、何なら手伝いたい?」
「先日俺が頼まれて買ってきた小さい丸製氷皿は何に使うの?」
「明日用のメニューで、九龍球の小さいバージョンね。中に果物を入れないで、サイダーに入れてドリンク風に提供する予定よ」
「それ作るよ」
「ミルク、バタフライピー、イチゴピューレ、キウイフルーツピューレ、黄桃ピューレ、パインピューレで6種類作ります」
「了解」
ユリは早朝焼いたパウンドケーキを切り分け、端を集めたものを、まとめて外おやつに置いてきた。キャラメルは、壁にある冬箱の中なので、既に入れてある。
「コラー!何やっとるかー!」
ユリが厨房へ戻る手前で、外から声が聞こえた。一体なんだろうと思い、ソウを呼んで外を見に行くと、4~5歳くらいに見える子供が、ご近所の人に怒られていた。
「だって、だって、とうたんがぁ」
その子供が泣き始めた。
「なにかあったのか?」
まず、ソウが尋ねた。
「あ、ホシミ様。この子供が、そちらにあるお菓子を持っていこうとしていたもので」
ユリは屈み、直接子供に尋ねた。
「どうしてそのお菓子を持っていこうと思ったの?」
食べようとしたのではなく、持っていこうとしたと言うのに引っ掛かったのだ。
「あのね。とうたんがね。おねちゅがあってね。ちのうもなにもたべてないの。ユリたまのね、ちかくいおかちをね、たべるとね、げんちになるって、おちえてもらったの」
(あのね。父さんがね。お熱があってね、昨日も何も食べていないの。ユリ様のね。四角いお菓子をね。食べるとね。元気になるって、教えてもらったの)
泣いてしゃくりあげながらも、きっちり説明してくれた。
「おうちは近いの?」
「うん」
すると、後ろで見ていたらしいユメが前に出てきた。
「私が見てくるにゃ!」
「ユメちゃん良いの?」
「任せるのにゃ!」
ユメに、製品の方の黒糖フルーツパウンドケーキをいくつか渡し、頼んだ。すると、じっと子供を見ていたキボウが、ユメと子供の手をとり、転移した。
「キボウって、誰の家でも知ってるのか?」
「何か、そうみたいね」
子供を叱ってしまったご近所さんは、居たたまれない様子で立ちすくんでいた。
「お店の治安を守ってくださって、ありがとうございます」
ユリが微笑んでお礼を言うと、自分の行いが間違っていたわけではなかったと安堵したのか、笑顔で頭を下げて、離れていった。
「毎日色々あるなあ」
「本当ね。今時期に熱って、夏風邪の類いかしら?」
「ユメが調べて来てから対処すれば良いよ」
「それもそうね」
9時集合組が集まり始め、リラも、クララとセリとカンナを連れてやってきた。なんと、シィスルとマリーゴールドまで付いてきた。
「シィスルちゃんとマリーゴールドちゃんまでキャラメル包むの?」
「私たちは、キャラメルを仕込もうかと思いまして」
「私も、お手伝いいたします」
「無計画な私のために、ありがとう。本当にすっぽり、明日の事が抜けていたのよねぇ」
女性と子供の日と、今週はキャラメルを売ると言うことが、別枠で認識していたのだ。
「あれ? ユメちゃんはいないんですか?」
「ユメちゃんは、お父さんが熱があると訴えてきた子供に、キボウ君と一緒に付いていきました」
「え、誰のところだろう?」
リラは、思い当たる家がないか考えているようだった。
『ユメにゃ。マグノリアの父親は、病気ではなく、怪我で高熱みたいにゃ。ユリ、手が空いたら見に来て欲しいにゃ』
『ユリです。今行くから、キボウ君を迎えに寄越してください』
ユメが以心伝心で連絡してきた。ユメの手に負えないらしい。
「リラちゃん、ユメちゃんに呼ばれたから、少し様子を見てくるわ。子供の名前を、マグノリアと呼んでいたわ」
「はい。仕事開始しておきます。え、まーちゃん家?」
「キボー、きたー」
「キボウ君、お願いします」
「わかったー」
キボウが転移したのは、怪我人が横になっているベッドの脇だった。意識の無い男性を、先ほどの子供が心配そうに見ている。
「えーと、マグノリアちゃん? 少しだけ離れてください」
「はい。ゆりたま」
ユリは布団のようなものをどかし、全体を見て、色が違って見えるところを探した。
左の足先が真っ黒で、その黒さが、だんだん心臓に迫っているように見える。これは不味いかもしれない。
足元に回り、見てみたが、トゲのようなものが刺さったままになっていて、化膿しているように見えた。
「ユリ、治療できそう?」
「え、ソウいつ来たの?」
「リラから聞いて、キボウに迎えに来てもらったよ」
「あのね、足に深く刺さっているトゲで化膿しているみたいなんだけど、そのトゲの取り除き方が解らないわ。状態は、大分危ないと思う」
「向こうに連れていって、外科手術をした方が良さそう?」
「最低でも、トゲだけは取り除いて欲しいわね」
「俺より重そうかな? ユリ、向こうの俺の家まで、運んでくれる?」
「わかったわ。ユメちゃん、行ってくるわね」
「頼んだにゃ」
ユリは心臓側に癒しを使い、状態を少し安定させてから転移した。




