蓴菜
ソウは再び、キボウを先に連れ転移していった。
戻ってきたキボウにつかまり、転移した先は、大きな屋敷が見える池のような場所で、色とりどりの睡蓮が咲いていた。
「うわー! モネの絵みたい!」
「ユリ様、この花は何ですか?」
「これは、睡蓮よ」
「素敵ですわね」
「凄いにゃ」
「さかなー、さかなー!」
「鯉が泳いでるな」
睡蓮の下を、錦鯉が優雅に泳いでいる。
「鯉がいるの? 餌やっても良いかしら?」
「聞いてくるよ」
ソウは笑いながら、屋敷の方に聞きに行ったが、すぐに誰かを連れて戻ってきた。
「ユリ、鯉の餌って、何?」
「食パンの耳よ」
ユリはいくつか渡して、ひとつ食べて見せた。
相手は、ソウを介して受け取り、やはりひとつ食べてみていた。
「もったいない気がいたしますが、こちらの餌でしたら、問題御座いません」
予想外に美味しかったらしい。
「あら、では、中身をおひとつどうぞ」
ユリは、ロールイッチをひとつ渡した。食パンで作る、海苔巻きのようなサンドイッチだ。サンドイッチ類を作った為に、大量の食パンの耳があったのだ。
「ユメちゃん、鯉に餌やってみる?」
「やってみたいにゃ!」
「キボーも、キボーも!」
ユリは、全員に食パンの耳を配り、他にも鯉のいる場所を案内して貰った。
ユリは、ポン、ポンと、少しずつを遠くに投げていたが、キボウがうっかりまとめて落としたところ、鯉が群がって怖かったらしい。
「キボー、いらなーい」
半泣きのキボウが、ユリに張り付いてきた。
「キボウは、餌を落としたのにゃ。鯉がたくさんで怖かったみたいにゃ」
「そうなのね。キボウ君はお腹空いてない?」
「ユメー、もらったー」
「ユメちゃん、キボウ君に何か渡したの?」
「転移したからにゃ、パウンドケーキを渡したにゃ」
「ユメちゃん、どうもありがとう」
そこは私が気がつかなければいけなかったと、ユリは反省するのだった。
睡蓮は見事だが、池はそんなに広くないので、リラのスケッチが終われば、少し飽きたらしいキボウとユメが、水に手を入れ遊んでいた。
ふと見ると、ソウがこちらに腕時計を構えていたので、画像を保存していたのかもしれない。
「最初の場所に戻るぞー」
ユリがリラとマリーゴールドを連れ、キボウがユメを連れ、ソウは一人で戻ってきた。
「黒猫様、聖女王様、ご用意が整いました」
探されていたらしく、人気の無い場所に戻ったはずなのに、すぐに声をかけられた。
案内人についていくと、摘みたての蓴菜があり、桶いっぱいに入っていた。念のため洗浄済みらしい。
「うわー、凄い。こんなにたくさんの蓴菜って、初めて見ました」
「ユリ様、これ、どうやって食べるんですか?」
「一番簡単なのは、この葉の回りのゼリー状のものを崩さないように丁寧に洗ってから、ざるに入れてさっと湯につけて茹でて、色が変わったらすぐ冷水にとって、酢の物かしら? 何ならポン酢でも良いわよ」
ユリの説明を聞き、リラは残念そうだった。
「お店に帰らないと無理ですね」
「これ、下処理してあるみたいだし、茹でてみる?」
茹でる? ユリ以外の全員が、何言ってるんだろうと不思議に思った瞬間、ユリが指輪を杖に変え、敷物、テーブル、特製夏板、鍋、菜箸、レードル、ざる、ボール、ココット(複数)、自家製ポン酢、果汁等を取り出していた。
「ユリ、キャンプでもするのにゃ?」
冷静に突っ込むユメと、お腹を抱えて笑い転げてしまったソウと「さすがユリ様!」と感心しているリラとマリーゴールドに、反応がわかれた。キボウはなんだか楽しそうだ。
「飲料水を分けてください」
「か、かしこまりましたー!」
案内人は、目を真ん丸にして驚いていたが、ユリに声をかけられ、慌てて井戸水を汲みに走っていった。
水を要求したユリだが、さらに鞄からタッパーウェアに入った氷とピッチャーの水を取り出し、ボールに入れていた。
「水もあるのにゃ!?」
「茹でるのに使うほどは持っていないのよ」
加熱して使う水は、現地調達で良いかなと考えたのだ。
少し復活したソウが、語りだした。
「俺も折り畳みテーブルと特製夏板くらいは持ってるけど、ユリの方が何枚も上手だった」
むしろ、ソウも常に持っていることの方が、皆驚いたらしい。
水を受け取り、鍋に入れて沸かし、レードルを使って蓴菜を一部ざるに入れ、ざるごと鍋に入れ、色が変わるまでさっと茹でた。氷水に放ち、再度ざるに取り水を切り、ココット7つに分けた。
「下ろし生姜とか有ると良かったんだけどね」
ユリは少し果汁を足したポン酢を入れながら話していた。
案内人にも、姫フォークと一緒にココットを渡し、皆で試食してみた。
「取れ立て旨いな」
「美味しいにゃ!」
「つるつるー、つるつるー!」
「何か面白ーい!」
「喉越しが楽しいですわ」
「本当、美味しいわ。鮮度かしら?」
「あの、こちらの調味料は、何で御座いますか?」
「これは、ポン酢です。醤油と柑橘類の果汁を混ぜて作ります」
ポン酢の作り方を説明すると、材料を揃えてみますと言って、喜んでいた。
少し離れたところに、小振りな白い蓮の花が咲いている、かなり大きな池があった。
「花、大きくないにゃ」
「たぶんだけど、あれはメインが花ではなく、地下茎の蓮根なんじゃないかしら」
「違うのにゃ?」
「花が大きい品種と、地下茎が太くなる品種があるんだと思うわよ」
「成る程にゃ」
「ユメちゃん、このあとランチにするけど、一緒に食べる?」
「分けてくれるなら、カンパニュラのところに行くにゃ」
ユリは、リラとマリーゴールドを見た。
リラは小刻みに首を振っていて、マリーゴールドは身を引いて狼狽えている。二人ともお出かけ着ではあるが、登城できる服ではない。
「じゃあ、これ持っていってね」
ユリは、ロールイッチと普通のサンドイッチを大量に取りだし、ユメのリュックサックに詰め込んだ。
「ありがとにゃ!」
キボウがユメを連れて転移していった。
テーブルを置いても良い場所を聞いて、大きな蓮が見える場所でランチにすることにした。
椅子付きテーブルでサンドイッチを食べていると、走ってくる人が見えた。
「あれ、あの人」
リラの声に皆がそちらを見た。それは、鯉の餌を吟味した人だった。
ユリがひとつだけ渡したロールイッチについて質問するために、探していたらしい。
「ま、まだ、お帰りになら、なられなくて、よか、よかった、です、」
「深呼吸して、お茶でも飲んでください」
ユリは冷茶を渡し、落ち着くよう促した。
どうやら、受け取ったロールイッチを屋敷の主人に見せたら、説明を求められたらしく、困って探していたと、説明していた。
ソウによれば、屋敷の主人とは何処かの前侯爵らしく、行けば面倒だと言うので、ユリの説明をマリーゴールドが清書し、文書にて手渡した。ついでにロールイッチも少し渡し、面倒事を回避した。
もう一度来られても面倒なので、蓴菜の案内人に、帰ると明言してからお店まで転移で戻ってきたのだった。




