大猫
城のソウの部屋からベルを鳴らすと、すぐに来たのは、サンダーソニアだった。
「ユリ様!どうかされましたか?」
異国の衣装を着たユリを不思議に思ったらしい。
「あ、急遽、世界樹様に謁見したから、手持ちの正装なのよ」
「何かございましたのでしょうか?」
大分不安そうに聞いてきた。
「キボウ君の話をしに行っただけだから心配ないわよ」
「そうでしたか」
やっと緊張状態から解放されたらしく、サンダーソニアは笑顔になった。
「ついでに、メイプルさんの話も確認してきたのよ」
「ありがとうございます」
どうやらサンダーソニアは、ユリの返事待ちで、ユメを待っていたらしかった。
「サンダーソニアさんにも聞きたいのだけど、どのくらいのものを作れば良いの?」
「どのくらい、でございますか?」
「うん。1人前なのか、10人前なのか、100人前なのか、作るものも違うしね」
「最終的に、御兄様の個人資産から出す予定の物なので、家族向けになります。今なら、4人前有れば良いと思います。多く見積もっても、姉たちを加え、6人前です」
「分かったわ。何時頃届ければ良い?」
「公式ではないので、ユリ様のご都合の良い時間で構いません。母に披露するのは、夕食後になります」
「だったら、昼までに納品するわね」
「ありがとうございます」
当日は営業日なので、午後の納品は難しいのだ。
サンダーソニアとの話が終わり、振り返ると、ユメとキボウは既に居なかった。カンパニュラのところに行ったらしい。
「先、帰るか」
「そうね。サンダーソニアさんにも話を聞けたし、」
ユリが言いかけたとき、外から訪問を告げる声掛けがあった。
「王妃、ハイドランジア様がお越しになりました」
「どうぞ」
ソウがすぐに入室許可を出していた。
ハイドランジアは、ユリの衣装を見に来たらしい。ユリが見たことの無い服を着て来ていると、聞き付けたようだ。挨拶のあと、すぐに質問してきた。
「ユリ様、こちらは、年初めの御衣裳の色違いでございますか?」
「はい。これは既婚女性の第一礼装です。黒留袖と言います」
「婚姻の有無で、ずいぶんとお色が変わるのですね」
「そうですね。それに、長い袖も短くなるのです」
「履き物は同じでしょうか?」
「はい。振り袖の時と同じです」
一通り、気が済むまで見たハイドランジアは「黒地に鮮やかな模様というのも素敵でございますね」と言いながら、今後の自分のドレスの参考にするらしく、ユリに断ったあと、連れてきた者にスケッチさせていた。
ハイドランジアが納得したらしいので、今度こそ帰ろうとすると、ハイドランジアは御付きの者を下がらせ、ユリとソウに言った。
「昨日は、美味しいお料理とお菓子をありがとうございました」
「昨日のお菓子って、ポップコーンですか?」
昨日、ユメとキボウは、キャラメルポップコーンを持っていったはず。
「いえ、ローズマリーが主催した、私の誕生を祝う会に、お料理をご提供くださったと、伺いました」
「え、昨日の納品って、お誕生会だったんですか!?」
「非公式に30人ほど、幼馴染みなどの親しい者だけで集まった会でございました」
「あ、それで、30か200だったんですね」
少し不思議な注文の謎が、明らかになるのだった。
今度こそ本当に帰ることになり、簡単な挨拶をし、家に戻ってきた。
急いで黒留袖を脱ぎ、着物用のハンガーにかけた。襦袢と下着と足袋を洗濯し、帯や小物を片付けた。
ユリがリビングに行くと、ソウがお昼ごはんを用意していた。
「ソウ、ありがとう」
「休みの日くらい作ろうかなってね」
「ユメちゃんとキボウ君は呼んだの?」
「すぐ、来るってさ」
話していると、ユメとキボウは、リビングに転移してきた。ソウの結界を越えて転移してこられるのは、キボウの魔力なのだろう。
4人揃って昼食をとり。話題が、世界樹の森での話になった。
「あの時、ユリが世界樹様と話しているのを、ぼんやりと聞いていたよ。話の内容は入ってくるのに、夢の中に居るような、こう、現実感がない感じだった」
「私は、金縛りみたいに、動けなかったにゃ。ユリに呼ばれて、目が覚めたみたいに動けるようになったのにゃ」
確かにソウもユメも、ユリが呼び掛けるまで、少し変だった。
「私は、威圧感が少し重いなあと感じていたくらいだったわ」
「それでユリ、使い方は判ったの?」
「バッチリよ!これは、使えない魔法を使えるようにするための、『魔法の実』らしいわ」
「へえ。早速使ってみる?」
「どうやって使うのにゃ?」
「この木の実をなめながら、使いたいのに使えない魔法のことを考えると、使えるようになるらしいわ」
「あー、キボウの説明通りなんだな」
早速ユリは、キボウから貰った木の実をなめながら、変身魔法と、変身したい動物のことを考えた。しばらく全く変化がなかった木の実が、有る時一瞬で溶け、なくなった。
「変身できると思うわ!」
ユリは鏡がある前で、猫に変身して見せた。
鏡に映るのは、ユリが想像した通りの、茶トラの猫だった。首にスカーフを巻いている。
上手くいったわ!と思いソウとユメを見ると、ユメはかなり驚いて唖然としており、ソウは大笑いしていた。
少しムッとして、以心伝心でソウに呼び掛けた。
『ちゃんと猫になれたわよ?』
「ユリ、大きさ!」
『え?』
ユリは鏡に映る、横に居るキボウを見て、やっと理解した。
「ニャー!」
キボウと変わらぬサイズ感。
「ユリ、メインクーン?」
「ユリ、小さくは成れないのにゃ?」
ユリは話すために、もとに戻った。
「えー、どうしてー」
「ユリ、猫以外には成れないの?」
「じゃあ」
そしてユリが変身したのは、スカーフをしたペンギンだった。
今度はユメと変わらぬサイズ感。
「皇帝ペンギンか?」
「大きいペンギンにゃ!」
ペンギンが好きらしいユメは、大喜びだ。
しばらくペンギンのままユメと遊んだあと、ユリはもとに戻った。
背の小さいユリは、これ以上小さくなりたくないと無意識で思っており、それを改めない限り、割りと大きめな動物にしか成れないのだが、本人が気がつかないと改善はされないのだった。




