香水
遅くなりまして申し訳ございませんです。
各自が好きなように花を見て回っていたが、ユリの指定した集合時間になったため、皆、東屋に集まってきた。
「しっかり堪能できましたか?」
「はーい! たくさん絵も描けましたし、しっかり見て回りました!」
ユリの問いに、リラはスケッチブックを高く掲げていた。
「とても綺麗な花で、感激致しました」
イリスも絵を描いたらしく、1枚見せてくれた。とても素敵な絵だった。
「葉っぱだけのショウブも有ったにゃ。子供の頃にお風呂に入れたことがあるにゃ!」
「ユメ、それ、たぶん違うぞ?」
ユメの報告に、ソウが疑問を呈し、ユリの方を見た。
「お風呂に入れるのは、確かに『菖蒲』だけど、花が咲いていなくても、あの辺に有るのは、『花菖蒲』よ」
「ショウブとハナシヨウブは違うのにゃ?」
ユリが簡単に説明したが、ユメは混乱しているようだ。
「具体的に言うと、菖蒲湯に使う『菖蒲』は、ああいう綺麗な花は咲かないわ。例えるなら、蒲の穂のような見た目の、かなり地味な花なのよ」
「知らなかったにゃ。ずっと、同じ植物を花と葉で別けて呼んでいるんだと思っていたにゃ」
「結構知らない人が居るらしいわよ。菖蒲湯に、花菖蒲の葉を使ったなんて話も聞いたことが有るわ」
その他にも、菖蒲にまつわる話を話した。おとなしく聞いていたリラだったが、話が一段落すると、質問してきた。
「ユリ様、ショウブユとは何ですか?」
「菖蒲湯はね、粽を食べる日(こどもの日)のお風呂には、菖蒲と言う植物の葉を入れるんだけどね、菖蒲と花菖蒲を名前で勘違いする人が居ると言うお話よ」
「以前ユリ様がおっしゃった、入浴剤の一種ですか?」
「広義にとらえればそうね。他には、冬至に柚子湯くらいしかしないけどね。その日は、南瓜や、小豆粥等を食べるのよ」
「ショウブユはわからないけど、柚子の入ったお風呂は、美味しそうな香りで満たされそうですね。あれ? その、柚子湯は入ったんですか? お店でカボチャと小豆粥のイベントは記憶に有りませんが」
「確か去年の冬至は、皆で足湯に行った日かしらね。お店休みだったからね」
「それで、イベントがなかったんですね」
「忙しくて私が忘れていたと言うのもあるわ」
話している真ん中あたりに、キボウが歩いてきた。
「ユリー、ごはんー」
「キボウ君、お腹空いたわね。皆さんもお昼ごはん食べましょう」
ユリが作ってきたお弁当と、リラが作ってきたお弁当を、皆でつまみながら色々話した。
「お休み明けのフルーツ宝箱、人が押し寄せそうですね」
「アイスクリームは毎回凄かったんだよ! 毎日、お父さんとホシミ様が何回も作って、それでも売り切れたりして、ユリ様が過労で倒れるほど売れたんだよ!」
イリスが言うと、リラが答えていた。
「そうなのにゃ?」
「ユメちゃんは、大変ではなかったのですか?」
イリスが聞いてもユメは、思い出せないのか、反応が薄い。
「ユメ、夏のアイスクリームは覚えてないのか?」
「夏のアイスクリームにゃ?」
ソウが具体的に聞き直した。それでもユメの反応は薄いままだ。
「ユメちゃん、私の里帰りは覚えている? カエンちゃんと2人でお出掛けしたことは?」
ユリは、アイスクリームより後の、9月の話を尋ねてみた。
「カエンと、2人で出掛けたのにゃ?」
ユリとソウは悟った。ユメの記憶から8月が完全に消え、9月も怪しいことを。
「思い出せる一番古い記憶は何だ?」
「ポテトサラダを食べたにゃ! 生クリームのバラを絞ったにゃ!」
「9月の半ば辺りかしら」
イリスとリラも、ユメの記憶がないことに驚いていた。リラはユリからユメの記憶について知らされてはいたが、目の当たりにしてショックを受けたのだった。
「私はその頃、役立ったのにゃ?」
「とっても助かったわ。開店前に売り切れが確実になって、寝ているユメちゃんを起こしてまで、追加を作ったりしたのよ」
