燐片
今日の予定を進めていると、マーレイと一緒にイリスが来た。二人ともかなり早めの出勤だ。
「ハナノ様、銀杏と百合根と焼き蒲鉾のご用意ができるようです。竹の子の塩漬け、三つ葉、椎茸、鶏肉、卵はご用意致しました」
焼き蒲鉾。色付きの板蒲鉾がなければ、表面を焼いてある、焼き蒲鉾を探して欲しいと頼んだのだ。
元の国の蒲鉾の赤い色は、自然着色料使用の方が、むしろ苦情が来るという、少し難しいものなのだ。なので、この国に板蒲鉾があっても、赤い蒲鉾は存在自体していない可能性をユリは考えたのだった。
クララが、百合根の茶碗蒸しを知っていたので、関東の蒸し蒲鉾がなくても、関西の焼いた板蒲鉾があるかもしれないとユリは考えた。板にのった蒲鉾はマーレイに見せたので、ユリが欲しい物自体は理解してくれたのだ。
ちなみに、ユリの大好きな赤い色素のビーツは、蒸して作る板蒲鉾に使うと、熱で退色するので、使用には向かないのである。
「マーレイさん、助かったわ。ありがとう」
出汁に使う昆布や鰹節は、常に買い置きがある。
「ユリ様、今日は早く参りました。何かお手伝いはございませんか?」
「イリスさん、銀杏の殻を割るか、百合根を分解して洗うかならどっちが良いですか?」
イリスはマーレイをちらっと見てから答えた。
「百合根を洗います!」
「銀杏の殻を割っておきます」
マーレイが、銀杏を割っておいてくれるらしい。
「マーレイさん、キッチンばさみのギザギザのところか、胡桃割り器か、何か器具を使って割ってください」
「かしこまりました」
昨日ソウが用意してくれた分は、せいぜい、今日と、休み明け1日分程度なのだった。マーレイが探してくれたお陰で、全て国産で作ることができそうだ。
「ユリ様ー、クッキー類終わりました。次何しますか?」
「洗った百合根の傷んだところを切り捨てて、適当な大きさに分けてから2~3分茹でておいてくれる? 銀杏の剥いたものは、少なめの水で、お玉で軽くグリグリしながら茹でて、薄皮を剥いておいてちょうだい」
「はーい!」
マーレイが、すまなそうに質問に来た。
「あの、ハナノ様、銀杏の縮んだ物はどうしたらよろしいでしょうか?」
「縮んだ感じの物は、茹でずに冷たい水に浸けておいてください。ものによるけど、半日から1日くらいでふっくらすると思います」
「かしこまりました」
すでに4月なので、大分干からびているらしい。
ユリは鶏肉と椎茸と竹の子を切りながら、出来上がる茶碗蒸しを収納していた。
「ユリ様、大分傷んだ感じの百合根はどうしますか?」
「食べると口当たりか悪いから、避けちゃって良いわ」
「はーい。ユリ様、この百合ってどんな花が咲くんですか?」
「百合根の百合は、鬼百合、小鬼百合が主で、たまに、山百合や鹿の子百合もあるわね。鬼百合と小鬼百合は、全体がオレンジ色で黒っぽい斑点があって、山百合は、全体が白くて、中に黄色い筋がある とても香りの良い百合で、鹿の子百合は、外側が白くて、中に赤い筋があって、鬼百合と小鬼百合と同じように、花びらがかなり丸まった感じに反り返る百合よ」
リラは百合根を見ながら何か考えているようだった。
「これ、植えたら百合が咲くんですか?」
「その大きいまま植えれば、すぐに咲くけど、燐片1つとかだと、咲くまでに数年かかるわね」
「この、避けた大きいカケラを植えておいたら、いつか百合が咲くんですか!?」
「咲くわね」
ワクワクを隠せない顔でリラが聞いてきた。
「植えてみても良いですか?」
「良いわよ。キボウ君に助言をもらうと良いわ」
「はい!」
リラは、避けて捨てるつもりだった、傷の有る大きめの燐片を、大事そうに別けていた。
「あ!これ、芽が出てる!」
「芽が出てるのは、そのまま植えたら良いわ」
「はい!」
「あまり中心まで剥かないで、直径2cmくらいの大きさで残したものを植えると、燐片よりは早く花が咲くわよ」
あまりに細かすぎても使い難いのだ。
百合根は結構土が入り込んでいるので、しっかり洗う必要がある。
リラとイリスで、分けた百合根を何度も洗っていると、キボウが戻ってきたらしい。
「キボー、きたよー」
「キボウ君おかえりなさい。芽が出ている百合を植えたいそうだから、リラちゃんに教えてください」
「わかったー」
リラは手を引っ張られ、つれていかれるようだ。
「ちょっと持ってください。シャベル持ってきます」
リラはシャベルを探しにいってしまった。
「うえる?」
キボウは、百合根を見ながら、リラと一緒に百合根を洗っていたイリスに聞いていた。
「リラが植えます」
「わかったー」
リラとキボウは、百合根とシャベルをもって外に出ていった。
「予定数終わりましたので、茹でて皮を剥きましょうか?」
おそらく畑に行ってしまったリラに代わり、マーレイが皮剥きまでしてくれるらしい。
「マーレイさん、ありがとう。お願いします」
しばらくすると、リラとキボウは帰ってきた。
リラは手をよく洗い、ユリに言われて爪ブラシを使って、さらに洗い直した。
「南側のお日様がよく当たる場所に植えてきました!」
「あら、では、鬼百合か、小鬼百合ね」
「そうなんですか?」
「キボウ君が場所を指定したなら確実ね。鬼百合と小鬼百合は日向で、山百合と鹿の子百合は、半日陰なのよ」
「同じ百合でも色々違うんですね」
「そうね」
ユリは今日出す予定のムースを仕上げ、リラはキボウとクッキーを仕上げ、マーレイとイリスが、茶碗蒸しの器に具材を分け、ユリが卵液を注ぎ、足りない分の茶碗蒸しも仕込み終わった。
そうこうしているうちに、お昼ご飯の時間になった。
「ソウも、ユメちゃんも遅いわね?」
「どこかに出掛けられているんですか?」
「んー。聞いてないからわからないわ」
食事の準備が終わり、ソウとユメの分は、魔道具の鞄に一旦しまうことにした。
「お待ちしなくてよろしいのですか?」
イリスが心配して尋ねてきた。
「いいわ。食べ終わっても来なかったら、以心伝心を送っておくわ」
みんなが席についた。
「さ、食べちゃいましょ」




