刺繍
週末の朝、やはりマーレイが迎えに来た。
もう、長期契約なのかしら?
昨日の夜作っておいた求肥ときな粉とクルミと買ってもらったミトン12組を持って、クーファンに寝ているユメちゃんをつれて馬車にのった。
ちょっと荷物が多めだ。
イエロー公爵夫人のことで、何か言われたりするかなぁ?と考えると少しだけめんどくさかったけど、馬車は直ぐについてしまうので、悩むほどの時間もなかった。
馬車を降りると揃った声で挨拶された。
「ようこそいらっしゃいませ、ユリ様!」
20名以上のメイドさんの揃った挨拶だった。
練習したのだろうか?
「ユリ先生、本日もよろしくお願い致します!」
会のメンバーさんの揃った挨拶だった。
こっちは本当にビックリした。
よく揃えたなぁ。って。
「こちらをお納めください」
あっけにとられていると何か渡された。
包みを開けてみると、名前と小さな百合の刺繍のある割烹着だった。
「わあ!ありがとう!ありがとうございます!うれしい!」
とても素敵な刺繍だった。
買ったら高そうなできである。
「あと、こちら試作品ですが、お確かめください」
ローズマリーから渡されたのは、アルストロメリアの刺繍が手の甲側に入った鍋掴だった。
「これは凄いですね!こんなに凄いのを全員分作るんですか?」
「はい」
「凄いです」
手にはめて、パクパクしてみた。
「では、作り始めてよろしいですか?」
「形とかはこれで大丈夫です。機能も確認した方が良いですか?」
「機能性については料理長が確認したと報告がありました」
「現場の人が使ってみたのなら安心ですね。では、おねがいします」
鍋掴みをローズマリーに返した。
「かしこまりました」
アルストロメリア会の実習室である調理場へ向かう。
部屋にはいる前、ユメちゃんがクーファンから飛び降りてしまった。
「あ、ユメちゃん!どこ行くの?」
「にゃー」
一度振り返って鳴くと、ゆっくり歩いて行ってしまった。
「すみません、ユメちゃんは絶対に悪戯をしたりしませんので、このまま散歩に行かせて良いですか?」
「ユリ様がそうおっしゃるのなら構いませんわ」
「ユメちゃん、このお庭が気に入ったのだと思います!」
「まあ、そうですの?」
ローズマリーはニコニコしてなんだか機嫌が良くみえる。
ユメを任せてもらえたと思ったのかもしれない。
それなら大丈夫かな?
この国には黒猫を神聖視する風習があるのだが、ユリはそんなことは知らない。
ユメは懐かしい感じがする魔力を関知して興味を持ったのだった。
部屋に入り、ふと人数を数えると私以外に8人の貴族女性と知らない男性がいる。
恐らく調理補助の人なのだろう。
「ユリ先生、本日はご存じのメンバー8名です」
「はい。今日から知らない人が増えるのかと思ってました」
「当初はその予定でしたけど、ライラック様が・・・」
「あー。まあ、その話はあとにして、若鮎作りましょう!」
「はい」
気持ちを切り替えてもらい、皮の生地を作る。
3班に分けて作ってもらうことにした。
「ボールに卵を溶きほぐし、上白糖を加えホイッパーで良く擦り混ぜます」
卵を割るのも問題がないし、混ぜるのも皆上手になった。
「蜂蜜、みりん、少量の水を加え、良く混ぜ合わせます。
振るった小麦粉を加え、混ぜたら少し休ませます。
その間に、鉄板が使えるようにしてください」
自分ではしないが、工程的に鉄板を見に行く、
「ここは見ていてください。作っておいた求肥を切り分け、片栗粉を極力落とします。
焼いても良い金串や、カトラリー等を用意します」
金串を目の前に揃えて見せる。
「ここからまた同じように作業してください。最後の調整に、水溶きの重曹を加え、まだ固いようならさらに水を加え混ぜ、準備完了です」
「このくらいの固さて良いですか?」
「はい。大丈夫です。
とりあえずは一度見てください。鉄板(銅板)に薄く油を塗り、余分な油は拭き取ります。
お玉かレードルで鉄板に生地を楕円形に垂らします。
じっと見守り、生地の上に穴が開いてほとんど焼けたら金ベラでひっくり返し、直ぐ取ります。
布巾の上に置き、求肥を挟み折り畳みます。
少し形がつくまで押さえます。
形がついたら並べておきます。
これをまず作ってください」
形をつくった状態を見せる。
「最後に、金串等を焼き、焼き色でアユの模様をつけます。これで、できあがりです」
「すごいです!!こんな風にできていたのですね!」
