揚麺
リラに作業の流れを説明し、厨房で赤紫蘇を洗っていると、休みのお店に訪ねてくる人がいた。
「私が見てきまーす」
リラが外を見に行くと、パープル侯爵家の執事が、手紙を持ってきたようで、リラに渡すとそのまま帰ったらしい。手紙はいつも薄い色の付いた封筒に入っていることが多いのに、珍しく白い封筒に入っていた。
「ユリ様にお渡しするようにと言われました」
封を開けてみると、なんと、サンフラワー・パールホワイト伯爵夫人からの、代理質問状だった。
一体なんだろうと読み進めると、どうやら、渓谷で採取した赤紫蘇の件で、その領地の侯爵が、ユリと直接関わりがあるサンフラワーに頼んだらしく、要約すれば、赤紫蘇と言うあの草は、一体何に使うのか、食べられるなら、どう調理すれば良いのか等を知りたいらしい。
「んー。リラちゃん、伯爵家に行って紫蘇ジュース実践する気有る?」
「伯爵家ですか?」
「あなたも会った事がある、サンフラワーさんよ」
「領主様が侯爵様なので、伯爵様のところに行くのはまあ良いのですが、伯爵家の厨房にユリ様が行っても問題ないんですか?」
「紫蘇はここで全部洗っていって、夏板持参すれば良いじゃない?」
「それなら、お付き合いします。いつ行きますか?」
「私は場所分かんないから、ソウが帰ってきてからね」
「なら、ご飯食べて着替えてきます」
「ご飯はここで食べたら良いわ」
「なら、ホシミ様が戻られてから着替えに行きます。ご飯何作りますか?」
「食べたことがない衝撃的なものが良いのよね?」
「はい!」
◇ーーーーー◇
素麺
豚バラ薄切り
にんじん
キャベツ
木耳
もやし
絹さや
コーン
蒲鉾
◇ーーーーー◇
「主な材料よ。まずは、素麺を茹でて冷水で締めたあと、ユルユルな感じのいくつかの塊にして、水気をしっかり切ります」
トレーに無造作な感じに並べているので、量が分かりにくい。
「何人前ですか?」
「鞄に入れておくから、取り敢えず10人前ね」
ユリとリラで手分けして、5人前ずつ作っていく。
「野菜あんかけを作るつもりで、程々に薄切りです」
キャベツは芯をそぎ切りにし、戻してある木耳は、大きいものだけ切った。絹さやは斜めに半分程度に切り、にんじんは半月型の薄切り、豚バラも一口サイズに切り、蒲鉾は銀杏切りにして準備完了。
「油を用意して、先程の素麺を揚げます」
「え!?」
加熱調理の後に更に加熱するとは思わなかったらしく、リラがかなり驚いていた。
「ユリ、何作ってるのにゃ?」
「あ、ユメちゃん。皿うどんよ」
ユメは「うどん?」と呟きながら見渡していた。まあ、視界にうどんは無い。そして揚げ物をしているユリの手元を見て聞いてきた。
「それなんにゃ?」
「出来上がりをお楽しみにね」
「わかったにゃ」
キボウは、ユメに詳細を聞いていたようだが、分からないと言われたのか、キボウが驚いている声が聞こえた。
「うどん? ユリ様、これ素麺なのでは?」
「そういう料理名なのよ」
茹でた素麺を全て揚げ終わり、油をしっかり切るために、網からキッチンペーパーに移した。
「ユメちゃんとキボウ君、もしお手伝いしてくれるなら、お皿5枚、紙皿5枚を用意して、この揚げた麺を均等に分けてもらえる?」
「わかったにゃ」
「わかったー」
麺を任せ、あんかけ作りに入った。
「豚バラ、ニンジン、キャベツは、しっかり炒めて、上から順に加えていって、多めのあんかけを作ります。チキンスープか、中華だしを調味したあと、片栗粉でとろみを付けて、あんかけの出来上がり」
「美味しそうな匂い!」
