花型
お店が開店した。
「ユリ様、午後は何しますか?」
「午前中と同じ、ボールチャーハンを120個仕込み、トマトソースを温めつつ、木曜日のデザートを仕込みます」
リラと話しながら注文品を仕上げ、午前中よりも素早くボールチャーハンを仕込み終わり、50個は揚げ終え、残り70個は揚げるだけの状態まで仕上げ、一段落すると、ユリはリラに指示を出しながら、花型でマドレーヌを作ることにした。
「ユリ様、これ、なんですか?」
そこに置いてあるスプレー缶を持ち、リラが質問してきた。
「離型剤。成分は油よ。一つ一つ刷毛塗りで、型に溶かしバターを塗っても良いけど、仕事として大変でしょ?」
「どうやって使うんですか?」
「本体を握って、上の部分を人差し指で押すと、霧状の油が噴射されるわ」
「これを使うんですか?」
「あ、その予定だったんだけど、この型、加工されててくっつかないのよ」
「え!? 凄い!」
リラは離型剤を置き、今度は型を凝視していた。
「ま、でも、洗剤をつけて洗ったあとは、離型剤を使うか、バターを塗って使ってね。でも、連続で焼くなら、むしろ余分な油を拭き取る様かもしれないわ」
「はい!」
まずは、ノーマル生地を作り、色を着けないマドレーヌを焼く。アーモンドプードルをたっぷり混ぜた生地で仕込み、絞り袋を使い、花型の鉄板に流し込んでいく。
1色目の仕込みが終わり、オーブンに入れたあと、次の仕込みの用意をしながらリラから質問された。
「全部で何個作りますか?」
「今焼いているのが、2度目の、40個出来る鉄板を5枚だから、1色合計400個ね。それを、何色か作る予定よ」
感心しながらリラは話を聞いていた。鉄板は10枚あるが、5枚分ずつ仕込んでいた。オーブン1段に入るのが、鉄板5枚だからだ。
2色目を仕込むために、最初に焼いたものをオーブンから取り出した。
「あ、そういえば、薔薇の花の色によって、縁起が悪いとか、いやがられるとか、何かそういうのある?」
「えーと、マリーに聞いても良いですか?」
「お願いします」
リラは以心伝心を送ってくれたのか、シィスルとマリーゴールドが、すぐに来た。
「二人とも、どこから来たの?」
「お昼ご飯をいただいたあとは、お花の本を閲覧するために、休憩室に居りました」
来るのが早いと思ったら、すぐそばにいたらしい。
ついてきたシィスルが、花型のマドレーヌの焼き上がったものを見て喜んでいた。
「お勉強中呼び出してしまってごめんなさいね。薔薇の花の色で、縁起が悪いとか、何か謂れがあったりするか知りたかったんだけど、何か知っていたりする?」
シィスルとマリーゴールドが教えてくれたのは、薔薇は愛の告白をするときに贈る花で、意中の相手の好きな色を調べて贈るもので、色によっての人気の差はあまり無いらしい。なので、植物として実際に存在しない色でも、刺繍や絵なら存在するらしく、どんな色でも喜ばれると説明してくれた。
「なら、プレーン、イチゴ、ブルーベリー、ココアとかで良いかしらね」
「白バラは作れないのですか?」
既に焼き上がっているプレーンは、卵の色で、黄色い花に見える。
「黄身の色が薄い卵を用意することも出来るけど、本当に真っ白にしたいなら、焼き上がったあとで、ホワイトチョコでもコーティングすると良いと思うわ」
ユリは仕込みながら、シィスルとマリーゴールドの質問に答えていた。
「花びらの色が均一ではない花は無理ですか?」
「花びらの先が色が違う感じ?」
「どんな感じでも良いです」
「少しプレーンの生地が残っているから、試作してみる?」
「はい!」「私もよろしいでしょうか?」
シィスルとマリーゴールドが試作すると言うので、ユリは、シリコン製の花型を出してきた。この型は18個出来上がる。試作にはちょうど良いだろう。
「イチゴ等の粉を焼き型に茶漉しで振りかけて、少しトントンとして、粉を花弁の上側(型の低いところ)に集めて、そこに生地を入れて焼けば、全体の色が均一ではない花が焼き上がると思うけど、きれいに出来るかはわからないわ」
「作ってみます!」
「他には、花の中心部分にだけ違う色の生地をのせて、他の色の生地を足せば、中心だけ色が違う花にならないかしらね?」
「両方試してみます!」
ユリは、花びらの色が均一ではない薔薇の花を思いだしながら、助言していた。
実際に作ってみると、粉を足した方は、じんわりとにじんだように混ざっていたが、色の違う生地を足した方は、全く馴染まず、生地を混ぜ損なったみたいな出来上がりになった。
「粉を振るった方が、想像した花に近いものが出来ました! ユリ様、ありがとうございます」
「そうなのね、良かったわね」
注文品を取りに来たユメが、ユリの手元を覗き込んでいた。
「何作ってるにゃ?」
「薔薇のマドレーヌよ」
「お店で売るのにゃ?」
「その予定だけど」
ユメは何か考えている様子だった。
「ユリ、折り紙有るにゃ?」
「作業部屋に、まだたくさん有ると思うわ」
「あとで欲しいにゃ」
「どうぞ。無くなる前に教えてね」
「ありがとにゃ」
なぜ突然折り紙なんだろうとユリは少し不思議だったが、あとで物凄く感心する事になるのだった。




