薔薇
Sの日。
「ユリ様、手伝いに来ました!」
「あら、ありがとう」
リラが朝早くから厨房に顔を出した。早くと言っても、8時なので、仕事がある日より少し早めと言う感じである。
「あとは何をしますか?」
「この具を全部おにぎりにします」
相変わらず、ユリはその日の朝にお弁当を作っている。
9時に集合と決めてあり、今日は、ソウおすすめの薔薇園を見に行く予定なのだ。先週と予定を入れ換えた季節の花の見学である。
おにぎりが作り終わる頃、メリッサとイポミアも顔を出した。メリッサは、シーミオを連れていて、皆ワンピースを着て、お洒落にしている。
「あら、リナーリちゃんは来ないの?」
「家で、バラを折りたいそうです」
折り紙の花がお金になると知り、凄い勢いで折っているらしい。ユメが頼んだ納期は、2週間以内に14個なのだが、一昨日頼んだものが、そろそろ作り終わりそうだと、イポミアが話していた。
「リナーリに追加を頼んだ方が良いにゃ?」
「出来を確認してから、お願いします」
リナーリは、1花作るのに40分ほどかかるらしいが、それでも時給換算すると1050☆になり、破格の内職になるらしい。子供の手伝いなど、お駄賃程度が普通なので、物凄い厚待遇なのだそうだ。
「20分以内に作れるようになったら、イポミアの時給を越えるにゃ」
「越えるかもしれませんが、1日中折りバラを折り続けるのは、ちょっと、無理です」
「無理しすぎないように言っておいてにゃ」
「はい」
「イポミアさん、今日見に行くのは薔薇なんだけど、伝えても来ないかしら?」
「バラを見に行くのですか!? ちょっと戻って聞いてきます」
ユリの説明に、何か考えがあるらしいイポミアが、慌てていた。すると、キボウがイポミアの手を取り、転移していったのだ。
「あらキボウ君は、イポミアさんのお宅も知っているのかしら?」
「キボウはなんでも知っていると思うにゃ」
「そういえば、そうかもしれないわね」
少しすると、可愛らしい服を着たリナーリを連れたキボウとイポミアが戻ってきた。
「お待たせしました。やはり参加させてください」
「ユリ様、今からさんかしても良いですか?」
「はい。歓迎します」
ユリとリラはお弁当を作り終わり、皆でソウの戻りを待っていた。
「ただいまー。お、揃ってるな。出掛けられる?」
ソウは訪問先に、根回しとお土産を置きに行ってきたのだ。ユリたちだけなら事前の確認も要らないが、店の従業員とその家族を連れていくので、新たに確認をしたのだった。
反対されることはないだろうが、知らないのと、知っているのでは、大分違うだろうし、印象も違うと思われる。
「大丈夫よ。私が5人担当するわ」
「俺はユメとキボウを連れていくよ」
「シーミオちゃんとリナーリちゃんは、私と手を繋いでね。メリッサさんとイポミアさんは、片手をご家族と繋いで、片手で私につかまってね。リラちゃんは背中からつかまって貰える?」
全員が返事をすると、ユリは転移した。
「すゅごーい!」
「す、すごい」
「あう、」
「うわ、」
「うはは!」
若い方が、転移酔いが軽いらしい。メリッサとイポミアは、軽く呻いたあと、座り込んでしまった。何度目かのリラはノーダメージらしい。
「メリッサ、イポミア、大丈夫にゃ?」
「ちょ、ちょっと、お待ちください」
「夢で高いところから落ちたような気分です」
後から転移してきたユメが心配していた。
「あまり気分が優れないようなら、無理せず教えてね」
「もう大丈夫です。一瞬、お酒に酔ったような感覚に陥りましたが、普通に戻りました」
「私は、少し気持ち悪かったんですが、すぐ治りました」
「しーちゃん、へーき」
「ビックリしました」
「皆大丈夫なら行くぞ」
ソウについて行くと、高い木が囲うバラ園に到着した。ここは、色々な種類のバラが育てられているらしい。
とても良い香りが、風に乗って漂ってきた。
「うわー! 良い香りー!」
「おー、見学前に、注意事項な。花には触らないこと。植え込みには入らないこと。園内は走らないこと。よろしくな」
「では、3時間ほど自由に見学してください。疲れた人は、東屋で休んでください。飲み物も用意しておきます」
皆は、ユメに貰ったばかりのお絵かきセットを持参していて、リラに描き方を習っていた。なんと、ユメとキボウも、スケッチブックを持っている。
「ユリは絵を描かなくて良いの?」
「うふふ。学生時代に『画伯』の名を欲しいままにした私に、それを聞く?」
「味の有る絵ってことだよ」
一般人が理解できない程に絵が独特すぎる人を、からかって「画伯」と呼んでいるのだ。
「なら、少し描いてみるわ」
ユリは一番気に入った、良い香りの花を描くことにした。そもそも選定から間違っている。香りの良さは、絵には描けない。
同じ花をソウも描いてみた。下書き時点で、ソウの絵は素晴らしかった。ぬり絵の線のような太さはあるが、花を正確にとらえている。
ユリの絵は、下書き時点から異次元の景色だった。本当に薔薇を見ているのか確認したくなる、この世の物とは思えない何かの絵だった。
ところが、ユリは色を塗ると、花を描いているのが分かる絵になってきた。逆にソウは、赤い花は一面赤く塗り、濃淡が全く無い。ぬり絵の線の中を同じ色で塗りたくったような出来上がりだった。使う色が3色程度なのだ。
なんと言うか、二人とも残念な絵である。
「うふふ。自分の絵が下手なのは、理解できるんだけどね」
「絵としては、俺より上手いよ」
「ソウは、下書きの時点では、凄く上手だったわよ?」
「二人とも才能がないってことで、諦めよう」
ユリは全体の印象を自分の中でとらえて想像を描いていて、ソウは知識としての理解で描いているのだ。だから赤いと思うものは、ひたすら赤い。
「さあ、諦めて、花を見て回りましょう」
「そうするか」
東屋に保温ボトルでお茶を置き、紙コップとパウンドケーキも置いてきた。
「あら、この薔薇は、とても美味しそうな香りがするわ」
「美味しそうな香りって?」
「バラジャムみたいな香りって言うのかしら?」
「なら、さっきの薔薇は?」
「香水系の香り?」
「成る程、そういう違いなのか」
見て回ると、物凄く地味な、緑色の小さな花があった。
「これも薔薇なのか?」
「あー、これは確か、薔薇の原種だったと思うわ」
「そっちに有る、薔薇っぽくない花は?」
「一重咲きの薔薇ね」
「これ、葉っぱがなんか違うな」
「ハマナスじゃないかしら? この辺は、原種とかそういうのなのかしらね?」
しばらく進むと、エリアが変わったらしく、大きな花が増えてきた。
「名前が付いているけど、見知った名前がないな」
「私たちが知っている改良品種は無いんじゃないかしら?」
「それもそうか」
かなり広い薔薇園を、端から端まで見るには、かなり歩くのだった。
ユリとソウが東屋に戻ってくると、リナーリ以外が椅子に座っていた。
「あら、リナーリちゃんは?」
「その辺で絵を描いています」
「そろそろお昼ごはんにしようと思うんだけど、良いかしら?」
「今呼んできます」




