完熟
今日は、7月10日Sの日。転移組の一時帰郷日。
戻りは、Wの日で、今回の買い物は、家電を購入する予定らしく、全員参加だった。冴木奏が、魔力と電力の変換器を転移組に配ったので、自身の魔力値で賄える電力の小型家電を購入してくる予定らしい。
「ソウ、リラちゃんたちにも変換器を譲って貰えるのよね?」
「それな、リラに1台の予定だっただろ? 店を譲ったあと、どうするんだ?」
「あー、変換器ごとお店を譲るわよね」
「その場合、マリーゴールドにも与えないと、ユリ的に不公平にならないか?」
「うーん。どうしよう」
「とりあえずソウビさんに、電動ホイッパーとジューサーミキサーは頼んであるから、リラとよく相談してくれ」
「わかったわ」
ユリは大分悩んでからリラに相談した。そうしたら、リラはあっさりと「要りませんよ?」と答えたのだ。その理由を聞くと、マリーゴールドの嫁入り道具として持っていった場合、「マリーよりも爵位の高い相手から貸せだの譲れだの言われたときに断れないから、マリーが要らないって言ってました」と、マリーゴールドの意見すらすでに確認済みだった。
「世の中に出回るようになるなら、私もマリーも欲しいと思いますけど、とりあえずは要りません」
「了解。今回は、ベルフルールの分だけ用意するわ」
「ありがとうございます」
そんな話をしたことを思いだし、今回はハイドランジアに用意して貰った衣装を着て、参加するのだった。
「ハナノさん、今回の衣装も凄いですね」
「私のセンスじゃないわよ?」
「それは存じています」
「皆さんを転移させるには、それなりの見栄がいるのよ」
「そうですね。それなのに、ソウ君ときたら」
「イトウさん、ソウが何かありましたか?」
「ハナノさんは、最初の転移の時、」
「リツ!! 何言う気だ!」
「おっと、タイムオーバーのようですね」
伊藤律は、ソウに見つかり、笑いながら離れていった。
「イトウさん、何言うつもりだったのかしら?」
「あいつの言うことは聞かなくて良いから」
「うん?」
行きに荷物はほとんどないので、ユリとソウからパウンドケーキを買い取り、準備万端で転移陣の舞台に上がった。
「イタアシアヘク・イルバヰアッケキ・オデイナクヌュス」
ユリが呪文を唱え、全員を転移させた。
いつも通りソウビが待っていて、報酬のパウンドケーキを渡した後は引き継ぎをし、ユリは先に戻るのだった。
ハイドランジアに衣装を返し、店に戻ってくると、花梨花が、リラと一緒に待っていた。
「今、連絡をしようと思っていました!」
「花梨花さんがいると言うことは、完熟梅かしら?」
「はい。梅干しでも、梅醤でも、お作りいただけます」
「カリカリ梅は甘口で作ったから食べる人が多かったけど、梅干しは家内分だけ作って、お店のはジャムにする予定です」
「梅をジャムにするのですか!? でも、よく考えたら果実ですので、おかしくはないのですね」
花梨花的に、カルチャーショックだったらしい。
「もし作るなら、梅ジャムは、梅と同量の砂糖が必要です。青梅でも作れますが、黄色くなるまで熟した梅で作ると、きれいな色のジャムになりますよ」
「私も、過熟梅で作ってみようと思います」
作るらしい花梨花に、土鍋などを使った詳しい作り方を説明した。その間にリラが手伝い、梅を厨房に運んでいた。
花梨花が帰った後、リラにお礼を言うと、リラも購入したので、作り方を教えてほしいと頼まれた。
「何を作りたいの?」
「何でも知りたいです」
「今日教えて今日出来上がるのは、ジャムね。梅ジャムには、琺瑯鍋か、ガラス鍋か、ステンレス鍋が必要だわ」
「たぶんどれもありません」
「釉薬が塗ってある陶器の鍋はある?」
「陶器の鍋ですか?」
リラは思い付かないらしい。
「なら、琺瑯鍋を1つあげるわ。酸の強いものを作る時に使うと良いわよ。梅シロップに火を入れる場合にも、これを使ったら良いわ」
「ホーロー鍋って、どういうものですか?」
「金属製の鍋の表面に、硝子を薄くコーティングしてあるのよ」
「凄い技術ですね」
その後、よく調べたら、リラが知らないだけで、琺瑯鍋は普通に存在していた。絶対に落としたらいけない鍋として、リラは認識していたらしい。
ユリとリラは、梅のヘタを取りながら話していた。
「梅ジャムは、いくつも作り方があるけど、特殊な器具がなくても作れる方が良いわよね。30分~3時間ほど吸水させてから、私はこのまま茹でるけど、一度凍らせてからの方が、きれいに出来るわ。あ、でも、凍らせてみましょう。ちょっと教えられない呪文を使うから離れてくれる?」
