即席
夕方ごろ、追加分も全て作りおわり、明日の分迄も少し作り、厨房はやっと余裕が出来た。夕食も温めるだけになっている。
「マリーゴールドちゃん、何か作ってみたい希望とかある?」
「はい。リーフパイとマロンパイを作り食べてみたく思います」
「仕込みだけ今日やって、明日仕上げ見に来る? それとも、今日、仕上げだけやってみる?」
ユリの言った意味がいまいち良くわからないと、マリーゴールドは、首を傾げていた。
「あの、仕込まずに仕上げが出来るのですか?」
「焼くだけになったパイ生地が売っていてね、お店に使うのでなければ、試作品に使うには良いと思うのよね」
「ユリ様のご都合に従います」
「なら、冬ではないので、パイシートを買って来ましょう」
既に気温が高く厨房が暑いので、この時期はパイの仕込みには向かないのだ。
「オレ行ってくるよ」
「ソウ、ありがとう」
先ほど戻ってきて、マーレイと一緒にガラス容器を洗っていたソウが、買いに行ってくれるらしい。ユリは必要量をソウに頼んだ。
「では、ホワイトシチューも作ってしまいましょう」
「ホワイトシチューでございますか?」
「シィスルちゃんと、ポットパイを作る約束をしたからね」
「それはもしや、シチューの上にパイがのっていて、スプーンで崩していただくものでございますか?」
「あら、食べたことあるの?」
「いえ、リラさんからお話だけ伺いました。とても楽しみでございます」
野菜類は小さめにカットし、急いでシチューを仕込んだ。
煮込んでいる最中にソウが戻り、先にリーフパイの作り方を教えるのだった。
「5mm厚程度の、薄く伸していないパイを、菊型で抜きます」
「どの型を使いますか?」
菊型は、たくさん大きさがあるのだ。
「型の大きさが葉っぱの横幅になるので、好みのサイズでどうぞ」
マリーゴールドは、4cmくらいの菊型を使っていた。とりあえずいくつか型抜きし、大理石の台に並べた。気温が高いので、すぐに柔らかくなる。使わないパイは急いで冷凍庫にしまう。
「グラニュー糖を敷いた上で、真ん中から上下に伸します」
「思っていたより難しいです」
「思いっきりやった方が簡単よ」
「はい」
「ひっくり返して、ナイフで葉脈の切り目を入れます」
「葉っぱらしくなってきました」
「少し置いて落ち着かせてから、焼きます。今日は焼くまで冷蔵庫に入れてください」
とりあえず冷蔵庫にしまい、今度はポットパイの用意を始めた。
「マリーゴールドちゃん、ポットパイのシチューの仕上げをするわ」
「はい」
ユリは、ふやかしたゼラチンを加え、シチューを仕上げた。
二人で大きいココットに分け、腕をかざし呪文を唱えた。
「ウカヤキエル」
「ユリ様、何の呪文でございますか?」
「冷却よ。まずは、割れ難い器に入れた水で練習すると良いわ」
冷凍パイシートを少し伸して丸くカットし、卵を塗って器に被せた。
マリーゴールドにも教えながらいくつか作り、何個かは作らずに残しておいた。
「こちらは、このまま冷蔵庫にしまってよろしいでしようか?」
「お願いするわ。シィスルちゃんも作りたいと思うのよね」
「はい」
ソウが買ってきたのは、冷凍パイシートの他、栗の渋皮煮の瓶詰め、こし餡だ。
ユリは、瓶詰めの栗の渋皮煮をザルにあけ、水分を切った。
こし餡を同じ大きさに丸め、オーブンと天板を用意してからパイを薄く伸し、約10cm角にカットし、一旦冷蔵する。
こし餡と渋皮煮をひとつにまとめて丸め、冷蔵したパイを出してきて、パイの縁に卵を塗り、折り畳むように丸めた中身を包み込む。
天板に並べ、しっかり卵を塗り、上に竹串で穴を空け、もう一度冷蔵。
全てが包み終わったら天板に並べ、セットしたオーブンで焼くのだ。
「きつく巻かなくて大丈夫よ。でもしっかり生地同士を貼り付けてね」
全て包みおわり、マロンパイをオーブンに入れた。次はクロッカンだ。リーフパイなどを作ると、パイの切れ端が大量に出る。
「大きいプリンカップ、スライスアーモンド、胡桃を用意して、クロッカンも作りましょう」
「これはもしや、クロ猫ッカンでございますか?」
「あら、知っているの?」
「5年くらい前の冬に、兄のお土産でいただきました」
「一ヶ月半くらいしか売っていないのよ」
「では、私はとても幸運だったのでございますね」
作っていると、いつのまにか後ろにユメがいた。
「クロ猫ッカンにゃ?」
「そうよ。ユメちゃんも作る?」
「作りたいけどにゃ。お店が大変にゃ」
ユメは忙しそうに店に戻っていった。
「今食べている人って、何ご飯なのかしらね」
「いつ何時にいただいても、こちらでのお食事は、ディナーではないかと思われます」
一番メインの食事ということ?