「それなら良かったにゃ」
「ユメはいつでもユリの役に立ってたぞ。ユメの働きすぎをユリが心配するくらいだったぞ」
「働きすぎはユリの方にゃ」
「それは否定しないが、」
「えー、そこは否定しておいてよ。ソウ」
「にゃはは」
ユメが笑ったことで、場が和んだ。
「皆食べ終わっているみたいだし、次行くか?」
「そうね。次も楽しみだわ」
「ユリは行き先わかったのにゃ?」
「確認した訳じゃないけど、見当がついたわ。恐らく紫丁香花ね」
ユリとユメが話し込んでいると、キボウがソウに話しかけ、2人で消えた。予想通り、キボウだけ戻ってきた。
「つかまるー」
4人でキボウにつかまると、転移した先は、とても良い香りがした。
「うわー! 良い香りー!」
「予想以上だわ!」
「良い香りですね」
「花の香りにゃ? 何の花にゃ?」
「ライラックー」
「やっぱりね」
ユリの予想通り、ライラックだった。紫丁香花はライラックの和名だ。アイリスの次なので、ライラックだろうと考えたのだ。
「え!? これがリラなんですか!?」
「ライラックの香水を作る工房、花畑の見学だ」
「あ、リラの花なのですね!」
ライラックと言われ、リラはすぐに気づいたが、イリスはリラの反応を見るまで理解していなかったようだ。
ピンク色や紫色の小花が集まって、こんもりとした花が枝先に集まっている。風に乗って甘い良い香りがする。
「木の下に入らないなら、木の側で香りを楽しんできて良いぞ」
「下はダメなのですか?」
「無駄に踏み荒らすと木の根が痛むからな」
各自が好きな花の香りを確かめに行った。何種類か植わっているので、花によって少し香りが違うようで、好みの香りを探していた。
「あれ? これとそれは同じ種類の花みたいだけど、香りの強さが全然違う!」
リラの後ろに居たキボウが、木の真下まで行き、木を診察しているようだった。
リラが香りが弱いと言った木を、キボウは確認し、弱っている理由をリラに説明したらしい。
「ユリ様、キボウ君が仰るには、この木が弱っている理由は、工房からの蒸気があたるからのようです」
「あら、それは大変ね。是非伝えましょう」
工房内も見学させてもらえるらしいので、訪問すると、大歓迎で迎えられた。
早速キボウからの診断を話すと、慌てて工房の外に出て、煙突を確認していた。
「なんて事だ。先日の風で向きが変わってしまったようだ」
本来は、木の無い川側に煙突は向いていたらしい。
「教えてくださり、誠にありがとうございます」
キボウにお礼を言いに来た。
「あついー」
「え?」
リラが通訳に入る。
「ライラックの木が、熱いと訴えているそうです」
工房が稼働中で、火を落とさないと煙突に触ることは出来ないらしく、困っていた。そこにソウが声をかけた。
「火はいつ落とすの?」
「明日には落とします」
「なら、工房と木の間に、3日くらい断熱の結界を張っておくよ。それで対応できそう?」
「そのようなことが?」
「太陽は遮らない向きだし、問題ないと思うよ」
そう言って、ソウは結界を張った。木と同じくらいの幅の結界が工房との間に張られる。ユリやユメには見えるが、工房の人に見えているかはわからない。
「キボウ、これで良いか?」
「みずー」
急いでじょうろに水を持ってきて、キボウに渡していた。
キボウは木の根元に水を撒くと、少し木に話しかけていた。
「▽○□○△◇○」
ふさぁーとライラックの枝が揺れ、キボウが木から離れた。
「だいじょぶー!」
一同が安堵した。
その後の見学は、高濃度のアルコールで、花の香りを抽出するのを見せてもらったり、別の工房でライラックの砂糖菓子を作っているのを見せてもらったりした。
ソウ以外ほぼ女性だが、もっとも喜んだのは、高級な香水より、皆、砂糖菓子の方だった。
ユリとリラは、砂糖菓子の他、食用の花をたくさん購入し、大喜びで帰るのだった。花はジャムにするらしい。




