段取
11時前にホットサンドを食べてしまったので、お昼ご飯は少し遅らせ13時くらいからにした。客がいるわけではないので、調整が楽だ。氷風機の簡単な説明をし、全員が昼食を食べ終わり、各自休憩に入った頃、ユメが手紙を持ってきた。
「ユリ、今良いにゃ?」
「ユメちゃん、何かあった?」
「これ、預かってきたにゃ。キャラメルを習いたいらしいにゃ」
ユメから渡された手紙は、ハイドランジアからの物で、王宮の何人かに、キャラメルの作り方を教えて欲しいと言う依頼書だった。
「これ、返事はハイドランジアさんにすれば良いのかしら?」
「王宮で作るのが無理そうなら、ローズマリーに場所を借りるって言っていたにゃ」
夏板は兎も角、大きめのナイフは、王宮では人数分は貸し出せないように感じる。かといって、切る人が少なすぎると、大変すぎる。それに、揃った器具の方がタイミングを含め、教えやすい。
「器具の都合上、パープル邸の方が良いわね」
「開催は問題ないのにゃ?」
「パープル邸のあの部屋に入る人数なら、問題ないと思うわ」
「カンパニュラも大丈夫にゃ?」
「煮詰める人が他にいて、紙に包む係なら問題ないわ」
「ユリ、ありがとにゃ」
ユメの話が終わると、ソウが相談を持ちかけてきた。
「ユリ、もし知っていたらで良いんだけど、瓶詰めの『なめ茸』って有るだろ? あれは、なんてキノコなの? 作れたりは、さすがに無理だよね」
「エノキでしょ? 食べたいなら作るけど?」
「え、あれ、作れるの!?」
「割りと簡単よ?」
ソウは、リツ・イトウから頼まれたらしく、指定したブランドが手に入らなかったら材料で良いと言われたようで、悩むよりユリに聞いた方が早いと判断したのだ。
「エノキを買ってくれば良いの?」
「後は手持ちの調味料だけで作れるわ」
「ちょっと、買ってくる!」
材料でも良いと言われたということは、リツ・イトウも作れるのだろう。
休憩に行かず、焼いたクッキーを冷ましていたリラが、ニコニコしながら近づいてきた。
「ユリ様、何を作るんですか?」
「ご飯にかけて食べるおかずね。ツルッとしているから、食欲がない時にも食べやすいのよ」
「私にも教えてください!」
「教えるのは構わないんだけど、たぶんこちらでは材料が手に入らないと思うわ」
「高価なのですか?」
「価格は安いけど、人工的に育てたキノコなのよ。まあ、食べてみて気に入ったら、ソウに仕入れを頼んだら良いわ」
「はい。ありがとうございます」
リラも休憩に入ったので、ユリも部屋に戻り、仮眠することにした。
営業をしていないので、外おやつの用意も必要なく、ユリはしっかり休んでから戻ってきた。
「ユリ様、領主様がお見えです」
「ありがとう」
どうやら待たせていたらしい。訪問に気づいたイリスがユリに連絡しようとしたら、休み時間があけるまで待つから、連絡はしなくて良いと言われたそうだ。
お店のテーブルには、冷茶を出されたパープル侯爵とローズマリーが待っていた。
「お待たせしました。何かありましたか?」
「ハナノ様、キャラメルとは、こちらのお菓子ですか?」
「まあ、そうですね」
「ユリ様、教えていただくことは、可能でしょうか?」
「あれ? ローズマリーさんは、ハイドランジアさんから聞いたのではないんですか?」
どうやら、商人から話を仕入れたらしい。レギュムが、話のネタに提供したと言っていたので、その繋がりだろうと思われる。
「ユリ様、王妃殿下からとは、どういうことでございましょうか?」
「ユメちゃんとキボウ君が、城でキャラメルを配ったので、教室の依頼の打診があって、場所を城が無理なら、ローズマリーさんに頼むようなことを書いた手紙を、今日、ユメちゃんが預かってきたんです。返事はまだなんですけどね」
ユリは自分の分から、パープル侯爵とローズマリーに、キャラメル全種類を提供した。
「お味見どうぞ。包み紙が違うと味も違います。えーと種類は、」
「ユリ様、どうぞ」
「リラちゃん、ありがとう」
リラが、種類を書いた紙を待ってきてくれた。包み紙の模様の絵と、中身の味が書いてある。リラの私物らしい。
「こちらに中身がわかるように書いてあります」
パープル侯爵とローズマリーは、説明の紙を見ながら、イチゴ味を選んでいた。イチゴキャラメルは一番人気らしい。
「んん!これはなんとも旨いですな!」
「優しいお味がいたします」
早速食べてみた二人は、ニコニコと満足そうだった。
「ユリ様、王妃殿下御希望のアルストロメリア会は、いつ開催の予定でございますか?」
「それは、ローズマリーさんの都合で決めていただいて良いわ」
「かしこまりました。こちらから王妃殿下にご連絡させていただきます」
「お願いしますね」
ローズマリーの用件が終わると、パープル侯爵は立ち上がり、頭を下げてから話を始めた。
「ハナノ様、魔動力機器コニファーへ、我が家へ先にとおすすめをしてくださり、ありがとうございます」
「喜んでくれて良かったわ。何台くらい購入されたの?」
「500台注文させていただきました」
「え、500台!?」
「これでも、必要最低限に押さえました」
良く考えると、部屋が広いから1部屋に5~6台くらい置くようなので、500台有っても単純計算で、100部屋分しかないのかもしれない。ユリの予想をはるかに越える注文台数に、ユリは魔動力機器コニファーが少し気の毒になった。
ユリが見たことがある部屋は割りと広い部屋なので、5~6台とユリは考えたが、ユリが従業員の募集をしたときに、屋敷のメイドがこぞって応募しようとしたことを教訓に、外で働く使用人は仕方ないとしても、室内で働く使用人の作業場や、寝起きする各部屋にも導入しようと考えたパープル侯爵の判断なのだった。
ユリが聞いた、魔動力機器コニファーの説明にはなかったが、魔力充填の最小単位は100pであり、フルパワー運転でも30分ほど使用できる。少し温度を落とす程度の使い方なら5~6時間もつので、充分メイドたちにも使えるのだ。
「お城におすすめ出来る状況じゃなさそうですね」
「在庫分をいくつか先に納品してもらったので、城には献上済みです」
「シンプルなままでは使わないでしょうから、自分達で注文しますよね」
やはり、売れ過ぎる心配は正しかったらしい。
キャラメル教室の件と、氷風機・冬風の件の話が終わると、パープル侯爵夫妻は帰っていった。
パープル侯爵が、必要最低限の数で500と言ったが、他の貴族家からもあり得ない数の注文が来て、魔動力機器コニファーだけでは100年かかっても納品できそうになく、どうにもならなくなり、広く作り方を公開し、各領地の魔動力機器の店で作ることになるのだった。
機械の共通する名前は「氷風機」で、魔動力機器コニファーの製品だけが「冬風」と呼ばれている。
ちなみにユリは、氷風機・冬風をシンプルな外装のまま引き取ったが、布製のカバーをかけ、涼しげな模様にして使うのだった。




