蝶豆
昼休みから大分早く戻ってきた。
部屋の窓の外からキボウがはしゃぐ声が聞こえたため、様子を見に行ってみようと思ったのだ。
「ユリ様、お早いお帰りですね」
「ちょっと外を見に行こうと思ってね」
倉庫側から外に出ようと厨房を通ると、リラから声をかけられた。
「何でも、花が咲いたからとユメちゃんがおっしゃって、ホシミ様もご一緒に見に行かれていますよ」
「え、そうなの!?」
「はい」
「私も見に行ってくるわ」
ユリは慌てて畑を見に行った。
そこには、バタフライピーが、きれいな青を輝かせるように咲いていたのだ。ユリの予想よりもたくさん。
「うわ! 凄いわね!」
「ユリ、来たのにゃ!」
「さいたー、さいたー」
「戻ってきたら誘おうと思ってたんだよ」
バタフライピーは、まだそんなに大きくないのに、1株に2~3花ついている。記憶より、花自体も大きくみえる。
「もしかしてキボウ君が面倒見ているから、立派なのかしら?」
「やっぱり、何か違うよな」
「キボウ、凄いにゃ」
「キボー、すごーい、キボー、すごーい」
前回は、7月に入ってから買ってきた鉢植えだったので、種から広い場所で育てたものとは違うとはいえ、予想以上に良く育っている。
「せっかくきれいに咲いているけど、株のためにも花を摘みましょう」
「ユリー、とるー?」
「バタフライピーの、咲いている花を摘み取るわ」
「アンチャン!」
キボウの掛け声で、舞い上がった花がユリの手元に降ってきた。
「相変わらず、キボウ君は凄いわね。どうもありがとう」
以前は、届かない高い場所の花を、躍起になって取っていたなぁと思い出し、ユリは少し笑ってしまった。
「見るだけなら、一重の方が花は美しいと思うけど、実用的には、八重よね」
「そんなに違うのにゃ?」
ユリがバタフライピーの感想を言うと、ユメが聞いてきた。
「八重咲きの花は、花弁3倍だからね。色の出方が違うわ」
「凄いのにゃ。取った花はどうするにゃ?」
「このままハーブティーにできるけど、普通は保存のためにも干して乾かすわ」
「そのまま使えるのにゃ?」
「戻って飲んでみる?」
「飲んでみるにゃ!」
「のむー、のむー」
まだ昼休み時間なので、すぐに飲んでみることにした。ソウは部屋に戻るらしい。
ハーブティー用のガラスポットに、摘みたてバタフライピー2花、レモングラス少々、ステビア1枚分、沸かしたお湯を注ぎ入れ、5分間待つ。
乾燥させ刻んだ花はすぐに色が出るが、摘みたての花はゆっくりだ。
「思ったより色が薄いのにゃ」
「冷めるまで置いておけば、もっと色が濃くなるわよ」
ユメはキボウと相談したのか、時送りをしたらしい。キボウが小声で「いちじかーん」と言っているのが聞こえた。
「濃くなったのにゃ!」
「あおー、あおー!」
「それ、温いでしょ? しっかり冷やしたら?」
ユリは、ユメに冬箱を手渡し、仕事の準備を始めた。
再びキボウが時送りをし、ユメとキボウは、しっかり冷えたバタフライピーの冷茶を飲んでみたらしい。
「甘くて飲みやすいのにゃ」
「あまいー!」
「甘いのは、ステビアの葉のおかげね。良い香りはレモングラスね」
リラはユメから少し分けてもらっていた。
「ユリ様、これ出しませんか?」
「え?」
「この、冷やしたバタフライピーティーです」
「ああそれ、作って出す?」
「出しましょう!」「出すにゃ!」「だすー、だすー!」
「あー、それ出すんだ」
ソウも部屋から戻ってきた。午後からは手伝ってくれるらしい。
「とりあえず、10リットルくらいお湯沸かしてみる?」
「それ、何人分にゃ?」
「20~30人分くらいね」
「レモングラスはどうしますか?」
「茎の方を45gくらいね」
リラは、ささっと計量していた。
「ステビアはどうしますか?」
「3gくらいね」
「バタフライピーは何グラムですか?」
「乾燥を12gくらいかしらね」
ユリの持ってきた大きめな出汁パックに入れ、沸かした鍋のお湯に浸けた。
「袋から青い色が出てきたにゃ。色が水に沈んで行くにゃ」
「蓋をして、放置してちょうだい」
ソウが、邪魔にならない場所に移動してくれた。
「そろそろ仕事を始めるわ」
イリスも戻ってきていて、仕事の状況も確認済みらしい。
本来の営業時間を目指してやって来たお客たちは、すでに店が開店していてかなり驚いたらしい。それでも、並ばずに入れることを喜んでいると、メリッサが報告に来た。
「リラちゃん、私がいない間に呼ばれたりした?」
「はい、ユリ様。ラベンダー様がおみえです」
「そうなの? すぐにお店に、」
「ユリ様、こちらにお呼びしませんか?」
「あー、葉君にも会ったこと有るだろうし、こっちに呼びましょうか」
「では、私がお呼びしてまいります」
ユリとソウの結婚式と、カエンの婚約式の時に会っている。
すぐに、ラベンダーはやって来た。むしろ、リラの方が後から追ってきた。
「ユリ様!」
「ラベンダーさん、来てくれてありがとうね」
「私が、お役に立てる日がまいりました!」
お役に立てる? 何のことだろうとユリが考えていると、ラベンダーは厨房をキョロキョロしていた。
「なにか探しているの?」
「明日の分の若鮎は、作らないのですか?」
「あー、明日は『にゃんこ焼き』よ」
「なんですってー!」
リラが現物を持ってきて、ラベンダーに見せていた。
「お猫様ですわ! これはどのように?」
「若鮎とほとんど一緒よ。外生地を折る方向と、模様が違うだけ」
「この美しい模様は、どのように」
「リラちゃん、まだ生地有るわよね?」
「はーい。準備します」
リラは、にゃんこ焼きを作る準備を整えてくれた。外おやつ用はまだ焼いていないので、生地は残っている。
「ラベンダーさんの手は、私より大きいわね。リラちゃん、Mサイズの軍手持ってきてくれる?」
「はい。用意済みです」
リラの準備は抜かりなかった。
ラベンダーに、若鮎との違いを作りながら説明し、鉄板1枚分の皮を焼いたところで、焼きゴテの種類を見せた。
「どちらも素敵ですわね!」
「この焼きゴテを直火で焼いて、皮に軽くのせるようにして焼き印を押します」
皮が焼き上がり、求肥を包んだ後、焼きゴテをポンポンと押していく。
「凄いですわ! 焼けた模様なのですわね」
市場などを見れば、木の箱や樽に焼き印があることもあるが、そういったものを見る機会がなければ、焼き印そのものを見ることがないのかもしれない。
「好きに作って構わないけど、火傷だけ注意してね」
「はい、ユリ様」
ラベンダーは好きに作っているので、ユリはリラに、明日の外おやつ用を焼く説明を始めた。
「少し形の違うものを作ろうと思います。切ってある小さい方の求肥の幅より少しだけ大きいくらいに皮を焼いて、焼けた皮の端に置き、クルクル丸めるようにして、取ります」
「これはこれで、売れそうですね」
「あなたは何でも売るわね。ふふふ。いちいち形を作らないので、作業性は良いと思うわ」
「では、作っていきます」
「頼んだわね」




