送迎
帰りのお茶菓子は、馬車に乗ったまま食べられるように、パウンドケーキと、保冷水筒に入れたお茶にした。
シーミオに貸し出した保冷水筒は300ml程度の小型の物だが、馬車の中なので、少し大型の保冷水筒と、御者席用に大人用サイズの保冷水筒を渡しておいた。安全のために、プラスチック製のカップを渡したとき、受け取った人が全員驚いていた。保冷水筒より驚かれたことに、ユリの方が驚いた。保冷水筒は、冬箱の変形だと思われていたらしい。魔力や動力は必要なく、金属の間に有る空気の層が温度を遮っていると説明すると、より一層驚いていた。
「ユメ、楽しかったか?」
「楽しかったにゃ! キボウに大きな松ぼっくりも取って貰ったにゃ」
ユメはそう言いながら、リュックサックから松ぼっくりを取り出し、見せてくれた。
「あら、大王松かしら?」
「だいおうしょうにゃ?」
「大王松とも呼ぶわね」
そう言ってキボウを見ると、笑い返してきた。
「あたりー!」
「キボウ君が肯定したから、大王松ね」
ニコニコしながら松ぼっくりを鞄にしまうユメに、ソウが声をかける。
「ユメ、それどうするんだ?」
「飾っておくにゃ」
「そうか」
ユリとソウは、昔を思い出したのか笑っていた。
「そうだユメ、大王松の松葉を見たことはあるか?」
「無いと思うにゃ」
「松ぼっくりが大きいことから分かるかもしれないが、松葉もユメが想像する松葉より長いんだぞ。大体30~40cmくらい有る上に、松葉は3本組なんだぞ」
「そうなのにゃ!?」
一般的な松葉は、2本組が多い。
「お正月とかの縁起物の飾りに、大王松の松葉を使って有ったりするわね」
「縁起が良いのにゃ?」
「そうらしいわ」
「大事に飾ることにするにゃ。キボウ、改めて、ありがとうにゃ」
「よかったねー」
そんな話をしていると、転移陣に着いたらしく、馬車が止まった。クララが外から声をかけてきた。
「ユリ様、ホシミ様、キボウ様、お願いいたします」
馬車を降りると、リラがクララと話し合っていた。メリッサはニコニコして横で見ている。
「でも、クララさんの方が上手いし」
「大丈夫ですよ。リラさん充分上手ですよ」
「どうしたの?」
「あ、ユリ様、御者の交代をしても良いですか?」
「交代? 誰が操縦するの? 他に操縦できる人がいるの?」
ユリとしては、操縦したい人が多くて新たに名乗り出た人がいたのかと考えたのだ。
「他に? あ、そうじゃなくて、私とマリーゴールドで、ホシミ様の馬車の操縦をしてもよろしいでしょうか?」
「私は構わないわよ? ソウに確認してみる?」
「はい。お願いします」
少し離れて立っていたソウが、ユリが振り返ったのでそばに来た。
「どうした?」
「リラちゃんが操縦しても問題ないわよね?」
「構わないぞ。リラ、俺より上手そうだし」
「ありがとうございます!」
クララは、マリーゴールドのために、馬車の交代をしようと言い出してくれたらしい。
話し込んでいるうちに、レギュムとマーレイが馬車を舞台に乗せ、キボウが転移させていた。ユメが許可したらしい。
慌ててユリが残っているメンバー全員を舞台に上げて転移させ、合流した。
「キボウ君、馬車全部転移させてくれたのね。ありがとう」
「よかったねー」
宣言通り御者がリラに代わったが、特に問題もなく、1時間の道のりも安全に家まで帰ってこられた。
「リラ、何も問題なかったぞ」
「ホシミ様、ありがとうございます」
「馬車が違うと、本当に揺れないのでございますね」
「まあ、この馬車は特別製だからな」
この国から見たら、未来の技術なので、致し方ない。
「では、お土産に持ち帰りたい料理やおやつを取りに来てください」
シィスルとグランとマリーゴールド以外に、お昼に食べなかったお弁当と、ポテロンを5個ずつ渡した。
その間に、シィスルとグランとマリーゴールドは、出掛ける服装に着替えてきた。
シィスルとグランには、ソウとユメとキボウが荷物を持って送迎し、マリーゴールドには、ユリが送迎した。
ユリは、わざと普段着のまま来たのだ。マリーゴールドも、豪華な普段着程度の服装で、ソウに教えて貰ったハニーイエロー男爵家に転移してきた。庶民から見れば、お金持ちの邸宅だが、貴族として見ると、大分こじんまりとした家かもしれない。
庭に到着すると、メイドらしき女性が慌てて室内に人を呼びに行ったのが見えた。すぐに、マリーゴールドの母親らしき女性と、マリーゴールドより少し年上に見えるよく似た女性2人と一緒に迎えに来た。
「マリーゴールド!息災でしたか?こんなに大きくなって」
「御姉様!」
そのあと、ユリも顔を見たことがあるマリーゴールドの兄2人が慌てて出てきた。
「ハナノ様」
片ひざをついた正式な礼をし、頭を垂れた。それを見て女性陣は、慌ててユリに対し、スカートの脇を軽く持ち上げ、片足を引き、頭を垂れた。
「普段着で送迎しただけなので、その辺で直ってください」
すぐに立ち上がってくれた。
「明日は、もう少しまともな格好をしてきますが、送迎係なので、ほどほどでお願いします」
室内に案内され、リラから頼まれたマリーゴールドのお土産分を渡した。料理3種類を10人前ずつ、ポテロン30個。
「そのポテロンというカボチャのお菓子は、マリーゴールドちゃんも一緒に作ったんですよ」
声に出さずに、マリーゴールドの姉たちが驚いているのが見て取れた。久しぶりにマリーゴールドが帰郷するということで、割りと近隣に嫁いでいる姉たちも、顔を見に戻ってきているらしい。
「あ、あの、ユリ・ハナノ様」
「はい」
「マリーゴールドのこと、本当にありがとうございます」
「私は特になにもしていないですよ。何か良いことがあったならば、全てマリーゴールドちゃんの日頃の行いの賜物です。勤勉で努力家で、内面から輝いていますからね」
マリーゴールドの母親から感謝された。結婚は絶望的と諦めていたところに、伯爵家からの好条件での求婚で、親として肩の荷が下りたということらしかった。
「では、明日の11時にまた来ます」
「ハナノ様、どうもありがとうございます」
「ユリ・ハナノ様、どうもありがとうございます」
「女性からは、ユリで良いですよ。では」
ユリは転移して家に戻ってきた。




