畏敬
「おはようございます。あの、母と娘を連れてきているのですが、少しだけお時間いただいてもよろしいでしょうか?」
「ん、なに? かまわないけど、どうしたの? 」
「お礼を言いたいそうです」
「お礼?」
ユリは少し考えて、昨日の持ち帰ったおやつが美味しかったとかだろうと、心当たりをつけた。
お店に呼んでもらい 顔を出すと、メリッサの母親らしき女性がいきなり土下座して、娘らしい子供が、満面の笑みでお礼を言っていた。
「ゆりじょうおうたま!おいちいたべもの、ありだとざいまつた!また、たべたいでつ!」
「はい。また、メリッサさんに持って帰ってもらいますので、楽しみにしていてくださいね」
「わーい!やったー!」
微笑ましく会話が終わった。子供とは。
「・・・えーと、メリッサさんのお母様かしら?」
「は、はいぃ!」
「出来れば起きて、椅子に座っていただきたいんですけど」
「た、大変申し訳ございません」
メリッサの母親らしき女性は、その場に正座した。下を向いたままだ。
ユリは悟った。これは自分で言っても無駄だと。
「メリッサさーん、お母様に、椅子に座るように説得してくださーい」
「はい、ただいま参りますー!」
厨房から飛んできたメリッサが、母親に説明していた。
「ちょっと母さん、ユリ様に失礼だから、言うことを聞いて?」
「そ、そうなのかい? 偉い人の顔を見たら罰が当たらないかい?」
「ユリ様が、座るようにおっしゃっているのに、座らない方が、よほど失礼よ」
「そ、そうなのかい?」
恐る恐るといった感じに、やっと椅子に腰かけた。
「えーと、私が、白衣を着てこの店にいるときは、この店の店主なので、敬わなくて結構です。女王の服を着て冠をつけている時だけ、女王だと思ってください」
やっとユリの方を見た。
「本当に、本当に、」
今度は泣き出した。
「母さん、今度は何? ユリ様は忙しいんだから、話したいことがあるなら、早く言って?」
ユリは、困ったなぁと思いながらも静かに待っていた。
「め、メリッサを、」
詰まったまま言葉が続かない。
メリッサを、の続きはなにかしら ?
「メリッサを雇ってくださり、本当にありがとうございます」
普通の挨拶だったわ!
「メリッサさんは優秀なので、私も助かっています」
「このご恩は一生忘れません。本当に、本当に、ありがとうございます」
割りと会話が噛み合っていない気がする。
ユリは、初期のマーレイや、城で初めてシッスルに会った時を思い出していた。
努力の結果ではないところで偉くなって敬われるのは、苦手だわぁ。
「メリッサさん、今日のお昼はグラタンだから、皆さんも一緒に食べていくと良いわ」
ユリは仕事もあるので先に退席した。
少しして、厨房へ来たメリッサが説明してくれたところによると、孫の失礼な態度の責任をとるつもりで、あのような行動に出たらしい。
なんだろう? この国の貴族には、幼児に腹を立てる人が居るのだろうか?
ユリには理解できなかったが、そういう者も居る。
このあとすぐにマーレイが来て、11時頃にはイリスも来て、お昼前にソウも帰ってきた。
「ユリ、ただいま、キウイ買ってきたよ」
「ソウ、おかえりなさい。キウイありがとう」
「そういえば、ちょっと面白い物貰ってきたよ。あれ?お店、誰かいるの?」
「メリッサさんのご家族がね。ご挨拶に見えたのよ」
「へえ。丁寧だね」
「そうね」
少し疲れた感じのユリを不思議に思ったのか、ソウはユメにそっと尋ねていた。
「リラちゃん、お昼休み開けたら、フルーツオムレットを組みます」
「はい。キウイフルーツ以外、準備終わっています」
ユリはミルクレープを冷蔵庫から出してきて、半分に切り、もう一回、36度の角度になるように放射状の切り目をいれた。
「リラちゃん、全部で10等分になるように残りを切ってくれる?」
「はい」
ユメがリラを覗きにいっていた。
「ユリ様!凄いです!これ、何で同じ大きさになるんですか?」
残りを切ったリラが、興奮ぎみにうったえていた。
「10等分するときは、ケーキの大きさに関係なく同じ角度だからね。その角度だけ覚えてしまえば良いのよ。販売するケーキを切る数で難しいのは10等分くらいだからね」
「大きさに関係ない、成る程そうなのか!」
リラはユリが言った意味がわかったらしい。
「慣れれば、そのうちできるようになるわよ。最初は36度の厚紙でも作って当てて切ったら、そのうち角度を覚えるわ」
みんなに好きなグラタンを選んでもらい、焼いている間にキウイフルーツを剥いてカットした。
「あら?そちらは温めないんですか?」
「これは冷たいまま飲むスープなのよ」
「冷たいスープ!?」
ユリの手元を覗き込んできたメリッサが、驚いていた。
ガラス製のカップに注ぎ、10個用意した。
「メリッサさん、そういえばお子さんって、同じもの食べられそう?」
グラタンを幼児は食べられるのか、今さら気になったのだ。
「問題ございません。いただいた揚げ物も、一番多く食べていました」
「そう?無理そうなら言ってね。他にも食べるものはあるからね」
鞄の中に、色々ストックがある。
「他ですか?」
「初めて来た日に食べた鶏丼とか、常にストックがあるのよ」
「そうなのですか!?」
「魔力を増やして1万になったら、あなたも取り出せるようになるわよ。うふふ」
グラタンが焼け、店のテーブルに持っていった。
今日は、リラ、マーレイ、イリスが、カウンターに座っている。メリッサの家族に4人がけテーブルを譲ったようだ。
「さあ、いただきましょう」




