映像
ユリは早起きして、お弁当を作っていた。
おかずを先に作ったあと、昨日の夜に焼いておいた四角い食パンを4斤取り出した。
耳に色をつけないように柔らかく焼いた食パンを5枚切りにし、半分にカットし、波刃のペティナイフで耳まで切り抜かず袋になるように開き、パンの表面をオーブントースターで軽く焼いてから、開いた間に具を詰めるのだ。
フルーツトマトとアボカドをスライスし、コブサラダドレッシングで和えたサラダチキンと詰め、出来上がり。ピタパンのようなサンドイッチだ。
次に、ベーコンを刻んでスクランブルエッグタイプのベーコンエッグを作り、とろけるスライスチーズを先に、2つ折りのようにして、同じく切り開いた食パンに詰め、その間に出来たベーコンエッグを詰めるのだ。
「ふふふーん♪」
鼻唄を歌いながらピタパンモドキを作っていると、ソウが起きてきた。
「ユリ、おはよう。何か手伝えることある?」
「ソウ、おはよう。袋サンドイッチを作ってるけど、他に何か希望有る?」
ソウは、ユリの作っているものを見渡した。かなり大量の袋サンドイッチが出来上がっている。
「お!これ、こっちでも作れるのか!」
「ん?どれが作れないと思われていたの?」
「サラダチキン」
「あら、サラダチキンぽいものは、とても簡単よ?」
ユリは、サラダチキンの作り方を簡単に説明した。
鶏胸肉に、粉末チキンスープと、塩と好みのハーブと、少量の酒を、耐熱性のジッパー袋に入れ、茹でるだけだ。時間があるなら半日から1日程、冷蔵庫で置いてから茹でると、更に良い。
「俺でも作れそう」
「作れるわよ。自分で作れば、好きな味に出来るわよ」
ユリは、出来た袋サンドイッチを、全て鞄にしまっていった。
「デザートは、果物で良いかしらね」
「昨日、硝子容器を貰ったときに、これ、預かってきたんだよ」
「なあに?」
それは、真っ赤なサクランボだった。小さめの透明なケースに、10粒くらい入っている。
「え!もうサクランボがあるの!?」
「出始めの高級品らしいよ。あの苺の人から、預かったって」
数が少ないので、あの場では出さなかったらしい。
ユリは受け取り、ケースのサクランボを眺めた。
「出始めなのね。実家では、高価な出始めの物は買わなかったから、私の認識に無いのね」
「白苺を買ったから、変わった物好きと思われたらしくて」
「成る程ね」
サクランボも鞄にしまい、お弁当の用意が整った。
次は、朝ご飯だ。
「ソウ、朝ご飯は、ご飯で良い?」
「何でも良いよ。ユリが作るものは、何でも美味しいから」
「うふふ、ありがとう」
味噌に漬け込んだ鮭を焼き、味噌汁と玉子焼きとほうれん草のおひたしを作り、ユメを起こしに行った。
「ユメちゃん、朝ご飯食べられる?」
「今行くにゃ!」
ユメは起きていたらしく、元気な声が返ってきた。
ユメを起こしにいっている間に、ソウとキボウが、テーブルに朝食を揃えてくれていた。
「おはよう、キボウ君。朝からお手伝いありがとうね」
「おはよー、おはよー。しゃけー、しゃけー」
キボウは、好きな焼き鮭が早く食べたくて、手伝っているらしい。
ユメも揃い、朝ご飯を食べ始めた。
「この鮭、旨いよなー。普通の塩鮭と何が違うの?」
「おいしー、おいしー」
「これは、味噌漬けよ」
「普通の味噌漬けとも違うよね?」
「なんちゃって、西京漬けだからね」
「なんちゃって最強漬けにゃ?」
「昔ね、貰い物の西京漬けが美味しかったんだけど、全く同じものを探したら、物凄く高価で、仕方なく自分で調味したのがこれなのよ」
「どうやって作るのにゃ?」
「市販の出汁入り味噌に、粉末の甘酒の素を混ぜて、そこに甘塩の鮭を1日漬け込むのよ。当時中学生で、あまり予算もなかったからね」
「へえ、そんな歴史が」
「西京漬けとは かなり違うけど、私はそれ以来これが気に入っていてね」
「でも、美味しいにゃ!」
「おいしー、おいしー」
「うふふ、ありがとう」
「お店では出さなかったの?」
「そうね。お店では出さなかったわね。名前のつけようがなかったからね」
「そんな理由なんだ」
この鮭は、ソウが向こうで買ってきた甘塩の銀鮭だ。キボウが焼き鮭を気に入り、週に1~2度、朝ご飯に出ている。塩鮭ばかりでは飽きるので、味噌漬けなど、少し変えて出しているのだった。
「ご飯を食べたら、出かけるか」
「何か用意するものはないのにゃ?」
「お弁当があれば、特には無いかな?」
ユメは何か少し考えているようだった。
「ユメちゃん、何か持って行きたい物が有るの?」
「カメラは無いのにゃ? 使い捨てカメラでも良いにゃ」
「え?使い捨てカメラって、なあに?」
「ユリ、知らないのにゃ?」
「うん」
ユリは、カメラを捨てるの?と、理解ができない。
「レンズ付きフィルムの事だな」
「ソウは知ってるのにゃ?」
「実物は触ったこと無いけどな。歴史資料館で見たことはあるぞ」
「今は無いのにゃ?」
「まあ、売っているのは見たことないな。ユメ、写真が欲しいと言うことなら、デジタルスナップを印画紙に焼き付けるのでも良いか?」
「良くわからないにゃ、写真になるならそれで良いにゃ」
ユメには、そもそもデジタルカメラの概念がない。
ユメとソウが話しているので、ユリはキボウに聞かれた。
「なにー?」
「キボウ君、私もわからないわ」
ユリの説明がないことに、キボウが驚いて目を丸くしていた。
「ソウ、結婚式の時のカメラは借りられないの?」
「あれ、リツの私物なんだよ」
「あー、リツ・イトウさんね 。確かに、借りたら面倒そうね。うふふ」
「まー、ちょっと待ってろ。部屋から良いもの持ってくるから」
ソウは部屋に戻り、何かをとってきた。
それは普通の眼鏡に見える。
「ユメ、これ、度は入ってないから、これをかけて1日過ごしてくれ」
「これなんにゃ?」
「これで映像が撮れる」
「にゃ!?」
「うわー。スパイグッズだわ。うふふ」
「あはは」
「ねえ、ソウ。これだとユメちゃんが写らないと思うんだけど?」
「それについては、これがある」
ソウは、身に付けている腕時計を指差した。
時計を見る角度で腕を前に出し「時間か」等、決められた言葉を唱えると、竜頭の反対側の位置等から画像が撮れる。使用者の側からのみ、狙っている映像が見え、他者からは時計にしか見えない。
うわー、更なるスパイグッズだわ。
ユリは少し楽しくなって、ソウに聞いてみた。
「それ、使ったこと有るの?」
「ここに来るときに持たされたから持っているけど、実用として使ったことはないよ。辞める時に、大分型遅れになったからってそのままくれたから、時計として使ってるよ」
ユメの理解を遥かに越えていたらしい。カワイツバサの時代では、携帯電話すら、一般に普及していなかったのだ。
「時代が進みすぎてるにゃ」
「ユメちゃん、大丈夫よ。私も追い付いていないわ。うふふ」
カメラ問題も解決し、出掛けることになった。




