水着
「鮎もBBQも食べたし、気温も上がってるし、少し水に入ってみるか?」
「水着持ってきてないわよ?」
「向こうの水着は、露出過多でこちらでは騒動になるからな。こっちのを用意してあるぞ」
「水着があるの!?」
「王国軍の女性騎士用だ」
ソウが出してきたのは、胸パットが入ったタンクトップとTシャツぽい服とトランクスタイプの水着だった。なお男性用は、女性用のタンクトップがない状態らしい。
「あら、予想より現代的ね」
「俺が意見したからな」
だから胸パットが入ってるのか。と、ユリは納得したが、リラはドン引きだった。
「これ、ホシミ様のご意見だったんですね」
「リラ、何か知ってるのか?」
「お城にいた頃に、洗濯係のメイドさんたちが、新しい下着がどうやって洗って良いかわからないって、相談されたことがあったんです。てっきり、ユリ様のご意見で作られたものかと思っていました」
「私、何か意見出したこと無いわよ?」
「いや、これの原型は、ユリに相談したんだけどな」
「え?」
「着衣水泳で一番困るのは何かって」
「あー! 昔、聞かれたわね。水を吸った服の重さと、下着などが透けるのが嫌だって答えた覚えがあるわ」
「だから、胸が透けないようにパットだけは持ち込んだ」
「タンクトップを提案して、Tシャツ風に落ち着いたってところなのね」
ソウの隠れた努力は、一般人には理解出来ないようだ。製品化されたのは、ユリたちがいなかった時期らしい。
「リラちゃん、下にこれを着て、上から普通の服を着たら良いわ。私が元居た国の水着は、もっと布面積が少ないのよ。これなら、夏の服と変わらないわ」
「そうなのですか!?」
「着衣水泳と言って、服をたくさん着ていると、上手く泳げないのよ」
「え!ユリ様、泳げるのですか?」
「まあ、得意なわけじゃないけど、1キロくらいなら泳げるわよ。ただ、川で泳いだことはないけどね」
そこに、ユメとキボウが来た。
「着替えたにゃー」
「きがえた、きがえたー!」
「少し緩めにゃ」
「Sサイズでも緩いか」
「ウエストの紐で調節したから大丈夫にゃ」
確かに、少しダボっとした感じだ。
「私も着替えてくるわ」
「あ、なら、私も」
ユリは、MサイズとLサイズを選び、リラと一緒にテントに着替えに行った。
「リラちゃん、万が一、水の深いところに落ちたら、上に着た服を急いで脱ぐのよ? そしてなにもせず上を向いて浮いていてね」
「わ、わかりました」
リラは、ユリの最初の提案通り、水着の上に、元々着ていた服を着直した。
ユリとリラが着替えている間にソウも着替えたらしく、同じ見た目の格好をしている。
「少し離れているけど、湖に移動するよ」
ソウが全員を連れ、転移した。
そこにあったのは、底まで見えそうな澄んだ湖だ。
「うわー! 綺麗ねー!」
「これ、どのくらいの深さがあるんですか?」
「正式に測量したことがないからな。透明度なら俺が計ったことがあるぞ。確か50mくらいはあったぞ」
「世界記録でも40mくらいじゃなかった?」
「そうだな。だから、底に潜ろうとか考えるなよ?」
「はーい」「わかったにゃ」「はい」「わかったー」
ソウは、用意していたらしいゴムボートや、浮き輪等を出し、好きに使って良いと言っていた。
リラとキボウがゴムボートに乗り、ユリとユメは麦わら帽子を被り、浮き輪を使いゴムボートの回りを泳いだ。ソウは、なにも使わずに泳いでいる。
「Tシャツ風でも、結構邪魔だな」
「そうね。見た目に問題がないなら、1枚脱ぎたいわね」
「もう少し袖を細くするか?」
「Tシャツ風の、裾をもう少し短くすると、水の抵抗が減ると思うわ」
「袖より裾か」
「袖はむしろ、可動域を広げるために、フレアーにしたら良いと思うわ。短くするなら、タンクトップと変わらないからね」
「成る程な」
「王国軍以外にも売り出すつもりなら、また別に考えるけどね」
ソウが納得すると、ユメが話しかけてきた。
「ユリ、水流の魔法を使って泳がないのにゃ?」