ユリはマリーゴールドの誉め言葉に照れてしまった。
「マリーゴールドちゃん、ありがとう」
「こんにちはー!」「ユリ様ー!」
リラとシィスルが来たようだ。だがまだ17時過ぎだ。
「あなたたち、お店は大丈夫なの?」
「注文締め切りましたので、あとは片付けだけでーす」
どうやら、こちらで持ち帰り弁当を売っている影響で、ベルフルールは空いているらしい。
「マリーから、ポットパイを作っているとお知らせが来たので、参加しに来ました」
「私も作りたいです!」
早速、シィスルはマリーゴールドに聞きながら作っていた。
「パイ、いつ仕込んだんですか?」
リラの疑問は当然である。
「このパイ生地は、ソウが買ってきたものよ.、時期的に、この厨房で仕込むのは、大分大変そうだからね」
「ユリ様の故郷は、この時期、まだ暑くないのですか?」
エアコンを、何と説明したら良いかと、ユリは考えた。
「ミキサーを動かしているのと同じ、電気の力で、涼しい部屋があるのよ」
「お部屋が冷蔵庫なんですか!?」
「冷蔵庫ほどは冷やさないけど、考え方は合ってるわ」
実際、洋菓子屋のパイを仕込む部屋や、生菓子を扱う部屋は、真夏でも14~15℃程度で、かなり涼しいのだ。アイスクリームを作る部屋などは、本当に冷蔵庫の部屋の中だ。
「それなら、アイスが溶けないように慌てたりしないのですね」
リラが懐かしそうに呟いた。あの頃、暑い部屋でいかにアイスを溶かさないように手早く詰めるかで、色々大変だった。
「ここも、エアコン入れたいわね」
ユリがボソッと呟くと、ソウが答えた。
「入れるか?」
「え?電気、大丈夫なの?」
「カナデが秤を改良しただろ?今使っている冷蔵庫と冷凍庫を魔鉱石兼用にすれば、足りるぞ」
「是非お願いします!」
「カナデに言っとくよ」
この家の電気の主な使用量は、業務用冷蔵庫と冷凍庫なのだ。
「うわー、ユリ様、その何かを入れるとどうなるのですか?」
「部屋を涼しくしたり、温かくしたりできるのよ。まあ、温かくは必要ないと思うけど」
厨房は、ほぼ常に暑い。
又、ユメが来た。
「ユリ、今日分売り切れたにゃ。あの作ってたのは売らないのにゃ?」
「どのくらい希望者がいるの?」
「まだ、10人くらいは並んでるらしいにゃ」
整理券のない持ち帰り希望者が、並んでいるらしい。
「足りそうなら売って良いわ。このあと来る人には断って、明日来るように言ってください」
「わかったにゃ」
17:40を過ぎたので、お店も注文を締め切ってあり、お店を覗くと、ユメが一人で対応していた。イリスとメリッサは、外の持ち帰りを手伝っているらしい。
「外の販売は、お母さんとメリ姉が担当なんですか?」
「外には、イリスさんと、メリッサさんと、イポミアさんがいるわよ」
「え?」
リラがマリーゴールドを見ると、マリーゴールドが頷いていた。
「リラさんのお知り合いのかただと思われます」
「イポミアって、ミア姉? 私ちょっと見てくる!」
リラが慌てて外に行ってしまった。
リラちゃんより年上なのかしら?
ユリはのんきに考えていた。
「マリーゴールドちゃん、ご飯の用意しましょう」
「はい」
温めるだけなので、すぐに食べられる。
リラは、イポミアと話しながら戻ってきた。
「うー、ミア姉にまで、先を越された」
「あはは、リラ、少し見ない間に大きくなったね」
「ミア姉が縮んだんだよ!」
「そんな訳ない」
「明日も来るんだよね?」
「たぶん?」
リラとイポミアがこちらを見た。
「イポミアさんが続けてくれるなら、頼む予定よ?」
「是非お願いします!明日は何時から来れば良いですか?メリ姉は、9時に来ていると聞きました!」
「配膳だけするなら12時までに。その他手伝うなら9時以降に来てください」
「9時に来ます!」
「はい。疲れない程度に頑張ってください」
このあと、年齢を聞くと、イポミアは、20歳だといっていた。リラとシィスルがベルフルールに戻り、皆で夕食を食べて解散した。




