新人
「おはようございまーす!!」
「おは、え? メリッサさん? あなた配膳だから、早くても11時くらいで良いのよ?」
週明けの月曜日、ユリが朝ご飯のあと厨房で準備をしていると、メリッサが来た。まだ、リラやシィスルすら来ていない時間だ。
約束では今日から来る予定ではあるが、てっきりイリスと一緒に来ると、ユリは思っていた。
「はい!イリスさんから、早く行けば行ったなりに仕事があると聞いています!」
「まあ、そうだけど、初日から張り切りすぎると、疲れちゃうわよ?」
「王宮で下働きの時は、朝5時前から、夜の20時くらいまで働いていましたので、全く問題ありません!」
全く引く気がないことだけは良くわかった。
「あ、うん。何が出来るの?」
「基本的な家事はできます。こう言っては失礼ではありますが、イリスさんよりは、料理もできます」
「あはは。私は実際には食べたことはないけれど、話には聞いているわ」
その比較は参考にならない。
「あの、リラに聞いたのですが、ナイフを使わず安全に、野菜の皮を剥く、魔法の道具があるとか」
魔法の道具? 何の事かしら?
「あ!ピーラー?」
ユリは、ピーラーを持ってきて、メリッサに見せた。
「これの事かしら? ちょっと使って見せるわね」
ユリは、アスパラガスの下側半分の皮をピーラーで薄く剥いた。
「うわー!凄い!!」
「やってみる? 下半分の固いところだけ薄く剥いてね」
「はい!」
ユリからピーラーを受け取り、楽しそうにアスパラガスの皮を剥いていた。
「面白ーい、かんたーん!楽しー!」
リラちゃんの所はどうしているのかしら?
ユリは確かめたことがなかったことを、初めて疑問に思った。
予定より少しだけ早く、シィスルが来た。
「おはようございまーす!」
「おはよう」「おはようございます」
「あ、えーと、メリッサさんでしたか、今日からなんですね」
「えーと、リラのお弟子さんの、」
リラが同時に紹介していたため、メリッサには、シィスルとマリーゴールドが、どちらかわからないらしい。
「あ、シィスルです。一番弟子のシィスルです。もう一人の上品な方が、マリーゴールドです」
上品な方って、エライ紹介のしかただなぁとユリは思った。それに、シィスルの特徴を説明していない。
「明るいのがシィスルちゃんで、おとなしい感じがマリーゴールドちゃんよ」
「よくわかりました!シィスルさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
和やかに挨拶をして、シィスルは早速ユリの今日の予定を確認に来た。
「何からしますか?」
いつも、Mの日とTの日は、様子見をかねて、リラはマヨネーズを作りに来る。Wの日の分は、Fの日に作って帰ったりしている。それに、その日こちらに出勤のシィスルやマリーゴールドよりも早く来て、作って帰るのだ。なのに、今日はまだ来ていない。
「今日はリラちゃんたちは、マヨネーズ作りに来ないの?」
「何か先に仕込む物があるみたいです。後で来ると思います」
「そうなのね。今日は、不足分のパウンドケーキをお願いします。昨日50本ほど作ったけど、今日も作ります」
シィスルは早速、パウンドケーキの用意を始めた。
「メリッサさんは、厨房を手伝うんですか?」
ユリのそばまで来て小声で確認してきた。
「お店が始まったら配膳よ。今、あなたの助手につけても大丈夫?」
「え、何の、」
「パウンドケーキの型紙とか」
「はい。お願いします」
アスパラガスを剥き終わったメリッサは、ユリとシィスルの話が終わるのを待っていたようで、ユリが振り返ると、次の仕事を聞いてきた。
「ユリ様、次は何をいたしましょう?」
「シィスルちゃんに習って、パウンドケーキの型紙を型に敷いてください」
「はい。シィスルさん、教えてください」
その間ユリは、剥いてもらったアスパラガスを回収し、8本に、豚バラの薄切りを巻き付けた。この豚バラ肉の薄切りは、向こうで買ってきたものだ。こちらには、電動のスライサーは無い。残り14本は、そのまま茹でて3等分した。
お昼に使うので、双方とも冷蔵庫に入れた。
「そういえば、メリッサさん、朝ご飯は食べてきたの?」
「はい」
「昼ご飯はうちで出すけど、夕ご飯はどうするの?遅くなった場合、うちで出して良いの?」
家族が家にいる人に夕飯を出すのは、ためらわれるのだ。
「夕飯は自宅で食べます。できれば、19時までに帰りたいですが、繁忙期は働きます」
「了解。基本的には18:30には仕事は終わるけど、稀に終らないときも、帰って大丈夫よ。今年は、残業になることもないと思うわ」
「はい。ありがとうございます」
パウンドケーキの仕込みを始めた頃、リラたちが来た。
挨拶をしたあと、何で遅いのか聞いて、ユリは驚くのだった。
「アスパラガスの板摺が大変で、時間がかかりました」
(板摺=まな板の上で塩をふって、野菜をゴロゴロさせ、色良く仕上げる)
「色良くするためなら、湯に塩をいれれば良いでしょ?」
「それだと、固いままではありませんか?」
リラの返事を聞いて、ユリはやっぱりと思ったのだ。
「リラちゃん、ピーラーって、やっぱり無いわよね?」
「ピーラー、ありますよ。領主様のお屋敷の厨房にもあります。当時、作っていただきました」
ユリの厨房にあるピーラーは、オール金属なので、腕の良い金属加工を出来る者なら、真似て作れないこともないのだろう。
ユリは、こちらの技術で再現できるものは、伝えても良いと、当時リラに言ってあった。
「有るの!? なら、アスパラガスは、下半分をピーラーで皮を剥けば、柔らかく美味しく食べられるわよ?」
「そうなんですか!?」
ユリは、先程茹でた アスパラガスを持ってきて食べさせた。
「これが上で、これが真ん中で、これが下側ね」
リラとマリーゴールドは、ユリの渡したアスパラガスを食べてみた。
「うわー!全部柔らかい!?」
「柔らかく、美味しゅうございます」
二人に食べさせたついでに、シィスルとメリッサにも渡した。
「昨日のうちに教えなくてごめんなさい」
「いえいえ、私が、何か方法がないかと聞くべきでした」
硬い下部分は、板摺して繊維をたち切るか、細かく刻むかして使っていたらしい。
「100本も大変だったわね」
「何もせずそのまま茹でた場合、固いところは歯でしごいて食べるものだと思ってました」
「あー、昔、おばあちゃんがそんなことを言っていた気がするわ」
ユリがまだ小学生の頃、料理が苦手なユリの母親が、アスパラガスをそのまま茹でて出し、食べ難い野菜だなと当時思ったことを思い出した。その時に料理人の父親が「とある国では、この穂先の柔らかいところしか食べないらしいぞ」と言いながら、ピーラーで硬いところを薄く剥けば全部美味しく食べられると、実践して教えてくれたのだ。そのときなぜか食卓に一緒にいたおばあちゃんが「せっかく作ったんだから、歯でしごいて食べれば良いのよ」と、母を慰めていた、不思議な思い出を思い出した。
一緒に住んでいたわけではないのに、なぜその時おばあちゃんがいたのか、考えても思い出せなかった。
リラとマリーゴールドは、マヨネーズを作り、ベルフルールに戻っていった。




