病人
「ユリ」
振り向くと、ユメが困った顔をして立っていた。
「ユメちゃんどうしたの?」
「どうしたら良いかわからないにゃ」
「話してくれる?」
ユメの話によると、先程の女性は男爵家のメイドで、料理人が急病のため、他の者達では来客に出せるレベルの料理が作れず、メインくらいはどうにかしようと、買いに来たらしい。急病だという料理人には、ユメがパウンドケーキを食べさせたが、体力的に料理を作れそうになく、買って帰った7つは、来客4人と、館の主人と奥方と娘の分で、メイドなどの使用人の分は含まれていないのだそうだ。
ひとつ多く買ったサクラムースは、寝込んでいた料理人のお見舞いにと買ったらしい。
今日は、昼から娘の婚約者が来るそうで、屋敷中バタバタなのだとか。
主人や奥方は、けして非情な人と言うことではなく、使用人の分の食事まで、頭が回っていないらしい。
「全員食べるには、あと何人分必要なの?」
「あと、あの屋敷にいるのは、8人にゃ!」
来客4、男爵家の家族3、使用人8ということらしい。
「私が何か作っても良いの?」
「本当は頼みたかったらしいにゃ。でも、不敬だと諦めたと言っていたにゃ」
「うふふ。それなら、何か作りましょう。ところで、キボウ君は?」
「キボウは、庭の植木を見て回っていたにゃ。私は一度戻ると伝えてあるにゃ」
ユリは、手早くサンドイッチと海苔巻きとカットフルーツを、大皿盛りにした。更に鞄からチューリップ唐揚げをだし、その横に添えた。
「ユメちゃん、こんな感じで良いかしら。あと、8人分は、一人前の方を持っていって良いわ。器だけ返しに来るように伝えてね」
「ユリ、ありがとにゃ!」
ユリから、大皿盛りと8人前の鶏丼を受けとると、ユメは嬉しそうに笑い、転移していった。
ユリは忘れないうちにと、外にいるマーレイとイリスに、一人前用の券を8枚もらいに行った。
ユリが戻ってくると、ソウが話しかけてきた。
「スマルトブルー男爵家か」
「ソウ、知ってるの!?」
「ユメが確認に来たからな」
「確認?」
「男爵家の場所と、実在するかのな」
「さすがユメちゃん!私なら、そのまま信じちゃうところだったわ」
「あはは。怖いこと言うなぁ・・・」
そうね。実在しない名前を名乗って、誘拐や良からぬ事を企む人がいないとも限らないのね。
ユリは、ユメの堅実さや、ソウの知識の凄さに感心したのだった。
ソウの説明によると、スマルトブルー男爵家は、男児が生まれず、婿養子としての婚約者なら、尚更大事に扱うのだろうとのことだった。
「ハナノ様ー」
「はーい」
店に顔を出すと、食べ終えた二人が、一旦家に置きに行くと挨拶してきた。
「半鶏丼は受け取りました?」
「はい。作りたてをメリッサちゃんが渡してくれました」
「メリッサさんとも知り合いなの?」
「メリッサちゃんは、最初わからなかったみたいですけど、幼馴染みなんです」
「そうだったのね。合計一時間休んで大丈夫だから、慌てずにいってきてくださいね」
「はい」「ありがとうございます」
半鶏丼を持参したらしき袋に入れ、二人は家に戻っていった。
「マーレイさん、イリスさん、整理券って、何枚くらい配りました?」
「初回分と次回分はなくなりまして、今、3回目の分を配り始めました」
「えー!まだ11時過ぎよね?開店まで2時間近くあるのに」
ユメとキボウが50、ココナツ食器店が8、先程のスマルトブルー男爵家が8、つまり、初回販売分として、136個の用意があったので、合計234個以上がすでに売約済みと言うことだ。単純計算で、開店2時間前に、60人くらい並んでいたと言うことになる。
「予定数で足りないのかしら?」
「増産しますか?」
「うーん、残ったら明日売れば良いから、増やした方が良いかしらねぇ?」
ユリは厨房に戻り、マリーゴールドに相談することにした。
「マリーゴールドちゃん、現時点で既に240個分くらい整理券が出ているらしいんだけど、足りると思う?」
「足りるまで作るとなると、今日中に営業が終わらないのではないかと思われます」
「ユリ、足りるまで作るのは、無理だと思うよ」
マリーゴールドと相談していると、ソウから言われた。
「どうして?」
「店で対応するのは、イリス、メリッサ、ユメの3人だろ?作れたとしても、売るのが間に合わないと思うよ」
全員が4個ずつ買ったとしても、25人対応するのだ。約2分に1回対応しなければならない。販売のみの店ならまだしも、喫茶を営業しながら対応するのだから、負担が大きすぎると説明された。
「どうしたら良いかしら」
「簡単な対応策として、袋に入れて用意しておき、渡すだけにする。買って帰るのみの客は、店内に入れず外で受け渡す。お釣りがでない料金設定にする。だな」
「料金は、お店始めた頃は考えていたんだけど、結局、お釣りがでないように払っていくか、お釣りをそのままおいていく人に二分されるのよ。袋には入れるわ。外で販売は、思い付かなかったわ」
「あの、ユリ様」
「メリッサさん、なあに?」
「人が足りないのでしたら、知り合いを連れてきましょうか?」
「そういえば、メリッサさん、あなた鞄から出せるようになった?」
「えーと、試していませんが、言われた練習はきちんと続けています」
「ユメちゃんのリュック、あ、ユメちゃん今居ないわね」
「なら、俺の鞄から出せるか試すか?」
「良いの?」
「今、大したもの入ってないしな」
ソウの鞄を借り、メリッサが取り出せるか試してもらうことになった。
「あ!中身がハッキリ判る!パウンドケーキ取り出せました!!」
「おめでとう。良かったな」
「おめでとう。良かったわね。だったら、知り合いを1人連れてきてくれる?今来るなら、お昼ご飯も出すわよ」
「今、行ってきて良いのですか?」
「開始3時間の売る分は作り終わっているからね。外のイリスさんと代わってもらうわ」
「では、急いで行って参ります!」
メリッサはエプロンをはずし、走りだした。
ユリも急いで外に出て、声をかける。
「走らなくて良いわよー」
「はーい」
返事をしながらもそのまま走り、見えなくなった。




