桜里
ユリが、さっきは先に送ってもらったので、今度は後で良いと遠慮したら、そんなこと気にしなくて良いと、皆に言われた。
今回も、ソウはユリを先に連れていくことになり、ユメとキボウに「少し待っててな」と言って、転移した。
紫陽花と違い、桜はすぐに見渡せた。
濃いピンク色や薄いピンク色のボンボンのような八重の花や、白っぽい桜が一面に咲いている。
「八重桜だわ!」
ユリが桜に見とれていると、ユメとキボウの声がした。
「凄いにゃ!」
「すごーい、すごーい!」
「ユリ、お待たせ!」
満開の桜の下を、花を見上げながら歩く。
「前を見て歩かないと危ないぞ?」
「はーい。つい、美味しそうだなって思っちゃって。うふふ」
大部怪訝そうな表情で、ユメがこちらを見た。
「ユリ、食べるのにゃ?」
「桜花の塩漬けに使う桜は、こんな感じの花なのよ」
成る程と理解したのか、ユメが笑顔になった。どうやら、花をそのまま食べる想像をしたらしい。
「雀じゃ有るまいし、桜を散らせたりしないわ」
「あれは、花の根本にある蜜を吸っている結果らしいぞ」
「なんの事にゃ?」
「桜の木に雀が来ると、花を散らすのよ」
少し先を歩くキボウが戻ってきた。
「はなー!」
そう言って指差した先は川で、川面に散った花びらがたくさん浮かんでいた。向こう岸には既に散り始めの桜の木がある。こちら側と種類が違うらしい。
「向こうの花吹雪は、見事ねぇ」
「川下り的なこともできるけど、屋形船に乗る?」
ソウの提案に、一番に反応したのはユメだった。
「船に乗ってみたいにゃ!たぶん船に乗ったこと無いにゃ!」
「そうなの?なら、ぜひ乗りましょう」
「のるー、のるー!」
とても乗り気なキボウを見て、毎日木製の舟の上で寝ている気がすると皆が思った。
「ユメ、この先、南南西、約1km先にある屋敷に来られるか?」
「大丈夫にゃ」
「キボウを頼んだ」
「わかったにゃ」
ソウはユメと話をつけると、ユリを連れて離宮のそばに転移した。
すぐに、キボウをつれたユメが転移してきた。
「ユメちゃんは、距離と方角の説明だけで転移できるの!?」
「ユリはできないのにゃ?」
「迷子になりそうです・・・」
ソウとユメが、言葉にせず納得していた。ユリは、一度行った場所でないと、転移できない。この国から元の国に行けたのは、行き先を明確に思い描けたからだ。
「舟を出してもらってくるから、ちょっと待ってて」
ソウは少し高台にある離宮に入っていった。すぐそばには舟乗り場の小屋があり、船着き場らしき場所には、何艘かの舟が係留されていた。
「思っていたより、舟が大きいにゃ」
「これより小さいと、みんなで乗れないと思うわよ?」
恐らくモーターはないので、手漕ぎなのだ。あまり小さいと、漕ぎ手が乗ることができない。
「ユリ、もしかして、漕ぎ手がいなくても、動かせるのにゃ?」
「あー、そうね!やったことはないけど、動かせると思うわ!」
ユメとそんな話をしていると、ソウが男性二人を連れ、戻ってきた。
「今、ちょうど良い時間らしいよ。1時間くらい引き潮で、その後、満ち潮らしいから、戻ってくるのも簡単だって」
「ユリ、残念だったにゃ」
「そうね。うふふ」
「ユリ、ユメ、どうしたの?」
「なんでもないわ」
「なんでもないにゃ!」
ソウはキボウを見たが、あっさり言われた。
「キボー、しらなーい」
早速舟に移動し、ソウが連れてきた男性は、舵のため舟の前後に乗り込んだ。二人とも長い竹竿を持っていた。
この辺は海が近いためか、川の流れそのものにスピードはほとんどなく、とても緩やかだ。海には出られないため、流され過ぎる恐れもない。
ゆっくり舟が動き、景色もゆっくり変わっていく。
屋形船なので、半分以上は屋根があり、屋根の無い部分に大きめのクッションを敷き、上に寝転がって桜を眺めていた。
「全自動で下から眺める桜は贅沢にゃ」
「たまに、緑色の小鳥もいるわね」
「さくら、さくらー!」
たくさんの花びらが舞い落ちてきた。ヒラヒラ降ってくる花びらに、キボウが大喜びだ。
「他の人は、花見酒とかするのかしら?」
「屋形船を借りる人は、そういう人もいるよ」
「サクラアイスでも食べる?」
「室内に入ると、花見えないぞ?」
「なら、後で食べましょう」
屋形船は、秘密会議などに使う場合もあるらしい。
「思っていたより揺れないにゃ!」
「この辺は河口付近で、流れがなだらかだからな」
まだ両岸の桜が見えるが、だんだん植わっている桜の数がまだらになっていき、少し先の景色から岸の桜が見えなくなった。




