集中
テーブルに冷茶が出ているので、こちらで作らなければならない飲み物の注文はすぐには来ないが、軽食の注文は入る。しかし今日も粽がサービスで出ているので、軽食の注文もすぐには入らなかった。
「さあ、フルーツ宝箱を仕込みましよう」
「何度か食べているんですが、最初から最後まで作ったことはないです」
「あー、そうかもしれないわね」
シィスルとマリーゴールドは帰り、厨房ではソウとマーレイが、アイスクリームを作るためにスタンバイしていた。
ユリが、フルーツ氷を色の薄いものから作り始める。まずは、黄色からだ。
「アングレーズソースは作らなくて良いのですか?」
何度目かの分の材料を量りながら、リラが質問してきた。
「ソウが持ってきた機械ね、殺菌・加熱も含めて全部自動なのよ」
「そ、それは凄いですね。私も動かしてみても良いですか?」
「材料を揃えたら、動かしてみて良いわよ」
ユリが書き直した材料表を参考に、リラが急いで計量していった。
ユリが、各スイッチ等を丁寧に教えると、ウキウキとしながらリラが起動させる。
「うわ、これだけで良いんですか!? これだけで出来上がるんですか?」
「出来上がったらタイマーが鳴るわ」
リラは機械をチラチラみながら、ユリの手伝いに来た。
製氷皿にカットしてある果物を入れ、糖度の薄いシロップを加え、冷凍する。今回もキボウが手伝ってくれるらしく、真冬箱の前で待っていた。
今日のアイスクリーム分は、既に昨日作ったフルーツ氷で足りるので、今作っているフルーツ氷は2日目の分になる。
ソウとマーレイは、冷蔵のココットにフルーツ氷を入れ、冷凍庫にそのココットを移していた。
軽快な音楽が鳴る。
「アイスクリーム出来たわよ。大きいボールを持っていらっしゃい」
「はい!」
リラが、用意してあった大きめのボールを持って、アイスクリーマーの前に来た。
「このレバーを倒すと中身が出てくるから、まずはボールに入れて、それをココットに皆で分けましょう」
「はい!」
リラがレバーを倒した。
「うわ! 思ってたより一度に大量に出てくるんですね!」
ボールに入れたアイスクリームを皆で、フルーツ氷が入ったココットに入れていく。溶けてしまわぬように時間との勝負なので、大慌てだ。ユリは次の材料をアイスクリーマーに投入してからココットの詰め込みに参加した。
「たべるー?」
キボウがリラに話しかけていた。
ユリからキボウの手元が見えないので、何を奨めているのかわからなかったが、キボウを見たリラが少し驚いてから、御礼を言っていた。
「キボウ君ありがとうございます!」
どうやらキボウは、時送り・世界樹様のクッキーをリラに渡したらしい。ユメと同じように、おやつで食べたり、何かあった時に配ることができるようにと持たせている分だ。
急いでクッキーを食べたリラは、3倍速くらいでアイスクリームをココットに詰め込んでいた。
ユリは、ソウとマーレイにも食べるか聞いてみたが、違う作業をしたら集中が続かないから要らないと断られた。時送り・世界樹様のクッキーは、集中が続く限り効果があるのだ。今日は18回仕込む予定なので、 リラはどうなるのだろうと見ていると、集中が切れることなく、早送り状態で動いていた。途中、注文品を仕上げても、リラは集中力が途切れることなく、動き続けている。
4回目のアイスクリームを作り終わった時、ユリがリラを止めた。
「リラちゃん、あなたは少し休みなさい」
「え?」
「休憩室で、目を閉じて15分で良いから休んで来てちょうだい」
「私、何か失敗してしまいましたか?」
「失敗せず、完璧に動き続けているから言っているのよ。疲れが蓄積されて、明日に響いてしまうわ。若さと体力を過信したらダメよ」
先程まで少し心配そうな顔をしていたマーレイが、穏やかな表情でこちらを見ていた。