「これを、さっきの揚げた麺にかけます」
「お、おー!」
「なんか凄いにゃ」
「すごい、すごーい」
そこへ、ちょうどソウが帰ってきた。
「ただいまー。お、皿うどんか!」
「ソウ、お帰りなさい」
「出来立てで熱いから気をつけて食べてね」
ユリとソウが、少し麺を崩すようにしてから食べているのを見て、3人は真似をして食べた。
「うわー!麺がパリパリして面白い!」
「熱いけど、美味しいにゃ」
「ユリー、ちゃちゃんむし!」
何かと思ったら、蒲鉾の事らしい。
「キボウ君良く覚えていたわね。茶碗蒸しにも入っていたわね。それは蒲鉾よ」
「ユリ、麺どうしたの?」
「作ったわよ?」
「え?」
「なんか、揚げていたにゃ」
「はーい、一緒に作りましたー」
「素麺を茹でてから油で揚げると、細麺の揚げ麺が出来るのよ。沢煮をかけると、和風になるわ」
「揚げ麺は買ってくるものかと思っていたよ」
ソウは、あんかけ海鮮かた焼きそばを作ってくれたことがある。本当は、皿うどんを出したかったらしい。
「ソウ、パールホワイト伯爵家の場所分かる?」
「分かるけど、何かあった?」
「赤紫蘇について、質問状が来たわ」
ユリは、サンフラワーから来た手紙をソウに見せた。
「あー、ホワイト侯爵から頼まれたのか。それでどうするの? パールホワイト伯爵家に行くの?」
「リラちゃんと行って、ちゃちゃっと教えて帰ってこようかと考えているわ」
「それでここで食べてるのか」
ソウは色々理解したらしく、笑っていた。
「パールホワイト伯爵家に直接行って、驚かれないなら、この後行くか」
「驚きはするかもしれないけど、怯えないでくれるとは思うわ」
「アルストロメリア会の初期メンバーか」
「サンフラワーさんも、断れない頼まれ事だろうから、さっさと解決した方が良いと思うのよね」
「まあ、そうだな」
洗い終わっていなかった赤紫蘇も全て洗い、そして5人でパールホワイト伯爵家に転移した。
門番はソウの事を知っていたらしく、ソウの顔を見た瞬間、慌てて知らせに走っていった。
すぐに執事と、パールホワイト伯爵が駆けつけてきた。
門を通され、上質な部屋に案内され、サンフラワーがやってきた。
呼びつけるかたちになってしまったことを、ものすごく謝られ、ユリが、私と貴女の仲じゃない。と、軽く言ったことで、丸く治め、リラに指示を出し、夏板を並べた。
「赤紫蘇は、茎からはずし、きれいに洗います。水を3回くらいは変えないと、汚れが落ちきれません。今日は洗って持参しています」
洗ってある赤紫蘇を見せた。
「ざるに1杯くらいを、沸騰した湯に入れ、良く茹でます」
だんだん湯が赤黒くなっていく。
「しっかり色が出たら、葉っぱを取り除きます。ざるで濾しても良いですし、網ですくっても良いです」
赤黒い湯だけになった。
「ここに、グラニュー糖と、クエン酸もしくは、酢を加えます」
クエン酸を加えると、さっと鮮やかな赤色に変わる。
「これを良く冷やして、氷水や、炭酸水で割って飲みます」
ユリは、氷を取りだし、少量を冷やし、その場に居る皆に、振る舞った。
「他にも使用法はありますが、これが一番簡単で有効な使用法だと思います」
「ユリ様、本当にありがとうございます」
「用件はこれだけなので、帰りますねー」
「え」
「ではまたー」
ユリは、リラとユメの手を取り、さっさと転移し帰ってきた。
唖然とする面々に、残ったソウが、ユリはサンフラワーが困っているから来たのであって、それ以外の理由はないと説明してから帰ってきた。




