素麺
今日は7月7日Tの日、七夕当日。
昨日まで少なかった短冊が、どんどん集まり出した。予期していたらしいソウが、配達終わりに笹を持ち帰ってきた。
「追加の笹を貰ってきたよ」
「わー! ありがとう。もう、つけるところがなくて困っていたのよ」
あたらしい笹に人が群がる。余っていた飾りを、メリッサがささっと取り付けていた。
「大きい方は外に出しておくよ」
「ありがとう。お願いします」
しばらくたってもソウが戻ってこなかったので、ユリが気にしていると、マーレイが見に行ってくれた。がしかし、マーレイも戻ってこない。
そこへフラフラしたキボウが来たので、ユリは頼んだのだ。
「キボウ君、外にいるソウとマーレイさん見てきてくれる?」
「わかったー」
テコテコ歩いていき、割りとすぐに戻ってきた。
「ソウいたー。マーレイいたー。たんざく、つけるー!」
「んー、笹に届かない人の短冊を代わりにつけているの?」
「あたりー」
「キボウ君、どうもありがとう」
「よかったねー」
いくら笹は倒してあるとはいえ、子供や女性には届きにくい。ソウは割りと子供好きなため、自ら言い出したのだろう。幼い子供はソウの見た目ではなく、優しい人かどうかで懐くので、妙齢の女性が苦手なソウでも、子供には親切なのだ。その為、マーレイが背の低い女性の分を担当しているのだと思われる。
「そろそろご飯にしたいんだけど、二人は戻ってこられるのかしら?」
「声をかけに行って参ります」
イリスが名乗り出て、呼びに行ってくれた。
「ユリ、王宮の笹は、明日持ってくれば良いのにゃ?」
「そうね。明日のお昼ご飯のあと、街道の向こう側の広いところに結界を張って、お焚き上げをするわ」
「見物客が多そうにゃ」
「うふふ。派手に行こうと思ってるわ」
「大丈夫なのにゃ?」
「ソウから提案されたから、大丈夫よ」
なぜかユメが物凄く驚いていた。
ソウとマーレイが戻ってきたので、皆で素麺のお昼ご飯を食べ、休憩し、午後も滞りなく過ぎていった。
閉店後、全ての笹を外に立てて飾り、星空に「皆の願いが叶いますように」と祈った。何人かの客が残り、一緒に祈りを捧げていた。
翌日、7月8日Gの日。
朝から、なぜか店の外に馬車が並んでいた。
何事? と思い、ソウに頼み少し聞いて回ると、ユリのお焚き上げを見るための場所取りらしく、店からだいぶ離れた街道ギリギリのこちら側に、蓙を広げて座り込んでいる近所の人までいて、ユリは慌てるのだった。
「ソウ、思ったより大事になっちゃったわ」
「俺の予想よりは、少ないよ」
「えー。こんなに人が集まったんじゃ、普通の服じゃダメかしら?」
「あー。今から服借りに行くか?」
「リラちゃんに連絡してからにするわ」
ベールが必要ないので、1人で着ることが出来ると考え、とりあえずリラに、以心伝心を送った。
『ユリです。人が大勢集まるようなので、着替えを借りに行こうと思います』
『リラです。ラベンダー様からの伝言です。衣装のご用意がございます。是非いらしてくださいませ。だそうです』
『えー、いつ聞いたの!?』
『6日の帰り際に、お手紙をいただきました』
『あ、ありがとう。行ってみます』
「あー。読めていないのは私だけなのね」
「リラ、何だって?」
「6日の時点で、ラベンダーさんから、衣装の提案があったらしいわ」
「さすがだな。ははは」
「少し早めにお昼ご飯を食べて、12時30分には開始できるように戻ってくるわ」
「了解。俺以外の従業員は、屋上にでも招待するか?」
「それが良いかもしれないわね。折り畳みテーブルとオペラグラスでも出しておくわ」
そばで聞いていたユメは、ユリに質問があるらしい。
「ユリ、カンパニュラを連れてきても良いにゃ?」
「え? どこに?」
「屋上は、葉に転移を教えたとき行った場所にゃ?」
初日の出は記憶に無いのか。と思い、お好み焼きを忘れているのだから当然なのね。と悟った。
「え、うん。そうね。余り広くないからたくさんの騎士の人や侍女さんたちは無理よ?」