カメリアが感嘆の声をあげていた。
「まあ、私が作るときは手の上で作業しちゃいますが、慣れないと かなり熱いので、充分気を付けてください」
「はい」
2人ずつ焼いてみるらしい。
今回の調理補助の人は、副料理長だそうで、毎度偉い人が来るのね。と思った。
10人の想定で求肥を作ってきたので、いくつかあまる。
きゃっきゃうふふで若鮎が各3つずつ出来たので、6カットあまってしまった。
この後は求肥を作るので、ちょうど良いやと、余った生地と残っている求肥を副料理長に是非作ってみてくださいと差し上げた。
物凄くキラキラした目でお礼を言われた。
「若鮎はできましたが、中身の作り方がわかりませんね」
「はい」
「次は求肥の作り方です。
ただ、今から求肥だけ作っても仕方ないので、同じ作り方の応用のお菓子を作ります。
皆さんも同じようにどうぞ、鍋に白玉粉と水をいれ溶かします」
全員分の手鍋があるので同じように白玉粉と水を混ぜる。
「クルミを煎って刻んでおきます。ゆっくり切らないとクルミが跳ねます」
煎ったクルミなので、刻むだけをやってもらう。
「容器に網で きな粉をたっぷりふるい入れます」
紙を敷いた上に置いた容器にたっぷりきな粉をふるってみせた。
全員真似してたっぷりふるう。
「鍋の白玉粉がしっかり溶けたのを確認し、上白糖を加え良く混ぜます」
皆もスパテラでつついて溶け具合を確認し、上白糖を加える。
「ここから一旦見ていてください。火にかけ、ヘラで混ぜながら加熱します。
心配なときは一旦火から下ろし良く混ぜ、透明感が出るまで練り混ぜます。
かなり力が要ります。
透明感が出たら醤油を加え良く混ぜ、クルミを加え混ぜたらきな粉を振り入れた型に流し入れます。
この時に手についたりするととても熱いので充分気を付けてください。
上側にもきな粉をふりかけ、4時間程冷やし、切り分けたらできあがりです。はい、同じようにお願いします」
皆が作業を始める。
「これは、クルミ餅です。ほとんどの方は食べたことがありますね」
まだ加熱が甘く作業は楽なので、作業をしながら耳を傾けてもらう。
「求肥の場合、きな粉ではなく片栗粉を使い、醤油と、クルミを入れなければ良いのです」
おっかなびっくり、たまに火からはずし、様子を見て混ぜている。
「クルミ餅は今作って、4時間後、お帰りの頃切り分ければ良いと思います」
そろそろしっかり熱が入ってきたらしく、みんな真っ赤になりながら練っていた。
「焦げそうだと思ったら火から離して少し練ってくださいね」
「パウンドケーキに比べればこのくらいなんともありませんわ!」
あーたしかに、そうかもね。
私はこっちの方がきついと思うけど、最初の衝撃は忘れられないのよね。
そうこうしているうちに、皆、鍋からきな粉の容器に移し、上にきな粉をふるっていた。
何とかみんな出来上がったので、持ってきた荷物を取り出した。
「これはこの場で使う専用にしようと思います」
ソウに買ってきてもらった鍋掴みを渡した。
「今、作ってもらっていますが、一応使い方を」
手にはめ鉄板の取っ手を持ち上げる。
「このように、熱い物を持ったりできるので、釜で焼いているパウンドケーキを取り出したりもできます」
「あ、パウンドケーキに使うのですね」
「今後、焼き菓子を作るときには多用します」
メンバーは、持ち込んだ鍋掴みを手にはめ鉄板を持ち上げ、熱くないことを確認していた。
「あ、副料理長さん、これ一組、厨房で使ってください」
「こ、このような立派なものをいただいてよろしいのですか?」
副料理長は挙動不審になって、ローズマリーの方を見ていた。
「ユリ様がくださるとおっしゃるのだからありがたく受け取りなさい」
ローズマリーが声をかけると、物凄く笑顔になって、恭しく かしづいて受け取った。
「ユリ・ハナノ様、調理場一同、大切に使わせていただきたく存じます」
「あ、はい・・・」
少し複雑な気分になった。
もしかすると使わずに飾っていそうだわ。
ローズマリーの後ろにいたサリーに声をかける。
「もし、使わずに飾るようなことがあったら、使ってこそなので、ちゃんと使うようにと言ってもらえますか?」
「か、かしこまりました」
少し目を見張ったあと、サリーは小声で「確かにそうですね」と言っていた。
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