転移
転移の日、ソウは来なかった。
集合場所の駅前から大型バスでつれてこられたのは、何も建物がない むき出しの土地に、低くて丸い舞台のようなものがある場所だった。
手前に関係者用らしきテントが2つある。
もしかしてソウが居るかな?とキョロキョロしてみたけど見当たらない。
何度探してもソウが居ない。
そんなに多くない人数、一度探せば居ないことがわかる。それでも人が動くたび目で追ってしまう。
あとから来るのかな?それとも来ないのかな?
少し感傷的になった。別れの挨拶すらしていないことに気がつき、涙が溢れた。
周りの人も泣いている人は多く、いくら未練がなくとも、二度と戻って来られないだろう旅路に感極まってしまうのは仕方がない。
転移最後の組であるアルストロメリア組は募集人数が少なく、今まで住んでいた所からすれば未開の地に近い。
事前調査の結果も不明な点が多く、希望者も決行できる必要最低限の人数だった。
「本当に知らない所に行くんだ」
今さら気がついたように呟いた。
一緒に行かないなら、ちゃんとお別れを言いたかったと後悔していた。
周りがざわつきはじめ、いよいよ出発が迫ってきたことを知った。
シャンシャンシャンと鈴のような音が鳴り響き、ヒラヒラとした白装束の術者が6人、大きな円形の台の回りに赴き術を施す。
なにか呪文を唱えたあと、向かいの相手二人に手を伸ばすように広げると宙に六芒星の形が現れ、台に魔法陣が浮かび上がる。うめくように術者が片膝をついた。
魔法陣の上に黒い門の形をした次元の扉が現れ、方々から歓声があがる。
門の中は、うごめくような光で向こう側が見えない。
事前に頼んだ荷物は既に向こうに有るらしく、みんなトランクを1つか2つ持っているだけだ。
前の人に続いて魔法陣の上にあがり、光のうごめく扉をくぐった。
一瞬クラっとしたが、景色が緑一色の草原であることに気がつき、転移したことを実感した。
花の香りのそよ風が吹き抜ける。
「ユリ!」
呼びかけたのはソウだった。
「ソウが居る!」
再びソウに会えたことに心から感謝した。
「良かった。ソウ、一緒にいてくれるんだ」
小さな声で呟き、微笑んだ。
ソウが近づいて来る。
手には花束をもって、良く見れば、まるで舞台衣裳のような見たことがない服を着ていた。
「ユリ?泣いているの?何処か痛いの?」
「小さい子じゃないんだから」
ごまかすように笑って、ソウを見た。
「はい、これ」
赤いアルストロメリアの花束を渡したソウは少し引くと、一呼吸おいて話し出した。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました。私は代表のソウ・ホシミと申します。わからないことや困ったこと等ありましたらご相談ください」
堂々としたソウは同じような服を着た現地の人らしきメンバーと、にこやかにみんなを見ていた。
「ソウは代表だったのね。偉い人なのかしら?」
なにも聞いていなかったことにちょっとだけ寂しさを感じ、落ち込んだ。
こちらでは身分違いで一緒にいられないとかあったら嫌だな。
質問する人達の疑問やソウの受け答えを、ユリは落ち込んで全く聞いていなかった。
色々と質問をする人が一通り落ち着いて、ソウがこちらに歩いてきた。
「ユリ、行くよ」
「え?どこへ?」
回りを見ておらず、すでに解散している事に気がついていなかった。
「ユリの住む家だよ」
「うん・・・?」
ソウはどこからか馬車を用意してきて、荷物をのせると手を差し出し、馬車に乗せてくれた。
回りを見れば、皆それぞれの馬車に乗り込んでいた。
見渡す限りの草原なのだから、移動は当たり前である。
馬車に乗り込み、ソウと二人になったことで落ち着き、話し出した。
「ソウ、私なにも聞いてないよ?」
「ごめん。俺の転移は極秘だったんだ」
極秘?って誰に?私は聞いてたよ?
「そうなの?私と一緒に行くって言ってなかった?」
「あれはつい・・・」
極秘だから一緒には来なかったの?
これからは私と一緒にいてくれるの?
