父日
昨日の製菓衛生師免許の受験日、ユリは少し遅く帰ってきた。試験自体は、特別配慮を受け昼過ぎに終了しているので、もっと早く帰ることができたはずである。その間に何をしていたかと言えば、一人で出歩いていたのである。
普通の服に着替えたあと、まずは、自宅近くにあった保育園を運営していた経営者のお宅に伺った。
ピンポーン。
「はい。どちら様ですか?」
「お久しぶりです。ユリ・ハナノです」
「え!? ユリちゃん!?」
お年を召した女性が、慌てて飛び出してきた。
「本当にユリちゃんだわ!」
「園長先生、お久しぶりです。雛人形受け取りました。ありがとうございます」
「そうなのね。そうなのね。良かったわ。時間はあるの? 良かったら上がってちょうだい」
家に招かれて、保育園をたたんだ経緯を話してくれた。
商店街がなくなり、一帯が公園に変わり、居住者が減ったことにより、園児が大幅に減り、園の後継もいないことから、良い機会だからと、2年かけて閉園することにしたそうだ。
雛人形は、暫く自宅に飾っていたが、ホシミ夫妻に偶然会った時に、雛人形の話をし、預けることになったと話していた。
「外国に住んでいるのでしょう? 結婚はしたの?」
「はい。今年の1月にソウと結婚しました」
ユリは写真を取りだし、何枚か見せた。
「あら、紙の写真だなんて、珍しいわね。ソウ君と結婚したのね。おめでとう」
「ありがとうございます」
優しい声と話し方に、心が落ち着く。
「外国のドレスは、なんだか凄いのね」
「あはは」
魔力を込めたキラキラのドレスを着た写真には、驚いたらしい。
「ユリちゃんが幸せそうで安心したわ」
「先生、いつも見守ってくださってありがとうございます」
「あなたは誰よりも幸せにならなきゃね。お父さんとお母さんの分まで幸せになるのよ」
「はい。ありがとうございます」
「又、近くに来たら寄ってちょうだいね」
「はい。かならず」
そうしてユリは、雛人形を返して貰ったお礼を言ってきたのだった。
翌日の、6月の第3日曜日
「ソウ、ケーキを配りましょう」
「なんでケーキ?」
「だって、他、何配る?」
「あ、まー、ケーキが良いか」
ソウは白い薔薇の花束と、黄色い薔薇の花束と、高そうなシャツを2組持ってあらわれた。
「ユメ、キボウ、留守番頼んだ」
「任せるのにゃ!」
「まかせる、まかせるー!」
ユリとソウは近いところから回っていった。
マーレイ&イリス夫妻、パープル侯爵夫妻、国王夫妻、ソウの養父母(ホシミ夫妻)、ソウの実の両親(月見夫妻)、寿夫妻を回る予定だ。
マーレイとイリスは、前回と同じように、すぐに受け取ってくれた。
パープル侯爵夫妻は、パープル侯爵は喜んでいたが、ローズマリーが少し心配そうに質問してきた。
「あの、ユリ様、ラベンダーには」
「あ!忘れてた! そういえば、ラベンダーさんとリラちゃんから、前回怒られたんだわ」
「ユリ、何怒られたの?」
「イベントは、実行前に教えてくださいって」
「あはは、ラベンダーとリラらしいな」
「聞かれるまで放置しましょう」
ローズマリーは少し苦笑して送り出してくれた。
城に行き、国王夫妻を訪ねたら、国王は会議中らしい。
すぐに会議を中断させて呼んでくると言われたので、それは断った。ハイドランジアにケーキを預け、次にソウの自宅へ転移した。
「親父とお袋が先で良いよな」
「うん」
ホシミ家に転移し、ソウが玄関ドアを開けようとしたら、向こうから開いた。
「お、ソウ来たか。ユリちゃんいらっしゃい」
「お邪魔します」
ソウの養父 星見 司だった。
「ユリちゃんが来たの?」
ソウの養母である、星見 遥が、奥から出てきた。
すぐに部屋に招かれ、紅茶を出された。
「父の日のケーキを作って参りました」
「親父、薔薇持ってきた」
「物凄く楽しみにしてたんだよ! 何のケーキなんだい?」
「コーヒーとチョコレートのケーキです」
「良いねぇ! 遥さん、すぐに切ってください」
ユリも席を立ち、キッチンで一緒にケーキをカットしてきた。この家のキッチンは初めて入ったが、以前の家(現ソウの自宅)では一緒にキッチンで料理したこともある。
ユリは、もうひとつ取りだし、内緒で渡した。
「これ一緒に食べちゃうので、私たちが帰ってから、こちらを渡してください」
「はい。気を利かせてくれてありがとうね。きっと驚くわね」
ユリは、フルーツのケーキも置いてきた。
楽しく歓談し、1時間ほどでお暇した。
次に月見家に転移した。
前回と違い、正面入り口だ。わざわざインターホンを鳴らし、中に入った。
いつも屋敷内に直接来るので、重厚な玄関を、ユリは初めて見たのだった。
「凄い門構えなのね」
「あ、外から来ないから知らなかったのか」
「うん」
すぐに人が来て、部屋に案内してくれた。
「なんで今日は、玄関からなの?」
「ユリが用事があるから、ちゃんと正面から入るべきかなって思って」
「私のためなの? ありがとう」
ソウの実の両親も、喜んで受け取ってくれた。ソウは花束とシャツを渡していた。今日はカエンが不在らしく、屋敷内の人が少ない。
引き留めたそうな感じではあったが、何を話したら良いか分からないと言うソウのために、早々にお暇した。
寿夫妻は同じ施設で、元気に暮らしている。
父の日で、訪問者が多いらしく、談話室が使えないため、入居者の部屋に直接行って良いと言われた。
寿 南天
寿 菊花
名札を確認し、部屋を訪問した。
「寿さん、父の日のケーキを作って来ました」
「おー、待ってたよ!」
早速手渡しすると、中を見て喜んでいた。
「良く出来てる。母の日のカーネーションケーキも良く出来ていたし、日々勉強中かな?」
「はい。あ、昨日、製菓衛生師試験受けてきました。凄く優遇して貰って、待ち時間がなく済みました」
「試験、どうだった?」
「最近流行ったウイルスの問題が、ちょっとわからなかったんですけど、他は大丈夫だと思います」
「外国にいたら知らないよな」
「ええ、まあ」
楽しく話し、面会許可時間が迫り、退室した。
墓参りをし、今回は誰にも会わずに戻ってきた。




