言語
いつも起きる時間に目が覚めたので、早速エプロンを作ることにした。今日は土曜日だけど、アルストロメリア会もない。
前回の失敗を踏まえ、ノックしても気がつかないときは、ドアを開けてね。と書いてドアの外に貼っておいた。
話し言葉が通じている(?)ので、ユリはすっかり失念していた。キボウが読めないかもしれないことを。
エプロンを何枚か仕上げた頃、キボウから「以心伝心」のようなものが飛んできたのだ。
『ユリー、ユリー』
ユメちゃんとの以心伝心と違って、何か、頭に響くわね?
『キボウ君、どうしたの?』
ユリは以心伝心の返信を送った。
『ユリ、いたー』
あら?今度のは、普通の以心伝心?
なぜか、今度のは、頭に響かなかった。
キボウはドアを開けて入ってきた。
「もしかしてキボウ君、私が書いた文字読めない?」
「もじー?」
「ドアの前に、ノックしても気がつかないときは、ドアを開けてね。って書いておいたんだけど」
キボウは少し悩んだあと、部屋のドアを開けたまま、ドアの文字を見に行っていた。
「キボー、わかんない」
「そうなのね。ごめんなさい。他の人が書いたものは読める?」
「かみさまー!、ユメー!」
「え?ユメちゃんが書いたものは読めるの!?」
騒いでいたためか、ソウが様子を見に来た。
「ユリ、どうしたの?」
「キボウ君が、私が書いたものが読めないって言うんだけど、ユメちゃんが書いたものは読めるって言って、」
「あー」
ソウは紙を取りに行き、更々っと何か書いた。
◇◇◇◇◇◇
ノックしても気がつかないときは、ドアを開けてください。
◇◇◇◇◇◇
「キボー、よめたー!」
ソウが書いたのは、ユリが書いたものとほぼ同じように見える文字列だった。
「同じことが書いてあるわよね?」
「まあ、そうだな」
「何が違うの?」
「今書いたのは、王国語なんだよ。この国の言葉」
「え、えーーー!!!」
何がなんだか分からずユリは混乱した。
「どう言うこと?」
「多分だけどな、キボウの言葉は、王国語とも違って、翻訳機を通さずこちらの言うことを理解だけしているような状態なんだと思うよ」
そういえば、ラベンダーをカエンの屋敷に連れていった時、ユリには通じない言葉を話していたなぁと、ユリは思い出していた。普段、言葉が通じているので、あまり気にしていないが、本来は翻訳されなければ分からない言葉を使っているのだ。
「ソウはどうして書けるの?」
「16歳から居るからな。持ち出した文書が読めなくて、解読して習得したよ。だけど、話すのは無理。習いようがないからな。それに困ってもいないし」
ユリは、ユメがスカウトを追い払うときにしゃべっていた言葉を思い出していた。英語とも違うし、聞いたことの無いイントネーションだった。でもたまに知っている単語が出てくる。
「前にユメちゃんから聞いたんだけど、『黒猫』はそのまま日本語のまま通じるのよね?」
「王国語の単語は、割りと日本語の単語があるみたいだぞ? だけど文字と文法は独自だ。これは双方話せるユメから聞いた。ユメは前世的な時代に、日本に居たらしいしな」
そういえばユメは、以前の知り合いと言って、「さやこ」と言う名前を出したことがあった。漢字は分からないが、どう考えても、日本語の名前だろう。
「ソウは、本当に凄いのね」
「え?なに?」
「いったい何か国語理解できるの?」
ユリは、今まで聞かないようにしていたのに、うっかり聞いてしまった。
「言語の、文字と会話がビジネスレベルは、7つくらい。一般人の日常会話レベルなら、30~40くらいかな。日本語だって方言があって、全ての国民に伝わらないこともあるでしょ?世界の言語は6900くらいあるらしいし、知っているのは、ごく一部だよ」
「私は、英語すら怪しいわ」
「ユリは、フランス語使ってるよ?」
「寿さんのところで教わった、洋菓子に関するものだけね」
「寿さんといえば、」
ソウと話していると、キボウが二人の視界に入ってきた。
「ユリー、ごはーん」
「あ、キボウ君、お腹空いたのね。すぐに何か作るわ」
ユリがミシンから離れると、ちょうどユメが皆を呼びに来た。
「ピザトースト、焼けたにゃー」
ドアの貼り紙を見たユメが、気を利かせて朝ご飯を作ってくれたらしい。




