藤園
先程と同じ場所に到着すると、すぐにソウも、ユメとキボウを連れて現れた。
[oiaroino oi olicine]の看板がある。何度見ても意味がある言葉に翻訳されない。
「さっきも思ったけど、これ、何て書いてあるの?」
「あー、看板、消えちゃってるな」
「読めないにゃ」
「うわ、読めないです」
「よめなーい、よめなーい」
誰も読めないらしい。ところが、ソウは看板を見ながら消えた文字を指摘し、答えてくれた。
「これは、恐らくgiardino di glicineで、イタリア語の『藤園』かな」
「ソウ、さすがね!」
「ソウ、凄いにゃ」
「ホシミ様、凄いです!」
「すごーい、すごーい!」
「あはは。ありがとう」
門をくぐり、園の中に入った。
外からは全く見えないような作りの理由は、 その光景に圧巻と思わせるためだったらしい。
長く連なる美しい藤紫が、無限を思わせる。それは、見えない向こうまで続いている。
「うわー」「凄ーい」「これは凄い」
「綺麗にゃー」「きれー、きれー」
入り口で立ち止まる5人は、藤のあまりの美しさに、心を撃ち抜かれていた。
「想像よりも、凄いわね。いくつくらい咲いているのかしら?」
数えきれないほどである。
ふと見ると、園内の地図らしきものがあった。
それによると、今見ている藤よりも大きなスペースで描かれた場所がある。地図には、おおよその花の色と品種らしき名前が書いてあった。
「せっかく来たのだから、他の花も見ましょう」
「行こうか」
「楽しみです」
「見に行くにゃー!」
「みるー、みるー」
今見ている藤を回り込むように進むと、今度は、愛らしいピンク色の藤があった。柔らかいピンク色で、房はそれなりに長いのに、一つ一つの花が小さく、とても可憐だ。
「紫色の花は高貴な美人って感じですけど、ピンク色の花は可憐な美少女みたいですね」
「リラの表現が凄いにゃ」
「リラ詩人だな」
ソウのそれは、多分誉めていない。
「確かに可憐ね」
ソウがユメに声をかけた。
「ユメ、その辺に皆で並んでくれ」
「わかったにゃー」
「はーい」
「ならぶー、ならぶー」
「リラも来てにゃ」
「え、はい。なんですか?」
とりあえず、訳もわからずリラも並んでくれた。
「良いぞー」
解散し、又自由に見て回った。
少し歩いたところで、ユリが声をあげた。
「あ!私の好きな花がある!」
ユリが早足で歩くと、皆ついてきた。
「うわー!なんですか?これ、これも藤なんですか?」
「これは、八重の藤よ。リラちゃん」
「この花は、妖艶な美女って感じですね!」
「知らなかったら、藤ってわからないにゃ」
「きれー、きれー!」
「へえ。これ藤なんだ。落ちてる花が、全く違うんだな」
八重の藤は、一つ一つの花がボンボンのように、フリルのような花びらでできている。紫色の小振りの八重桜なようなイメージだ。
「美味しそうね。うふふ」
「ユリ、藤、食べるのにゃ?」
「藤は毒があるらしいから食べないわよ。加熱して毒抜きすれば、少量なら食べられるらしいけど、曲がりなりにも飲食店を経営しているのに、店主が食中毒になったら目も当てられないわ」
「確かにな。食中毒は不味いよな」
「禁忌ですね」
キボウが心配そうにユリを見ていた。
「ユリー、ウィステリアたべる?」
「藤は食べないわよ。要らないわ」
「キボー、あんしん」
「キボウに心配されてるにゃ」
「あー、あー、あー。次、行きましょう!」
ばつが悪くなったユリは、ごまかすことにした。
本当は、キボウは花を取ってくれようとしたのである。
そもそもユリは、軽い毒なら、無毒化できることだろう。
「ユリ様、藤って、他の色もあるんですか?」
「白い花もあるわよ」
「紫、ピンク、白だけなんですか?」
「そうね。濃淡の差や房の長さの差はあるけど、色はその3色ね」
「ユリ、あれはなんにゃ?」
ユメの指差す方向にあるのは、黄色い藤に見える花だ。
「あー、これは、通称、黄花藤。ゴールドチェーンとか、金鎖が、正しい名前ね。藤に似ているけど、藤の種類ではないのよ」
「そっくりにゃ」
「良く似ているわよね」
「あー、あれが白い藤ですか?」
リラが指差した方向にあったのは、藤棚ではなく、木立した大きな木に、小さく短めの白い房が咲いている。そしてとても良い香りがする。
「あれは、恐らく、針槐。アカシア蜂蜜の花で、ニセアカシアとも呼ぶわね。 本来のアカシアと言う花は黄色く形も違うのに、なぜこの白い花をニセアカシアと呼ぶのかしらね」
「良い匂い!なんだか、幸せそうな花ですね」
「え? うん。良い香りの花よね」
とうとうリラの発想が、ユリも理解できなくなってきたようだ。
「向こうに、一番広い藤棚があるぞ」
ソウの呼び掛けで、皆、移動した。
「わー!なんだか凄い!」
「まー!九尺藤かしら!」
「長いにゃ!」
「ながい、ながーい」
「房が1m以上ありそうだな」
その藤は、とても長い房の藤で、少し高めの藤棚から地面につきそうなほど長い房を垂らしていた。向こう側を見通せないほど広い藤棚で、仄かに風に揺れている。
「うわー!貴婦人って感じですね!」
「それは、何となくわかるわぁ」
「こんなに長い房の藤は、初めて見たにゃ!」
「これは見事だな」
皆が、その見事さに感心していると、ユメから呼ばれた。
「ユリ、ソウ、ちょっと、そこの前に立つのにゃ」
「おー」「はーい」
ユメがじっと見つめる。
「もう良いにゃ」
ユメの気が済んだところで、リラに声をかけられていた。
「あ!ユメちゃん、私の荷物、出していただけますか?」
「袋にゃ?」
「はい」
リラは、ユメから袋を受けとると、ユリとソウに何か頼みたいらしく、話しに来た。
「少々お時間いただけませんでしょうか?」
「良いけど、どうするの?」
「構わないぞ。なにするんだ?」
「花をスケッチしたいです」
「良いわよー。あちらに有る椅子に座っているから、もしくは、出掛けても必ず戻ってくるから、好きに描いたら良いわ」
「ありがとうございます!」
「リラが描いている間に、俺は管理者と会ってくるよ」
約1時間、藤園の中で自由行動となった。




