蓮華
大きな池や沼があるところに、美しい花が咲いているとの情報を得て、見に行くことになった。
「お弁当は、昨日のうちに全て作ったから、今日はお茶を用意するだけなのよ」
「お茶は今日用意するんだ」
「あ」
何となく、直前の方が冷たさが違うような感覚だったけど、魔道具の鞄の中に入れたものは、外で1年経っても、中は5分程度しか過ぎないとユリは思い出した。そのため、お弁当は昨日のうちに作ったのだ。
二人で朝食を作りながら、今日の予定の確認をしていた。
「結局、誰が出席するの?」
「リラちゃんが来たかったらしいんだけど、リナーリちゃんの指導をするから無理かなぁって、悩んでいたわ。もし来るなら、7時までに連絡をして、7時半に来る約束よ」
「まだ7時前か」
ソウは笑いながら、一旦部屋に戻っていった。
ユリはおやつを詰め込んだあと、食パンの耳をカットしていた。
「うふふ。これで良いわ」
カットした食パンの耳を袋に詰めていると、リラから以心伝心が届いた。
『リラです。行けるようになりました!急いで伺います』
『まだユメちゃんが起きていないから、慌てなくて大丈夫よ』
時計を見ると、6:59だった。ユリは、ユメを起こしにいった。
「ユメちゃん、7時になったわ」
「にゃ?」
少し寝ぼけたユメが、体を起こし呟いた。
「おかあさま」
「ユメちゃん、お出掛けしますよ。朝ご飯を食べましょう」
「にゃ! おはようにゃ。なんか夢を見ていたにゃ」
「リラちゃんも、来られるみたいよ」
「良かったにゃ」
ユメは顔を洗いに行き、リビングにはソウとキボウが待っていた。
全員揃って、食べながら説明した。
「今日は、池や沼があるところに花を見に行きます」
「何の花にゃ?」「なーにー?」
「予定では、蓮と、睡蓮です」
「予定なのにゃ?」
「水面の、美しい花としか聞いていないのよ」
「楽しみにゃ」
「たのしみ、たのしみー」
食事が終わるとユメとキボウは、畑を見てくると言って、先に階段を下りていった。
「ユリ、他に手伝うことある?」
「もう無いわよ。私も着替えてくるわ」
「了解」
ユリは夏物のワンピースに着替えた。このワンピースは、ソウの実の両親、月見夫妻から贈られたものだ。ユリが選ばない感じの上品なデザインで、品質の高い布と縫製で、とても軽やかで涼しい。なんと御中元で、カエンの助言らしい。
「さすが月見家。上品さが違うわね」
ユリがあまりに洋服に興味がないので、まわりは服を与えたくなるらしい。和装はしっかり持っているが、洋装はある程度しか持っていないので、とてもありがたい。
「ソウ、お待たせ」
「それ、カエンが持ってきた服?」
「うん。とても良い感じよね。自分じゃ選ばないからありがたいわぁ」
「良かった。似合ってるし、良い感じだね」
「うふふ。さあ、出掛けましよう」
店の外に行くと、ユメとキボウの他、リラとマリーゴールドが待っていた。
「おはようございます」「おはようございます」
「おはよう。シィスルちゃん1人で大丈夫なの?」
「今日は、臨時で父が補助する予定ですが、作り置きがなくても店が回せるか、試してみたいと言われました」
「あー、マーレイさんがいるなら何とかなるわね」
「そのうち店を休みにして、全員一緒に出掛けたいなと思っています」
「そうね。どこか行きましょうね」
「みんな一緒に出掛けてみたいにゃ!」
ユメの言葉に、全員が一瞬「え?」と思い、察してしまった。みんなで足湯に行った記憶は残っていないことを。
「必ず行きましょうね」
「ありがとにゃ」
場所を聞いて知っているソウが先に転移する。ソウはユリではなく、キボウを連れて転移していった。すぐにキボウが迎えに来て、全員を連れていった。
「水の匂いがするにゃ」