「サンダーソニアが一緒ならどうにゃ?」
「許可が出るなら構わないわよ」
そうすると従業員は無理ね。と、ユリは思った。屋上はソーラーパネルが置いてあり、人が居られるのは、東西の1m程と、北側のパネルの下を潜る、幅50cm程なのだ。ユリはかろうじて頭がぶつからないが、ソウは屈まないと通れない。従業員だけならともかく、同席は震え上がりそうな気がする。
とりあえず、ラベンダーのところに顔を出した。
部屋でベルを鳴らすと、美容部隊とラベンダーが衣装を複数下げたラックと共に現れた。
「お持ちしておりました」
「貴女の先を読む力には恐れ入ったわ。私がリラちゃんに相談したのは、つい先程よ」
「最高の賛辞をありがとうございます」
「12時前にはこちらに来て、12時30分にはむこうに居たいのだけど、可能かしら?」
「お髪とベールはどうなさいますか?」
「国内だからベールは要らないわ。髪は、お任せします」
「では、お仕事に支障がでないよう、まとめましょう」
「衣装、この中から選んで良いの?」
「この中にお気に召すものがございませんでしたら、他をお持ちいたします」
ラベンダーのチョイスは派手めだが、色とりどり色々なタイプがある。
「おすすめは?」
「炎の魔法をお使いになられるのでしたら、この真っ赤な御衣装はいかがでございますか?」
「あ、そういう意味なら、映えるように、青っぽいのが良いわ」
「では、こちらにいたしましょう」
中のワンピースは水色で、外の服は、オーガンジーのような透ける生地で濃い青色だ。
髪だけ結って貰い、一旦帰ってきた。
家に帰り屋上から外を見渡すと、普段は停める人が居ない東側の空き地にも、馬車がごっちゃり並んでいた。
椅子付き折り畳みテーブルを出したあと、ソウの部屋へ転移し、そこから厨房へ行った。既に仕事を始めているリラに驚き、当然のように手伝っているシィスルとマリーゴールドもいて、ユリは感謝をのべ、己の浅はかさを反省するのだった。
「ソウが屋上から見るか提案してくれたんだけど、ユメちゃんがカンパニュラちゃんたちを連れてくるって言うんだけど、どうする?」
「一旦帰って、家から見ようと思っています。お父さんとお母さんも呼びますが、メリ姉やミア姉はどうするか分かりません」
リラたちは、ベルフルールから見るらしい。
「それより、ラベンダー様は、見にいらっしゃらないんですか?」
「あ、聞いてこなかったわ」
「でしたら屋上は、カンパニュラ様たちとラベンダー様をご招待してはいかがですか?」
「それが平和かもしれないわね」
「あと、並んでいる人たちに、飲み物や食べ物を売ってきても良いですか?」
「あら、それで何か作っているの? 大変じゃないなら、お願いするわ」
「ユメちゃんから、リュックサックをお借りしました」
最近は、ソウが先に城に運んでいるので、ユメとキボウが持ち運ぶのは、世界樹の森に持っていく分だけなのだ。
リラたち3人が作っていたのは、ツナマヨおにぎりらしい。お茶は冷茶で、とりあえず、200人前の400個作ったと話していた。
「誰が残る?」
「リラさんとマリーが行くのが良いと思います」
「シィスは、面倒か」
「馬車で来ているのは、およそお貴族様だと思いますし」
「まあ、そうだよね。ちょっと行ってくるから、あとよろしくね」
どうやらシィスルは、ユリの助手として残るらしい。
「シィスルちゃん、休まなくて良いの?」
「こんなイベントの日に休むなんて選択肢はありません!」
どうやらリラは、ソウに断ってここを使っていたらしい。
大量のご飯を一度に炊くには、アルストロメリアでないと難しいと説明したら、出す前にユリに一言断ってからならと許可を貰ったと、シィスルが話してくれた。
「シィスルちゃん、おやつは何か売り歩くの?」
「ゼリーが良いと思ったんですが、さすがにカトラリーを持ち歩いている人は少ないかと思って」
「使い捨てのスプーンならあるわよ?」
「え? なんですか、それ」