「はい」
リラは、厨房の端まで離れてくれた。
「ウカヤキエル、イリコンネツオヨヒ」
先ほどまで普通の梅だったものが、白い霜がついた状態になった。ユリが使ったのは、冷却と、攻撃魔法に含まれる弱い方の氷魔法だ。
「もう良いですかー?」
「良いわよ」
走るようにリラが急いで戻ってきた。
「うわ!凍ってる!」
「成功してよかったわ。凍らせたものを使うと、身離れも良く、滑らかに出来るのよ」
「私が作るときは、普通に凍らせたら良いんですね」
「そうね」
鍋に梅をいれ、水を入れ、火にかけた。
「これを、ぐらぐら沸騰させたりしないように、少し茹でます。お湯を捨てて、軽く潰しながら砂糖を1/3から半量程度加えます」
「混ぜるの代わります」
作業をリラに交代した。
「種が実から離れてきたら、種だけ取り出します。箸かトングで掴むと、余計な果肉を掬わずに済むわ。種が全て取れたら、残りの砂糖を加えて少し煮詰めて、出来上がりです」
「オレンジ色で、物凄く美味しそう!」
「見た目より酸っぱいのよ、うふふ」
「えー、あんなに砂糖入れたのにですか!?」
「少しだけ冷まして食べてみたら良いわ」
リラは、スプーンに少し掬って、避けていた。
保存瓶に移し終わったあと、リラは食べてみたらしい。
「甘いけど、酸っぱい!」
「うふふ。予想より酸っぱかったでしょ?」
「はい。砂糖の量から、どんなに甘いだろうと考えていました」
「知らずに食べる人には、ちょうど良いくらいだと思うわ」
「あー、作るのを見ていたから、甘いと考えちゃうんですね」
「そうなのよ」
「作らないかもしれませんが、梅干しも教えてください」
「良いわよ。まずは洗って、ヘタを取るのは全て一緒ね。その後吸水させて、よく拭いて乾かしたあと、カリカリ梅と同じように、塩をすり付けるように絡めて、漬ける樽に並べていきます。少量なら、ジッパーバッグで作ると良いわ。まだ残ってる?」
「はい。ほとんど使っていないので残っています」
「なら、大丈夫ね。中蓋を落として、重石をのせ、水分が出るまで待ちます。袋に少量なら重石はなくても良いけど、なるべく中の空気を抜くようにしてください」
「そのあとはどうしますか?」
「水分が出てきたら、天気が良い頃の夏の間に、連続して3日晴れる日が良いんだけど、外に干します。そのまま干したままでも良いし、毎日取り込んでも良いです。その後最後の保存容器に入れ、少ししたら食べられます。すぐ食べても良いけど、3か月くらい少し置いた方が、塩が落ち着いて美味しくなるわ」
「思ったより簡単そう!」
「水分が出てから、赤シソを塩揉みして加えて、染まってから干すと、真っ赤な梅干しになるわよ」
「ちょっとだけ作ってみます」
「作る過程で出た水分は、梅酢と言って、使い勝手が良いから、瓶に入れて、梅と一緒に少し日に当ててから、保存してね」
「はい。ありがとうございました」
リラは、上機嫌で帰っていった。
翌日のMの日とFの日は、聖炎のプリンの問い合わせが多かったのだが、ベルフルールの商品なので、こちらでは販売をしていません。と、断り続けた。
更に次のWの日。転移組が帰ってくる日だ。
今回のユリは、ローズマリーから衣装を借り、迎えに行った。
予想外に、大きな荷物は少なく、生活小物が多かった。ドライヤーや、オーブントースターや、ハンドミキサーなどは全員持っていたが、ユリが予想した、電動フードスライサーや業務用ミンサーなどは、持ち込まないようだった。少し不思議に思ったので、聞いてみた。
「ハヤシさん、電動フードスライサーは買わなかったんですか?」
持ち込めば、しゃぶしゃぶ屋が再開できるはずなのだ。
「現品がなく、予約してきました」
成る程。持ち込まないのではなく、物理的に持ち込めなかったらしい。
「次回は必ず持ち込みます!」
「次回は年末ですね」
「年末かぁ、あぁぁぁ」
大分ショックだったらしく、項垂れていた。
今回の転移は、元々8月の予定だったのを、早めたのだ。そのため、不都合のあった者も居たらしい。
全員舞台に上がって貰い、大型荷物もほとんど無いので1度で転移出来そうだ。ソウがOK を出した。
「イタアシアヘク・イルバヰアッケキ・オデイナクヌュス」
無事に今回も全員帰ってきたのだった。




