文盲
1番にメリッサが来て、2番目にマヨネーズを作る2人が来て、3番目にイポミアとベルフルールから今日の担当が来て、イリスが来て、納品にマーレイが来て、遅くてもこのくらいの時間までにユメとキボウが戻ってきて、大体一日が始まる。
今日は、薔薇園を見に行った翌日。
リナーリが、イポミアと一緒に少し早目に出勤してきた。
「ユリ様、おはようございます。これ、頼まれていた折りバラです」
「リナーリちゃん、おはよう。折りバラありがとうね。随分と頑張って折ったのね」
折りバラは全てユメが管理しているが、今居ないので、ユリが受け取った。花が15個有る。
「イポミアさん、エプロンを貸してくれる?」
「はい。休憩室から持ってきました」
以前はユリが全部洗っていたが、今は各自が洗い、予備を休憩室に置いていて、汚れの落ちないものだけユリが洗い直したりしている。
出掛ける前のソウに頼み、リナーリを厨房に出入りできるようにしてもらった。
「ユリ様、薔薇はいつ加工しますか?」
マヨネーズを作りながら、リラに質問された。
「リラちゃんが見たいなら、明日にするわよ?」
「では、絶対明日でお願いします」
横にいたマリーゴールドが少し笑っていた。
シィスルが出勤してきて、今日の予定を尋ねてきた。
「そこのメモに有るわ。今日から見習いをすることになったリナーリちゃんよ。先輩として面倒見てちょうだいね」
「はい。では、計量からいきます」
ユリは、メリッサやイポミアに指示を出しながら、雑務を頼んでいた。少しすると、シィスルがユリのもとに来て、小声で話しかけてきた。
「ユリ様、彼女、文盲です。文字を教えますか?」
「え?」
ユリは、この国の識字率があまり高くないと知ってはいたが、ちゃんと理解していなかった。今まで接したほとんどの人が文字を読め、計算が出来たから、確認を怠ったのだ。よく考えれば、アルストロメリア会で泊まり込んだ時、各人の札が名前の文字ではなく、名前の花の絵だったことを思い出した。
「シィスルちゃんは、いつどこで覚えたの?」
「家が商売をしていますので、幼い頃より、読み書き計算は教えられました」
「あなたが文字を教えながらで仕事になる?」
「少し厳しいかもしれません」
マヨネーズを仕込み終わり、帰ろうとしていたリラが、ヒソヒソと話し込んでいるユリとシィスルを不思議に思ったのか、近づいてきた。
「シィス、どうかしたの?」
「リナーリちゃん、一切文字が読めないみたいです」
「え? そうなの?」
どうやらリラも把握していなかったらしい。
ユリは困った。ユリが文字を教えるわけにはいかないからだ。計算や九九は良いが、文字だけはこの国の人が教えないと、何らかのズレが起こる恐れがある。ソウとユメは、双方読み書き出来るようだが、ユリには出来ない。
リラが、イポミアを呼んできた。イポミアに確認すると、自己申告では、おおよそ読めるようになったと聞いていたそうだ。なので、直訴を止めなかったらしい。
「リナーリちゃん、指示書や配合の記載は読める?」
「ユリ様ごめんなさい。じつは全く読めません」
数字や計算も少し怪しいらしい。文字はともかく、数字の理解が出来ないのは大変困る。それ量っておいて。とすら言えないのだ。
「リナーリ、しばらくうちに来て仕事することにしない?」
「リラ姉のお店?」
「うん。それなら私もいるし、シィスとマリーが教えられると思うよ」
「リラ姉は、私が読み書き計算が出来なくても良いの?」
「ずっと出来ないのは困るけど、二人がかりで教えられるから、問題ないと思うよ」
「わかった。リラ姉お願いします。ユリ様、迷惑をかけてごめんなさい」
丸く収まりそうな流れだった。
「ユリ様、大変申し訳ございませんでした。この責は私が負いますので、どうか妹の事はお許しいただけないでしょうか」
イポミアが、厨房で土下座して謝っていた。
ああ、そうか。私、偉い人だった。
ユリは自身の立場を思い出した。ユリの認識では、単なる自分の確認不足なのだが、この状況的には、嘘の履歴や経歴で王族を騙したことになる。
どうしたら丸く収まるかなぁと、ユリは考えていた。
「お姉ちゃん、なんで、」
「リナーリ、ミア姉が謝っているの、何故だかわからないの?」
リラが、リナーリに尋ねた。
「私が文字を読めないから?」
「違うよ。読めないことで、誰も責めたり怒ったりはしないよ。嘘を言って、人を騙したことが罪なんだよ。ユリ様はおそらくなにも咎めないと思うけど、他の貴族に同じことをしたら、打ち首になるんだよ」
「え・・・。ユリ様、ごめんなさい。お姉ちゃんは知らなかったんです。私が読めるって言ったんです。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
リナーリは泣き出した。ユリはイポミアを立たせ、リナーリに話しかけた。
「私は誰も咎めるつもりはないし、むしろ私の確認不足と考えているわ。それでね、私は文字を教えられないのよ。この国で生まれた訳じゃないからね。だから、私から教わってしまうと、この国にかかっている翻訳の魔法が切れることがあったとき、誰とも言葉が伝わらなくなってしまう可能性があるのよ」
全員が驚いたようにこちらを見た。
「リラちゃん、頼んで良いの?」
「はい。私は構いません」
「リナーリちゃん、リラちゃんのお店にいく?」
「はい。ユリ様ごめんなさい。お姉ちゃんごめんなさい」
「ユリ様、私が責任をもって預かります!」
「よろしくお願いするわね」
リナーリは、ベルフルールへ戻るリラとマリーゴールドに連れられていった。
「ユリ様、寛大なご配慮、」
「あー、私は怒ってないし、もう良いのよ。それより、きっと落ち込んだりすると思うから、私は怒ってないと帰ってから伝えてね」
「かしこまりました。ユリ様、どうもありがとうございます」
シィスルとメリッサが、ほっと胸を撫でおろしているのが見てとれた。
少しして、城から戻ってきたユメが、リナーリが居ないことを驚いていた。




