胸元
怒濤の五日間を終え、アイスクリームの日だ。
ちょっと疲れが抜けないけれど頑張ろう。
昨日ぶりのマーレイに、疲れていないか聞くと、大丈夫とのことだった。
9:00頃到着すると、やはり総勢のお出迎えだった。
あれ?一人足りない?
良く見るとパールホワイト伯爵夫人が居ない。けど、見たことの無い顔がいる。
「ユリ・ハナノ様、ご紹介させてください」
「はい」
「こちら、パールホワイト伯爵夫人の妹君であるサーモンピンク子爵夫人、カーネーション様です」
「お初にお目にかかります。カーネーション・サーモンピンクでございます。姉の代理で参りました」
「ご丁寧にどうも、ユリ・ハナノです」
「是非、アルストロメリア会に参加したく、嬉しい限りです」
「アルストロメリア会?」
疑問に思っているとローズマリーが答えた。
「ユリ・ハナノ様のお店の名前から、この集まりはアルストロメリア会と呼ばれておりまして、入会希望者が沢山居りますのよ」
「えー、話題になってるんですか?」
「今一番のトレンドでございますわ」
ま、まじか。
「ちなみに、何人くらい希望者がいますか?」
「私の派閥だけで30いえ40くらいは」
「派閥以外も含めると?」
「100は下らないかと」
「こちらの場所をお借りしなければできないので、1回が10人くらいまでであれば、ローズマリーさんが人選してくださって構いません」
「よろしいのですか!?皆喜びましてよ」
アルストロメリア会の専用キッチンである厨房に移動した。
カーネーションも割烹着を着ていた。
「割烹着、お持ちなんですね」
「こちらもトレンドですの」
「そ、そうなんですか」
私の割烹着より少し長めのそれは、良く見ると全員お揃いのようだった。
前回はお揃いではなかった気がする。
「もしかして、揃えたんですか?」
「はい。アルストロメリア会の入会特典ですの」
「なら、胸元に名前を入れていただけると、新しく来る人の名前を間違えずにすむと思うのでお願いします」
「それは素晴らしいアイデアですわ!」
「貴族の女性はみんな花の名前なんですか?もしそうなら、その花の刺繍とかでも・・・」
メンバーの目が輝いた。
余計なことを言ってしまった気がする。
だって私は百合の刺繍なんてできない。
「ユリ・ハナノ様のお名前もお花だと伺いましたが、リリーの花でよろしいでしょうか?」
「はい、そうです」
「では、一番上手なものに刺繍させます」
「ありがとう!ありがとうございます」
たすかったー。
色々あったけど、アイスクリームの実習が始まった。
「卵を生で食べる習慣がない場所では加熱する方法で作ります。
まず鍋で牛乳をあたためます。鍋に牛乳を入れてください。
膜が張らないように、沸騰させない80度くらいが理想です」
温度計があると良いんだけど、そもそも有るのかなぁ?
「次に、ボールに卵を割り、卵黄を取り出し黄身だけ使います」
卵が上手に割れないかと心配したが、意外にも皆器用に割っていた。そういえば、パウンドケーキでも割っていたんだった。
「ホイッパーで混ぜてからグラニュー糖を加えます。
卵黄を混ぜる前に砂糖を加えるとダマになりやすいので必ず卵黄を混ぜてから砂糖は加えてください」
皆、頷きながら真剣に混ぜていた。
「混ぜながら少しずつ温めた牛乳を加えます。
しっかり混ざったら網で濾します」
私はボールの下に濡れ布巾を敷いて動かないようにしたが、皆にはちょっと一人では難しかったらしく、メイドの助手がついて牛乳を加えていた。
「鍋にいれ、スパテラで混ぜながらあまり強くない火で温めます。強すぎると感じたら火から少し遠ざけてください」
火力調節が難しいから初心者には厳しいなぁ。
ユリは心配していたが、それでも皆器用に焦がさないように混ぜている。
「少しとろみがついてきたら火から下ろし、塊が気になるようならもう一度網で濾します。・・・濾す必要がある方は居ないようですね。皆さん優秀です」
見回したユリが誉めると、皆が少し笑顔になった。
「冷やしやすいようにボールに移し、氷と水を張った容器に浮かべ、混ぜながら荒熱をとります。
そのまま氷水で冷やし、乾かないように濡れ布巾で表面はおおっておきます」
ラップが無いって、意外と大変。
シリコンラップとか持ち込んだらダメかなぁ?
「この状態のものをアングレーズソースと呼びます。もう少し砂糖を減らした配合で作って、デザートにかけて使ったりもできます」
へえ。と聞こえそうな感じに、感心した顔で話を聞いている。
「冷やしている間に生クリームを泡立てます。
卵やバターと違って生クリームは、ホイッパーを左右に振るようにして泡立てます」
「どうして泡立てかたが違うのですか?」
「あまり詳しくはありませんが、卵やバターは空気を含ませるのが目的で、生クリームは、含まれる油分がくっつくようにして固まることでクリーム状になるので、振動させることが大事らしいです」
「そうなのですね。同じ泡立てるでも、素材によって作業が異なるとは、お菓子作りは奥が深いのですね」
「昔読んだ説明なので、少し違っていたらご免なさいです。えーと、常温以下に冷えた先程のものに、生クリームを混ぜ、金属の容器にいれて、真冬箱で冷やします。
ここまでできたら真冬箱にいれて説明だけ聞いてください」
皆、真冬箱に金属容器をしまいこんだ。
「30~60分くらいたったらスプーンで撹拌します。
その後30~60分くらいたったらもう一度攪拌してできあがりです。
柔らかいようなら更に冷やしてください」
説明は最後までしたけど、作業的には真冬箱にいれたら一旦終了だ。
例のごとくお茶会に移行する。
「次回作りたいものの候補はありますか?」
「パウンドケーキよりは簡単なものが良いです」
みなさんお疲れだったものね。
「ユリ・ハナノ様、先程なにか作ってらしたのはなんですか?」
「あれは、卵白があまるのでシャーベットを作っていました。アイスクリームがこってりタイプなら、シャーベットはさっぱりタイプの氷菓です」
「それは教えていただけるのですか?」
「基本は一緒なので後で紙に書きましょう」
「ユリ・ハナノ様、先日カメリア様がおっしゃった、お魚のお菓子は作れそうですか?」
「それは設備的にという意味ですか?」
「はい」
「あれだけの設備で作れないものの方が少ないと思います。問題なのは、やけどの心配です。あと、機材や道具についての質問は誰にすれば良いですか?」
「料理長は来られるかしら?」
ローズマリーが、メイドに聞いた。
「聞いて参ります」
素早く行ったと思ったら、素早く帰ってきた。
「すぐ参るそうです」
すぐ後ろから料理長が走ってきた。
「お呼びと伺いました」
「ユリ・ハナノ様の質問に答えなさい」
「かしこまりました」
「えーと、釜からものを出すときに、手にしているのはなんですか?軍手?ミトン?ぼろ布?
鍋などの熱いものの作業の時、手にしているのはなんですか?
石綿ってわかりますか?」
「グンテとミトンがわかりません。熱いものは重ねた布を使います。石綿もわかりません」
「わかりました。ありがとうございます」
この場に残りたそうな料理長がこちらを見ていたが、私にどうこうできる範囲ではないので、ごめんと思いながらみんなに向き直った。
「少し対策を考えるので、若鮎はちょっとだけ待ってください」
「はい。お待ちしております!」
「そろそろかき混ぜにいきましょう」
「はい!」
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