「あー、試してみましょうか。イウスウリョニマン」
極弱水流を起こした。ユリの回りだけ小波がたつ。
「あ、これ、楽だわ」
「私もやってみるにゃー。イウスウリョニマンにゃ」
ユメの回りにも小波が起こる。ユリより少し強めのようだ。
「なんだか流されるにゃ」
「ユメちゃん、もう少し弱くしたら、浮きやすくなるわよ」
「俺もやってみよう。イウスウリョニマン」
ソウの回りに、波が起こる。
「うわー、流される!」
「ソウ、強すぎるのよー」
少しすると、ユメもソウも調整できたらしく、楽しそうに浮いていた。
「私も試したいです!!」
そう言ってリラは服を脱ぎ、水着だけになり、湖に飛び込んだ。すぐに浮いてきて、呪文を唱えていた。
「イウスウリョニマン!」
少しずつ調整し、納得する強さになったらしい。呪文自体は、ベーコンの燻製をしたときに教えている。
「うわー!凄い!沈まない!」
「あら、リラちゃん、泳いだことがあったの?」
沈まないと言えるということは、沈むことを知っているということだ。
「子供の頃に、川も湖も入ったことがありましたが、溺れた友達を見て怖くなって、それきり今日まで入りませんでした」
そう言われてみれば、家のそばに川はあるし、30分とかからないところに湖畔の花が綺麗な小さな湖もある。この国に来たばかりの頃に、花を見ながらお弁当を食べに遊びに行った場所だ。あの頃ユメは、まだ小さかった。
「魔法を使うと沈まないから、水着が重くても気にならないわね。なんなら、甲冑を着て泳げそうよ?」
「古式泳法に対抗するのか? 昔はそうやって使っていたのかもな」
「あ、だから、弱水流が、攻撃魔法に分類されるのね」
「え?」「え!?」「にゃ!?」「なーにー?」
「これは、波を起こす軽い攻撃魔法なのよ。先日の聖なる炎も、分類としては、攻撃魔法よ。広める気はないけど、平和に使う分には、使っても良いと思うのよね」
「確かに。どんなものも使い方だよな」
少ししんみりと納得していると、何かが飛び込んだ。
バッチャーン!
なんと、キボウが湖に飛び込んだのだ。
「キボウ君、大丈夫?」「キボウ、大丈夫にゃ!?」
飛び込むところを見ていたユリとユメが慌てた。
「キボウ、大丈夫か?」「キボウ君、大丈夫ですか?」
「だいじょぶー」
ソウとリラが声をかけると、キボウが元気に返事をしていた。
キボウは魔法を唱えること無く、プカプカ浮いていた。それを見た全員が、「あ、木だから!」と納得した。
「リラ、ボートに、水中眼鏡があっただろ?」
「えーと、これですか?」
ゴムボートに一番近かったリラが、荷物を取り出す。
「それを頭に被って、目の前にセットして、水に潜ると、水中が良く見えるぞ」
「そうなんですか?」
「ソウ、いくつあるの?」
「一応、大人サイズ4つ、子供サイズ2つ用意してきたぞ」
ソウとしては、ユメとキボウの頭のサイズがわからなかったのだ。ユメの猫耳や、キボウのブロッコリーみたいな頭のサイズは、確かに計りにくそうである。
結局、キボウは要らないと言い、他全員が大人用サイズを着用した。
「うわー! 水の中が綺麗に見える!」
「下の方まで良く見えるにゃ!」
「良いか、良く聞け。人がそのまま潜れる水の深さは、訓練しても20~30mだ。初心者なら、せいぜい12m。今水底に見える草や落とし物は、30m以上も下にある。間違っても、潜って取ってこようと考えるなよ?」
「はーい」「はい」「わかったにゃ」「わかったー」
水が綺麗で底まで見えるため、つい取りに行きたくなる。だが大変危険なため、ソウは強い口調で注意を促した。
「もし、何か大事な物を落としたらどうするんですか?」
「その場合、鎖の付いた鉄籠を落として拾うしかないだろうな」
「アサリ漁的な?」
「そのものだな。まあ、俺は全面結界張って水底を歩くが」
脳裏に、モーセの十戒を映画で見たときのような、海が割れる姿を思い浮かべた。
「えー!それやってみたい!」
「試すなら、だんだん深くなるように、陸から始めてくれ」




