求婚
とあるGの日。
ユリと、少し早く来ていたリラが話をしていると、シィスルとマリーゴールドが訪ねてきた。
「ユリ様、おはようございます」「ユリ様、おはようございます」
「シィスルちゃん、マリーゴールドちゃん、おはよう」
「お時間大丈夫でしたら、リラさんと少し話してよろしいでしょうか?」
「まだ早いからかまわないわ」
「ありがとうございます」
シィスルは、ユリに許可を得てからリラに話しかけようとしていた。
「シィス、マリー、何かあった?」
「はい、あの、先ほど、良くいらっしゃるお客様が教えてくださったのですが、マリーの事を調べている人がいるらしく、色々聞かれたけど、大丈夫なのか? とご心配いただきました」
「え、誰が教えてくれたの?」
シィスルは、リラがわかるように人物の説明をして、その相手から聞いた、マリーゴールドを調べていた人の人相や特徴を聞いていた。
そこへ、メリッサが出勤してきた。
「おはようございます。あ! マリーゴールドさん! 昨日帰る時に、貴族の従者みたいな人から、マリーゴールドさんの事を聞かれたんだけど、勝手に言って良いかわからないから、詳しいことはわかりませんって答えておいたんだけど、何て答えるのが正解でした?」
全員で顔を見合わせた。
「メリ姉! どんな相手だった? 何聞かれたの?」
リラが慌てて聞き返した。
「んー、割りと丁寧な感じの男性で、聞かれたのは、年齢とか、お付き合いの有る異性はいるかとか、素行はどうかとかだったかな?」
「なにそれ」
マリーゴールドの人物調査をしているようだ。
「マリーゴールドちゃん、思い当たる相手はいる?」
「申し訳ございません。全く見当がつきません」
素行調査はともかく、年齢や交際している相手がいるかどうかを調べるのは、結婚を見据えた相手を探しているのだろうか。
「メリッサさん、もし又聞かれるようなことがあったら、ユリ・ハナノに聞いてくれと言ってください」
「かしこまりました」
「全員に通達しましょう」
「ユリ様、ありがとう存じます」
「心配なら、こちらにいたら良いわ」
「ありがとう存じます」
マリーゴールドは、シィスルと一緒に、お店のテーブルで、勉強することにしたらしい。
少しして、イポミアが出勤してくると、メリッサと同じようなことを言っていた。
「それで、あなたは何て答えたの?」
「とっても美人で、優しくて、文字が物凄く上手なんですよ。って答えておきました!」
かなり呆れた感じのメリッサが、注意をするらしい。
「イポミア、それ、相手が悪い人だったらどうするのよ?」
「え? 名前はわかりませんけど、前のお屋敷で会ったことがある人が一緒でしたよ?」
「え? 誰? 私も会ったことがある人?」
「メリ姉は無いかもしれない」
イポミアに相手の事を聞くと、若い主人と一緒に来る従者で、その主人の方も、もの腰が柔らかく、メイド相手にも威張ったりしない貴族男性らしい。
「そう言う感じの人なら、悪い人ではないのかもしれないけど、何なのかしらね?」
「お嫁さん探しじゃないんですか?」
「え、そうなの? 貴族の婚姻って、自力で探すの?」
ここに、貴族の婚姻について語れる人が誰もいない。
「マリーに聞いてきます」
リラが代表して、マリーゴールドに聞きに行った。
戻ってきたリラが言うには、本人に言うのは最後で、まずは、年頃の娘がいる家を教えてくれる人に相談し、経済的や、政治的な配慮の後、女性がわの家に申し込み、そこの家長が決定し、決定を伝えられる流れらしい。
「貴族って、大変なのねぇ」
ユリが呟くと、全員が一瞬ユリを見た。
「ただいま」
「ソウ、お帰りなさい」
「なんか相談?」
集まって話しているのが不思議だったらしい。
「実はね、マリーゴールドちゃんのことを探っている人がいるらしいのよ」
今までの話を話すと、調べてくれるとソウは言った。そのまま転移していき、まずはパープル侯爵に話を聞きに行ったようだ。
仕事は順調に進み、昼前に帰ってきたソウは、笑いながらユリを呼んだ。
ソウが、パープル侯爵から仕入れた情報に、ユリも驚いた。
色々不安で、シィスルとマリーゴールドは今日もこちらにいたので、昼ご飯を手伝い、試作などを作って過ごしていた。