考えてもわからない。
「誰に内緒だったの?」
「俺の一族、って言ってもユリが会ったこと無い人たちだよ」
一族?
会ったことの無い一族って誰かしら?
全く思い当たらなかった。
「おじさまやおばさまは一族じゃないの?」
「俺、養子だったし」
「えー!」
初めて知る事実に唖然とした。
ソウが養子だったと、全く知らなかった。
おじさまやおばさまはいつも優しかったし、いつも仲の良いご家族が羨ましかったくらいだったのに。
聞いてしまったことを後悔した。
「知らなかった。なんか、ごめんね 」
「ユリが気に病むことじゃない」
馬車が進む音だけがする。
あまりの静寂にいたたまれなくなり質問をする。
「住むところは決まっているの?」
ユリは、ソウの事を聞いたつもりだったが、ソウはユリの住むところの心配と受け取った。
「決まっているというか、事前の希望に沿って決めてあるよ」
少し噛み合っていない気もしたが、一緒に住む訳じゃない。と漠然と感じた。
たとえ一緒に住めなくてもいつも一緒にいられれば良いな。
それが無理でもいつでも会えると良いな。
淡い期待を抱いた。
何となく無言のままでいると馬車が止まり、御者の男性が戸を開けた。
乗り込むときは気にしなかったけど、この人が御者をしてくれた人なのね。
「どうもありがとうございます」
お礼を言うと御者の男性は驚いたような顔をしたあと、頭を下げて逃げるように避けてしまった。
な、なんで?
疑問を察したソウが教えた。
「ここでの俺たちは神にも均しい存在なんだよ」
「???」
意味がわからず頭の中はクエスチョンマークが乱舞する。
「文明度マイナス200とはそういうことだ」
「そ、そ、そうなんだ、言葉は通じるんだよね?」
一番心配だったことを聞いてみる。
すると意外な答えが返ってきた。
「門を通ってきたでしょ?あの時言語が変換されたからね。普通に話せるはずだよ」
「えー!あの門にそんな機能が!?」
あの、クラっとしたのはそういうなにかだったのかも?
一人納得し、もう一度御者の男性を見た。
頭を下げたままの男性に近づき声をかけた。
「はじめまして、私はユリ・ハナノと申します。ここまで馬車を操縦してくれてありがとうございます。できればお話しさせてください」
「え?・・・わたくしめが話しても良ろしいのですか?」
「はい、おねがいします」
にっこり笑い男性を見た。
「恐れ多くも、話させていただきます。この度は私めを雇ってくださり、感謝の念に堪えません。どうか、何でもお言いつけ下さい」
少し怯えたように話していた。
お友だちは無理だとしても、もう少し普通に話せると良いなぁ。
少し残念に思いながらも立場を察した。
「あの、私は食事ができるお店をするつもりなんです。もし良かったらで良いので、気が向いたらでかまいません。気紛れにでも、偶然でも良いのです。たまたまでも良いので食べに来てくれるとありがたいと思います」
強制にならないように気をつかったら変な言い回しになった。
横でソウが笑い転げている。
男性はキョトンとしたあと笑顔になって、
「是非!必ず伺います!」
力強く約束してくれた。
帰り際、何度も振り返りながら何度も頭を下げる男性と笑顔で別れ、ようやっと家を見た。
家は二階建てに見える大きめな一軒家で、回りを見ても他の家は見あたらない。
ここで定食屋をやって、食べに来る人は居るのだろうか?途方にくれた。
ぐるっと家の南側、日の当たる方に回ると川と畑があり、色々なものが一塊ずつ沢山植わっている。
紫蘇、葱、生姜、茗荷、唐辛子、なんか薬味ばかりだ。
ソウに、「これは使って良いの?」と聞けば、「俺が植えといた!」と威張っていた。
確かに、野菜苗や種は思い付かなかった。
自分で気がつけばハーブなんかも持って来たかったなと思った。
どうやら、見渡す範囲すべてソウの管轄下らしく、どこでも好きに使って良いと言われた。
手元に種も苗もないけど、これから手に入るのかしら?
家の東側に有る立派な道は、公道的なものだよね?
何だか答えが怖くて確認できなかった。