「わかりました。少し休憩してきます」
リラが抜けると作業効率が落ちたが、皆の緊張もほぐれた。やはり、まわりも早い動きにつられるのだ。
「リラはいないのにゃ?」
「あら、ユメちゃん。リラちゃんにご用?」
「用はないけどにゃ。何かさっき不思議だったにゃ」
「キボウ君からクッキーを貰ってね」
「やっぱりなのにゃ」
「少し休ませたわ」
「わかったにゃ」
先ほどの様子を見かけたユメは、心配していたらしい。ユリからの説明を受けると、安堵した表情をして戻っていった。
そしてすぐに戻ってきた。
「忘れてたにゃ。ピザトーストユメスペシャル3つ頼むにゃ」
ユメは、ピザトースト用の皿などを出してから店に戻っていった。その間、マーレイが組んであるピザトーストを釜に入れておいてくれた。ユリは黒猫型の海苔を出し、焼き上がってからユメを呼んだ。
「ピザトーストユメスペシャル、あがりましたー」
すぐにユメが取りに来て、黒猫型の海苔をのせ、店に持っていった。
「休憩ありがとうございまーす」
ぴったり15分で、リラは戻ってきた。
「ちゃんと休んだ?」
「はい。目を閉じて、長椅子に寝転んで、気がつくと寝ていたみたいで、時計を見たら丁度良い時間だったので、戻ってきました」
「ちゃんと休めたなら良かったわ。明日暇なら花を見に行くわよ。良かったら一緒に来る?」
「はい! お願いします!」
マーレイも誘ったが、グランに何か教える約束をしているらしく、辞退された。イリスは暇のようなので、声をかけて欲しいとお願いされた。
そろそろ閉店の時間に、マーレイから報告を受けた。
「粽の予約券は、全て回収できたようでございます。外販売の方は、まだ30組ほど残っているようで、何か指示があったらと、尋ねられました」
「残りそうなら構わないわ。足りないなら慌てるけど、私の鞄に入れるから、残ったら持ってきてください」
「かしこまりました」
アイスクリームも予定通り、18回仕込み、昨日の仕込と合わせて30回、約1800個出来上がった。フルーツ氷は、今日作った分を少しだけ使った。
夕食も作り終わり、店内用の粽は予定通りの売れ行きだったらしく、残りは1つだけだった。最後の客が帰ったあと、店内に夕食を並べ、最終報告を聞いた。
「持ち帰りセットは、残り10組でございます」
「え? 5分くらいで20組売れたの?」
「はい。乗り合い馬車の最終便に間に合わず、走って来たと言う人が何人か居たのと、使用人連れの馬車で乗り付けた、貴族の使いと言う人に、10組販売いたしました」
「それは、ご苦労様でした。もめる人はいませんでしたか?」
「特に問題はございませんでした」
ユリは全員に粽セットを配り、フルーツ氷を入れていない黒糖アイスクリームも配った。これは、黒蜜を線がけにしてある。
「フルーツ宝箱は休み明けに販売しますが、こちらは黒糖アイスクリームです」
「フルーツ宝箱とは、何処が違うんですか?」
メリッサからの質問だった。
「これは、黒糖アイスクリームに黒蜜をかけただけですが、フルーツ宝箱は、フルーツの入った小さな氷が入っていて、上にはきな粉がかかったアイスクリームです。フルーツの種類が6種類あるので、食べるまで何が入っているかわからないと言うアイスクリームです」
「ありがとうございます。とても楽しみです」
アイスクリームを食べたココナツ食器店の店員が、懐かしそうに呟いた。
「カーナ・デ・アスーカル」
「え? 何ですか?」
「ユリ、サトウキビって意味にゃ」
何とユリの疑問に、ユメが答えた。
「ユメちゃん凄いわね!」
「リラに教わったにゃ」
「そうなの? リラちゃん凄いわね」
リラは、各地をまわっていた頃に、サトウキビを育てている現地で聞いたそうだ。
アイスクリームも食べ終わり、お疲れさまと解散した。




