水流
4人揃って朝ご飯を食べた。ユリが作業していたので、ソウが作っておいてくれたのだ。
「べーこん!べーこん!」
「あー、これは買ってきたものだな」
キボウが、食事に出たベーコンを見て喜んでいた。
ソウが作ったのは、サラダ付のベーコンエッグとトーストだった。
「ソウ、どうもありがとう」
「どういたしまして。それで、塩抜きは何方式ですることにしたの?」
「手分けして、知っているもの全て試してみることにしたわ」
「へぇ。それは俺もやったことがないから、興味深いな」
「うふふ」
ソウの話が終わったタイミングでユメが尋ねてきた。
「ユリ、何か呪文を唱えていたのは、何にゃ?」
「あー、あれは、弱水流の魔法ね。本来、泳ぐときの補助に使うらしいわ」
「にゃ?」「は?」「なにー?」
「塩抜きの方法で、水流を作るために、エアポンプや小型モーターを回すというのがあったのよ。でも、モーター無いじゃない? だから、弱水流で代用できないかなぁって思って」
ソウは、魔法の存在そのものを疑問に思ったらしい。
「ほぼ海の無いこの国で、何に使うんだ? その魔法」
「湖で泳げば良いんじゃないかしら? 湖、無いの?」
「結界を張る前は、海に出られたと思うにゃ」
「あ、そうだったな。海に出られた頃に使っていたのかもな。湖は、どっかの領地の王家の別荘のそばにあるよ」
ユメから貰った王家の離宮の一覧に載っていたらしい。
「みずうみ、なにー?」
「湖は、川の水が自然にたくさん溜まった場所だな」
「かみさまのもり、あるー」
「世界樹の森の中に、湖があるの?」
「あたりー」
「日帰りできるなら、見てみたいわねぇ」
「日帰りできるならな」
見に行ったら最後、戻ってきた時には季節が変わっていそうだ。
食べ終わったユリは、再び厨房へ行き、手を叩いたあと、1つだけ分けてあるボールの水を変え、魔法の呪文を唱えた。
「イウスウリョニマン」
「ユリ、何て言ってるのにゃ?」
「イ・ウ・ス・ウ・リョ・ニ・マ・ン。よ」
「弱水流なのにゃ?」
「正しくは『波の流水』で、大波の呪文も別にあるわね」
「私も使えるにゃ?」
「多分1000pくらいだから、唱えてみればわかるんじゃないかしら? 波の大きさをイメージして、最初は水を触りながら唱えると良いわよ」
ユメは空の器に水を張り、試してみるらしい。
ユリは、お弁当に入っている、魚型の醤油容器に少しだけ水を入れ、キボウに渡した。
「これを入れると、水が動いてるのが分かりやすいわよ」
「わかったー」
ユリは、水道の水流のボールの中の、肉の裏表を返していた。
「うにゃー!!」
ユメが悲鳴をあげたので、何事かと思って振り向くと、水流が強すぎたのか、鍋から水が飛び散っていた。
キボウは、魚の醤油入れが動き回って、キャッキャと大喜びだが、ユメはずぶ濡れだ。
「ユメちゃん、大丈夫? ほら、これで拭いて」
タオルを渡すと、ユメは顔を拭き、手を叩いていた。
魔法がキャンセルされ、水しぶきが収まった。
「強すぎたにゃー」
「そのようね」
「ちょっと温かいシャワーを浴びてくるにゃ」
「風邪引かないようにね。着る服、買ったものもあるわよ」
「そうなのにゃ?」
先日、ユリの服をソウに買われたとき、ユリは、ユメとキボウの服を買ってきたのだ。
ユリも作業が終わったので、一緒に2階に戻り、ユメの服を杖の鞄から出し、渡した。
「可愛らしいのにゃ!」
「良かったわ。私のセンスだから、あんまりヒラヒラじゃないけどね」
「にゃー。私もあまりヒラヒラは着ないのにゃ」
「そうなの? お城の絵とかヒラヒラな服ばかりだし、初代様教の人たちのセンスは派手でヒラヒラ服らしいから、てっきりユメちゃんの趣味がそういうのかと思っていたわ」
「今の私には断言できないけどにゃ、日記に書いてあったのは、服を選んだことがないって話だったにゃ」
「あはは。私と一緒ね」
ユメは部屋に戻り、ユリの渡した服の一部を置き、風呂に入っていった。
「キボー、」
「キボウ君にも買ってきたんだけど、着てくれる?」
「ユリー、ありがとー!」
ユリはキボウを「キボウ君」と呼んではいるが、性別がいまいちわからないので、男女どちらにも使えそうな子供服を買ってきていた。
キボウに服を渡すと、キボウはそのまま受け取り、パッと真上に軽く投げた。
すると、キボウの着替えが完了した。まるで手品を見ているみたいだ。
「キボウ君、凄いわね!」
「キボー、すごーい、キボー、すごーい」
「ユリ、どうしたのにゃ?」
ユメが風呂から上がったらしい。シャワーだけなので、早かった。
「キボウ君の着替えが、手品みたいだったのよ。こー、服を上に投げるようにしたら、次の瞬間、着替えが終わっていたのよ」
ユリは、身ぶり手振りを交えながらユメに説明した。
「キボウ、その服、似合ってるにゃ」
「とても似合ってるわ」
「キボー、にあうー、キボー、にあうー」
「ユメちゃんも、とても似合っているわ」
「ありがとにゃ!」
ユメの服は、裾が広がった長めのAラインタイプの猫耳付パーカーと、細目のジーンズ。中に、丸襟の長袖ブラウスだ。
キボウの服は、オーバーオール、丸襟の半袖ポロシャツ、薄手のジップアップパーカーだ。
キボウは普段腕を出しているので、ユリはあえて半袖にしてみたのだった。
開始2時間後に当たる、9時の水流の確認もしたあと2階に戻ると、ソウが丁度箱を抱え帰ってきた。
「ソウ、それ何にゃ?」
「これ、燻製器とチップとウッド」
「いっぱいにゃ」
同じ箱が4つある。袋に入った細かい木片のようなものも4袋と、長い煉瓦のような塊が4つある。
「無難に桜にしておいたよ」
「ありがとう」
「無難に桜って何にゃ?」
「燻製に使うチップの素材の種類だな。他には、クルミとかリンゴなんかもあるぞ」
他には、ブナ、ナラ、ヒッコリー、ミックスタイプなどがある。
「桜が無難なのにゃ?」
「まあ、使いやすいかな。あとは、ユリの好みだな」
「昔、違うチップを使ったら、燻製臭すぎて食べるのが辛かったことがあってね。私の好みは桜らしいのよ」
「臭すぎるのは、確かに食べにくいと思うにゃ」
「買ってくるベーコンやソーセージは、そんなに燻製臭くないからね」
「成る程にゃー」
「ソウ、明日はよろしくね」
「任された!」




