祝儀
7月31日Sの日。
今日は、シィスルとグランの結婚式だ。ベルフルールにシィスルの親族が来て、双方の親族が集まり、お店で食事会がひらかれる。平民の結婚は、領主代行やその地域の管理者に報告し、戸籍的な物に名を連ねると家族と見なされる。子供の戸籍は、5~10歳頃までに登録すれば良い。
なぜSの日に式をするのかと言えば、移動に片道3日かかるので、シィスルの親は、商売を1週間休むことになる。Fの日やGの日は休む人が多く、どこも混雑するため、出発や到着をFの日やGの日にならないようにすると、式はSの日一択になるのだ。
ユリの参加について色々話し合ったが、「親族が怯えて結婚式どころじゃなくなるぞ?」と言うソウの意見で、送って行った時の怯えようを思い出し、参加を断念した。お祝いだけ贈ってある。
「参加してお祝いしたかったわ」
「うちで、別途祝えば良いだろ?」
「それは良いわね! そうしましょう」
とたんに機嫌を直し、ユリはお祝いの料理を作り始めるのだった。
「ユリー、コーン!」
「ユリーコーン?」
キボウが何か伝えに来たが、ユリに伝わらなかった。一緒についてきたユメが、説明してくれるらしい。
「ユリ、キボウが植えた玉蜀黍が、収穫時期みたいにゃ」
「あー、爆裂種の? 収穫したら、干すのよ。キボウ君の方が詳しいと思うけどね」
「ユリ、収穫を見なくて良いのにゃ?」
「今少し手が離せないのよ。ユメちゃん、キボウ君をお願いします」
「わかったにゃ」
ユリは、この店では出さないような、少し凝った料理を仕込んでいた。キングサーモンをフードプロセッサーでペーストにし、生クリームと混ぜ、鶏笹身とほうれん草で作ったペーストも使い、柔らかく茹でた飾り切りのニンジン等の野菜を埋め込み、蒸してテリーヌを作る。
昼ご飯の後くらいの時間に、誰か訪ねてきた。
「ユリ様、休憩室を貸して貰えませんか?」
リラが来て、突然変なことを言い出した。
「構わないけど、いつ誰が使うの?」
「今晩、私が泊まりたいと思います」
「???」
ユリは意味がわからず、質問自体、何を聞けば良いかわからない。
「あ、ベルフルールの方は、シィスルの親族が泊まって、両親の家は、お兄ちゃんの部屋に、おじいちゃんや、クララさんが泊まるので、いまいち私の寝る場所が。あはは」
「ご飯はどうするの?」
「食べてから来ます。寝る場所だけよろしくお願いします」
「なら、休憩室の長椅子を、内側に一度倒してから広げるようにすると、フラットになるからね、そこに布団を敷けば良いわ。後で客用布団を下ろしておくから、気になるなら枕だけ持ってくると良いわよ」
「ありがとうございます!」
リラは安堵して帰っていった。
3年かけて国中を回ったので、今さら枕が変わると眠れないなどとは言わないが、さすがに大きいので、親と一緒の布団に寝たりはしない。
「なんか、リラも大変そうだな」
「あまり人が気にしないようなことは、物凄く気にして気を遣うのよね」
「店譲ったら、リラは何処に住むんだ?」
「グラン君と、入れ替わるらしいわよ」
「住まいはあるんだな」
ソウも気になったらしい。リラの住まいは、親元へ戻ると言うことだ。
「部屋としては、リラちゃんは現在広い部屋に住んでいて、そこをグラン君とシィスルちゃんに譲って、今シィスルちゃんが使っている1人部屋にとりあえずは移るらしいわ」
「何でそんな面倒なことするの?」
「マリーゴールドちゃんが、居づらくならないようにだと思うわ」
「成る程な」
「後で布団下ろさなくちゃ」
「俺が下ろしておくよ。シーツは、カエンが来た時に出した場所から出して良いの?」
「それが、来客用のシーツよ」
「布団乾燥機をかけておくよ」
「ソウ、ありがとう」
ユリが布団を下ろすなら、階段を通って運ぶが、ソウが運ぶなら、自身の結界なので、布団ごと転移して運べば良い。
(ユリもゲートを使えば可能だが、家の中では、わざわざ使わない)
「リラが泊まりに来るのにゃ?」
「休憩室にね」
「私の部屋は駄目なのにゃ?」
「階段が通れないからね」
ユリの許可だけでは、階段より上には入れない。
「ユメがそうしたいなら、許可出しても良いけど、床に布団敷くのか?」
「カエンが来たとき、床に敷いてるにゃ」
「それは、ベッドが無い部屋だろ? ユメはベッドで、もうひとつは床でも良いのか?」
「にゃー。どうしたら良いにゃ」
実際にはマットレスも敷くので、温かさや布団の柔らかさなどには問題はない。
「それよりユメちゃん、リラちゃんが来る頃まで起きていられるの?」
「にゃー! リラ来るの遅いのにゃ?」
「宴会の後片付けを終えてから来ると思うわよ?」
現時点では店主はリラなので、責任をもって片付けてから来ると思われる。
「ユメ、他の日に泊まりに来て貰ったらどうだ?」
「良いのにゃ?」
「ユメがリラのところに泊めてもらったことがあるしな」
「そうなのにゃ?」
「世界樹の森に行く前の話だから、リラには5年以上前だけどな」
ソウは布団を下ろし、布団乾燥機をセットしてくれた。
夕飯のあと、ユリは厨房で明日の仕込みの準備をしていたが、ユメはそわそわとして、ユリを手伝いながらリラが来るのを待っていた。しかし、この日リラが来たのは、ユリの予想通り、ユメが寝る間際だった。
「リラ、今度は、私の部屋に泊まりに来てにゃ」
「良いのですか?」
「ユリとソウの許可はとったのにゃ。お休みなさいなのにゃ」
「ユメちゃん、お休みなさい」
ユメは眠い目を擦り、フラフラしながら階段を上がっていった。
「リラちゃん、喉が渇いたら、厨房のお茶を飲んで構わないからね」
「ありがとうございます。ユメちゃんのお誘いは、どうしたら良いですか?」
「リラちゃんが面倒でなければ、泊まりに来てくれる?」
「良いのですか?」
「そちらにユメちゃんを泊めたことがあるでしょ?」
「懐かしいですね」
「その分だと思えば良いのよ」
「ありがとうございます。ユメちゃんと日程を相談してみます」
翌日休みの日が良いだろうと、曜日としてはFの日に来ることになった。