「持ち帰り茶碗蒸し覚えてる?」
「はい」
「あの容器とセットで、紙製のスプーンがあるのよ。希望者のみに配っていたんだけど、ちょっと持ってくるから見てみたら良いわ」
ユリは内倉庫に置いてある、紙製スプーンを箱ごと持ってきた。店で持ち帰り販売をするメンバーは知っていたが、厨房にいるシィスルは知らなかったらしい。
「これをね、真ん中を折って、ちょっと、ゼリーでも食べてみたら良いわ。使い易くはないけど、急遽使うというなら充分だと思うわよ」
「はい、ありがとうございます」
シィスルはコーヒーゼリーを持ってきて、食べてみていた。
「ゼリーだけなら食べられますが、クリームをかけると難しいですね」
「ココットで作れば良いと思うわ」
「あ、容器が深いからか!」
「もしくは、プリンとかムースとか、ゼリーより滑らないものなら良いと思うわ」
シィスルは、立ち止まり考えている様子だった。すると、元気に発言した。
「リラさんも、プリンにしようと言っています。オーブンや材料をお借りしてもよろしいですか?」
「構わないわよ。特別感を出すなら、クッキーでも飾ったら良いわ」
どうやら以心伝心を送っていたらしい。
リラとマリーゴールドが戻ってくる前に、メリッサとイポミアが出勤してきた。
「あら、イポミアさん、早いじゃない」
「なんか、ご近所が騒ぎになっているので、早く来ました」
「メリッサさんとイポミアさん、私が笹を燃やすとき、どこにいる予定? リラちゃんたちは、ベルフルールから見るっていうし、家の屋上に招待しようと考えていたんだけど、ユメちゃんが、カンパニュラちゃんを連れてくるっていうんだけど、一緒はやっぱり無理、よ、ね?」
「カンパニュラちゃんとは、どちらのお子さんですか?」
「イポミア、たぶん、王族のお姫様」
「メリ姉、本当!?」
全員がユリを見た。
「ええ、まあ。第一王子の第二子ね」
「大変申し訳なく、絶対に無理です」
「そうすると、どこにいる?」
「ユリ様が悩まれなくても、何とかするので大丈夫です!」
ユリが話している間にも、シィスルは次々と計量し、プリンのカラメルをココットに流し込んでいた。
「今日の仕事は、11時半には一旦終わらせて、昼食にします。私は12時前に出掛けます。12時半からお焚き上げをする予定ですので、13時に仕事に戻れるように、時間を調整してください」
リラは、きちんと9時30分には戻ってきて、ユリの助手を始めた。リラが助手に入ると、シィスルとマリーゴールドは、プリンを量産していた。
「あの、ユリ様、飾りのことなのですが、こんな感じの炎をデザインしたクッキーをのせようと考えています。どうでしょうか?」
シィスルは、スケッチブックの絵を見せに来た。
「あら素敵じゃない。クッキーはどうやって作るの?」
「リラの華のような色変えクッキーを予定しています」
「では、ひとつ私から」
ユリは簡単な提案と助言をした。その話にリラもシィスルもマリーゴールドも驚いていたが、理解と納得をし、物凄く喜んでクッキーを作り始めた。
「リラちゃん、クッキーを手伝って良いわ」
「ありがとうございます」
「メリッサさん、イポミアさん、助手をお願いします」
「はーい!!」
「かしこまりました」
イリスとマーレイが、慌てたように出勤してきた。
「ユリ様、遅くなり大変申し」
「遅くないわよ? 大丈夫よ?」
「ありがとうございます」
「イリスさんとマーレイさんも、リラちゃん達を手伝ってください」
「かしこまりました」「かしこまりました」
そのうち、ユメとキボウが戻ってきた。
カンパニュラは、あとで迎えに行く予定らしい。
「何手伝ったら良いにゃ?」
「リラちゃんのクッキーか、私の手伝いか、少し休むのでも良いのよ」
「キボーは? キボーは?」
「キボウ君は、リラちゃん達に聞いて、プリンを冷ますのが良いと思うわよ?」
「わかったー」
キボウは冷ましたプリンをいくつか分けて貰い、喜んでさらに頑張っているようだった。