「思ったより、涼しいわね」
「水辺が多いから気温が低いのかもな」
「この畑、何が植わってるんだろう?」
「あ、全く酔わなくなりました」
「よかったねー」
川と畑しか見えない場所から歩き始めた。
「川に黄色い花が見えるにゃ」
「んー、コウホネかしらね?」
「ユリ、凄いにゃ」
立ち止まって川を見ていると、地元農民と思われる人から、にこやかに話し掛けられた。
「花、見に来たんかー?」
「あ、はい。水辺の花が綺麗との噂を頼りにまいりました」
ユリが応答したが、視線がユメで止まっていた。
「そいなら、こちらん道から、もしや、黒猫様?」
「呼んだにゃ?」
ユメが返答したことにより、少し震えながらユリを見た。
「まさか、聖女王様!?」
「うふふ。お忍びなので、内緒でお願いしますね」
「か、かしこまりましたー」
何か悩みながら、ユリたちの後を着いてきた。
「急ぐなら、先に行って構わないぞ?」
ソウが声をかけたが、そんなことは、思い付きもしなかったと言わんばかりに驚いていた。
「あ、あの、美味しいお店の、料理の、野菜の、珍しい、」
「私は平民ですので、私が聞きましょうか?」
何て話せば良いか言葉にならないらしい姿を見て、リラが声をかけていた。
リラに言われ安心したのか、バリバリの方言を早口で捲し立てていた。ユリも聞いていたので、むしろリラより話を理解した。
外に出さない素材で、珍しい野菜があり、今収穫をしているからとすすめたかったらしい。
「それって、綺麗な水の野菜ですよね? 山葵ですか? 蓴菜ですか?」
「ワサビはありませんが、watershieldです」
「ウォーターシールド? 水の盾?」
ユリがわからないでいると、ソウが何か思い出し、教えてくれた。
「ユリ、蓴菜のことだと思うよ」
「そうなの? なら、欲しいわ。売って貰えるなら、お願いします」
用意してくるので先に花を見てきてください。と、走って行ってしまった。
「確かに、蓮の花を先に見ないとね」
「急ぐか」
ソウの案内で、蓮の池に到着した。
「うわ! 花、大きい!」
「こちらが蓮の花で御座いますか?」
「白いのもあるにゃ!」
「ロータス、ロータスー!」
「ちょうど良い感じね。早い時間に来た甲斐があるわ」
「池によって、花の種類が違うみたいだな」
しっかり囲まれた池が何か所もあって、上からも見えるように整備されたらしい橋もかかっていて、花を色々な方向から見ることが出来、かなり楽しい。
「蕾も大きいにゃ!」
男性の手よりも大きな蕾に、ユメが驚いていた。
「あ、散った花弁がある! 前にユリ様が教えてくれた散蓮華だ!」
「あら、よく覚えていたわね」
「リラさん、何で御座いますか?」
マリーゴールドには、心当たりがなかったらしい。
「杏仁豆腐を食べるときに、レンゲって呼ばれる陶器の匙があったでしょ? あれの名前の由来らしいよ」
「あー、コバヤシのラーメン屋か」
ソウも当時を思い出した。
「ちりれんげー? なにー?」
「キボウ君、今度食べに連れていくわね」
「わかったー」
白い蓮は、真っ白な花と、少しピンクのラインがあるタイプとあって、ピンク色の蓮は、濃い色の花や、薄い色の花があり、いずれも花弁の付け根は白かった。
「蓮は、荘厳な感じよね」
「ユリ様、何ですか?」
「神々しいような、厳かな感じって意味かしら」
「開く花弁の真ん中から何か光るものが出てきそう」
リラの感想に、皆で想像をして、笑ってしまった。
そんな話をしながらも、リラは素早くスケッチしていて、少し覗いて見ていたら、蓮の花の中心が輝いている絵があり、絵を描けるって凄いわぁとユリは感心したのだった。
「ユリ、気が済んだら、少し離れた場所に行くぞ」
「はーい」