皆でお昼ご飯を食べ終わった頃、訪問客があった。
「あの、こちらにマリーゴールド様がいらっしゃると伺っております。ご対応いただけませんでしようか?」
実は、ベルフルールでは「マリー」と呼ばれ、正しい名前を呼ぶのはユリたちくらいなのである。それなのに、マリーゴールドと呼び、敬称が様だった。マリーゴールドが貴族の息女だと知っていると言うことだ。
全員が見守るなか、優しげな貴族男性と、その従者と思わしき人物が入店してきた。
「大丈夫だ。ユリと見守っている」
「嫌なら、はっきり断るのよ?」
ソウとユリが声をかけたことにより、マリーゴールドは勇気を出して、対応することにしたらしい。
「私が、マリーゴールドでございます」
「初めまして、マリーゴールド様。こちらはコバルトブルー伯爵家次男、オリーブ様でございます」
「オリーブです。ハニーイエロー男爵家のご令嬢、いきなりの訪問にて、ご迷惑をお掛けすることを、まずはお詫びいたします」
オリーブは、ユリとソウにも挨拶をし、この場をお借りすることのお詫びとお礼を述べてから話し始めた。
「ハニーイエロー男爵令嬢、私と婚姻を結んでください。そして、あなたの名を呼ぶ許可を私にください」
まず先に、マリーゴールドに、求婚をした。その後に、なぜこの流れになったのか、解説をしてくれたのだった。
ベルフルールで初めて見かけたときは、貴族令嬢だと知らずに、ただ、召し上げようと考えていた。しかし、さすがに夫や子供がいたら困るので、人づてに調べてみると、独身らしいことはすぐにわかったが、まれに、貴族の令嬢かもしれないと言う人がいて、この領地を管理するパープル侯爵に正式に面会して確認したそうだ。
すると、真面目な求婚をするなら、ハニーイエロー男爵家に確認するよう言われ、ハニーイエロー男爵にも正式な面会をし、現男爵から、酷い前婚約者のせいで妹は心が傷ついているので、家の命令で婚姻を結ばせることはできないと断られた。唯一、本人の希望でのみ、婚姻を認めようと考えていると、爵位が上である伯爵家からの求婚さえ断ってきたらしい。
再びパープル侯爵に相談すると、ユリ・ハナノ様の弟子の弟子なので、不遇な婚姻は、全力の反対が入るだろうから、本人の心が動くような求婚をするよう助言をされたらしい。
ソウは、この辺までをパープル侯爵から聞いてきていた。
オリーブは、婚姻の条件を述べ始めた。
長くても半年の婚約期間、遅くとも年明けまでの婚姻、貴族の仕事としては、救護院や孤児院の管理、社交に出る必要は無し(出ても良い)、厨房は専用の物を作り、いつでも孤児院への寄付や、救護院での料理指導をしても良い。直系にすでに子供がいるので、跡継ぎの強制は無い。師に会いたい場合は、可能な限り対応する、里帰りや、こちらのお店への訪問も、なるべく希望を叶える。ハニーイエロー男爵家の援助もする。
こうして、破格の条件が提示された。
「あ、あの、私に、このような価値はないものと考えておりますが、」
マリーゴールドは、出された好条件に戸惑っていた。
「とんでもない。貴女に足りないのは、自信です。貴女が望むなら、毎週でもドレスを新調したいほど、毎日でも贈り物を送りたいほど、貴女は素敵な女性だと思います。今日返事をする必要はありません。貴女の師や、ユリ・ハナノ様にどうぞご相談ください」
「わかりました」
オリーブたちは、あっさり帰っていった。店のタイムテーブルについても、パープル侯爵から言われていたのかもしれない。
「マリー、凄い!」
ずっと心配していたシィスルが、一番に喜んでいた。
「え、マリーゴールド様は、現役のお貴族様なの?」
イポミアが、少し頓珍漢なことを言っていた。断絶した貴族の生き残りなどの、現在は平民なのだと思っていたらしい。
イポミアの言う条件に当てはまるのは、マーレイだろう。
「ミア姉、1番偉い人がここにいるんだから、マリーが本当は貴族でも、仕事をしているときは、マリーだよ」
「うん、わかった」
この国に、ユリより偉い人はいないので、リラに言われ、イポミアはそう言うものだと納得したらしい。
少し前から調べられていた理由がはっきりし、皆一様に安堵したのだった。




