特注
厨房にはユメが伝えに来たが、店ではイポミアが客にしつこく頼まれていた。
「いらっしゃいませ。何かございましたか?」
「あ! ユリ・ハナノ様!」「ユリ様」
「イポミアさん、下がって良いわ」
イポミアを下がらせると、ユリは客に直接話を聞くのだった。
「お話を伺います」
「あ、はい、あの、その、えーと、美味しいです」
「ありがとうございます」
「それで、もう1つ食べたいのです」
「明日もお出し致しますが、本日は、他の軽食では駄目なのでしょうか?」
「明日は来られないのです」
「店側の事情ではございますが、150食作るのが限界なのです。全ての希望者に2食提供するには、デザートも何も作らないで対応せねばなりません。軽食とデザートの店なので、デザートを出さない営業はできかねます。大変申し訳ございませんが、他の物をご注文いただけますよう、お願い申し上げます」
最初はユリに緊張していたようだが、ユリが丁寧な物言いをするので、安心したらしい。
「他の物と言ったって、他はみんな食べたことがあるし」
「初出の物ならよろしいのですか?」
「何でも良いわけではないのですが、まあ、そうです」
ユリは指輪を首のネックレスから外し、杖に変えてそれを振った。
「こちら、スパゲッティミートソース、こちらは、スパゲッティカルボナーラ。どちらも賄いで出しただけで、店では出したことがない料理です。特注料金になりますがこちらでよろしいですか?」
当人も回りも、目を真ん丸にして、驚いていた。
「どうですか?」
「は、はい!よろしいです」
ユリのそばにイリスがいた。
「イリスさん、フォークお願いします」
「かしこまりました」
「ごゆっくりどうぞ」
ユリは厨房に下がり、チーズをのせる続きをしようと思ったら、作業台に物がなかった。あれ?と考えていると、シィスルが教えてくれた。
「ユリ様、マーレイさんがチーズをのせ、冷蔵庫にしまっていました」
「シィスルちゃん、ありがとう」
倉庫から戻ってきたマーレイにお礼を言っていると、イポミアが来た。ユリにお礼を言いたいらしい。
「ユリ様、どうもありがとうございました。それで、あれはいくら貰えば良いんですか?」
「無理な特注品は、料金3倍ですので、各1500☆です」
「か、かしこまりました」
イポミアは、慌てて戻っていった。すぐメリッサが来て、ユリに尋ねた。
「ユリ様、あのスパゲッティは、お店で出したりはしないのですか?」
「ミートソースの方なら出しても良いわよ。カルボナーラは、私一人で15人前作るのは不可能だから、デザートも飲み物も作らなくて良い日じゃないと、難しいかもしれないわね」
つまり、温かい飲み物の注文がなく、午前中にデザートが作り終わらないと不可能なのだ。ユリも言っていたが、専門に勉強していないから、最初に覚えた作り方以外しらないということなのである。
「午前中に作って、保存はできませんか?」
「まあ、それなら。手伝ってくれる?」
「はい!勿論です!」
メリッサが手伝うらしいので、そのうち作ることになるだろう。
少しすると、外販売の厨房預かり分を、イリスが取りに来たが、マーレイが対応し、持っていってくれた。
「ユリ、足りなくなったらどうするの?」
「時間によるわね。後30分で閉店なら売り切れにするし、それより前なら、今日作った分を出そうかしら」
ソウが心配してくれたが、外販売が売り切れたのは、結局閉店3分前だった。店内持ち帰り分の残りそうな数を、外に持っていったそうだ。店内分は、閉店20分前にラストオーダーを通すので、先に必要数を把握できるのだ。
少し話を戻す。閉店時間が近づき、ユリはボールチャーハンの数を数えた。総数で200個ほど作り、従業員で37個消費し、今現在、未調理が10個、調理済みが8個残っている。145個売れたのだろう。来客のほぼ全員が食べたと思われる。
トマトソースを温め、タッパーウェアに入れ、使い捨て用の椀型の紙皿に、トマトソースとボールチャーハンを1つ入れて仕上げた。
「メリッサさん、5分前だけどあがって良いわよ。これ持っていってね」
揚げたてのままユリが保存していたので、まだ湯気が出ているボールチャーハンを4個と、タッパーウェアのトマトソースを渡し、仕上げてあるボールチャーハンを1つ渡した。
「ありがとうございます!」
メリッサが帰り、他の皆も片付けを始め、簡単に片付けたところで夕飯が揃った。
「苦味があるので無理にはすすめませんが、こちらはコーヒーゼリーです。仕上げは、乳脂肪が少し低めの生クリームをかけ、混ぜるようにして食べます。甘味が足りないと感じる人は、シロップを足して食べてください」
ユリは、苦いので食べない人もいると思い説明したが、初出のデザートを食べないと言う選択肢は、誰一人持ち合わせていないのだった。
「ユリは食べないのにゃ?」
「うん。夜コーヒーを飲むと、眠れなくなっちゃうのよ」
「ゼリーでもにゃ!?」
「明日も食べて良いから、ユメちゃんも夜は1個にしておいた方が良いわよ?」
2個目を持ってきて食べようとしていたソウの手が止まった。ユリの助言でユメが遠慮するのに、食べるわけにはいかないと考えたのだろう。
「ソウは良いのにゃ?」
「ソウは、コーヒーをブラックで飲めるから、大丈夫なんじゃないかしら?」
ユメがソウを見て、とても不思議そうな顔をしていた。
キボウはと言うと、ゼリーと同量かと思えるほどシロップを足し、満足そうに食べていた。
シィスルやイポミアの感想は、大人の味。イリスやマーレイは、生チョコと同じ味がする。お手伝いの4人は、ものすごく気に入ったらしく、販売して欲しいと言っていた。メリッサには、明日、リラとマリーゴールドと一緒に食べさせようとユリは考えている。




