玉葱
休み明けの早朝。
「ユリ様ー! お酢があったら分けていただけないでしょうか」
リラがマリーゴールドを連れて現れた。
「おはよう。リラちゃん。マリーゴールドちゃん。どのくらい要るの?」
「おはようございます」
「おはようございます。マヨネーズに使う分くらいです」
「そこに有るから使って良いわよ・・・そうだ。マヨネーズベースじゃないドレッシングとか興味有る?」
「はい!!もちろんです!」
ユリはノートを持ってきて、材料を読み上げた。
「下ろし玉葱 中玉1個分、醤油 100ml、油 60g、味醂 45g、砂糖 27g、レモン果汁 60ml、塩 4g、粉かつお ひとつまみ、胡椒 少々よ」
「マヨネーズも、お酢も使わないんですか!?」
「レモン果汁がたくさん入っているからね。これは、大部分をお酢に変えても良いわ」
書いたものを見返しながらリラが言った。
「粉かつおが有りません」
「普通の鰹節でも良いわ。さっぱりと食べるお肉のタレにも向いているのよ。レモンは鞄にたくさん有るから使って良いわよ」
「混ぜるだけですか?」
「そうね。あまりにも玉ねぎが辛いときは、少し加熱すると良いわ」
自分の中で理解したらしく、リラは笑顔になった。
「あとで、材料を揃えて作ってみます!」
「あ、ここで作るなら、ジューサーミキサーで玉葱細かくすれば良いわよ。ミキサーの中にそのまま混ぜるだけで作れるしね。材料も使って良いわ」
「早速作ります!」
リラとマリーゴールドが、目をキラキラさせて、材料を集め始めた。
リラが、玉葱を粗微塵切りにし、マリーゴールドがその他の材料を素早く計量し、ジューサーミキサーに玉葱を入れ、細かくしたあと全てを混ぜ合わせていた。
「うわー!お手軽!」
「調味料の加減は、好みに調節してみてね」
「ありがとうございます!」「ありがとう存じます」
興奮し、帰ろうとする二人を、ユリは呼び止めた。
「ちょっと、あなたたち、マヨネーズ作りに来たんじゃないの?」
「あ!忘れてた!」
リラとマリーゴールドは、ばつが悪そうに笑いながら、マヨネーズを作り始めた。
「そういえば、聞こうと思っていたんだけど、ベーコンを作るとしたらいつが良いの?」
「いつというのは、曜日ですか?」
「そうね。下準備1~2時間、冷蔵庫に寝かせるのが最低でも1週間、塩抜きに一晩、薫製に3~4時間くらいかかると思うわ」
「でしたら、Eの日と、Sの日に、下準備と薫製をしていただければ、全員が見に来ることができます」
「えーと、詳しいのは、私じゃないんだけど」
「ホシミ様ですか?」
「そうなの」
「どうぞ、よろしくお伝えください」
「じゃあ、ソウの予定も聞いておくわね」
「お願いします」
再び、帰ろうとした二人をユリは呼び止めた。
「お酢、足りないなら、それ一瓶持っていって良いわよ」
「ありがとうございます!!」
ユリも朝の仕込みが終わり、朝食のためにリビングに戻ることにした。
朝食を作るつもりでリビングに来て驚いた。なんと、ユメとキボウがソウを手伝って、何か作っていたのだ。
「おはよう、ソウ、ユメちゃん、キボウ君。今日は早いのね」
「ユリ、おはよう。ご飯できてるぞ」
「ユリ、おはようにゃ」
「おはよー、おはよー」
みんなでいただきますをして食べはじめた。
「みんな、朝ご飯ありがとう」
「花屋が来るのを待ってるのにゃ!」
「まってる、まってるー」
「なんか、そうらしいよ。俺より早くから起きてたみたい」
チューリップが届くのが楽しみなのね。何色が届くのかしら?などと、ユリは考えていた。
そして気がついた。ユメ以上に、キボウが上機嫌なことを。
「キボウ君、何か良いことでもあったの?」
「キボー、おはなー! キボー、なまえー!」
ユリとソウは、意味がわからず首をかしげ、ユメはニコニコするだけで、知っているらしいのに解説してくれなかった。
「花屋が来ればわかるにゃ」
「そうなのね」
説明する気がないらしいので、ユリも花屋の到着を待つことにした。
「俺、午後から枝豆の種か苗を買いに行ってくるよ」
「はい。お願いします」
「あと、ユリ、転移組を、そろそろ買い物ツアーにつれていく予定なんだけど、いつなら良い?」
「日程は?」
「3泊4日。日月火水か、水木金土か」
「土曜日じゃなくて、えーと『つちのひ』に、かからない方が良いわ。アルストロメリア会を再開する予定だから」
「了解」
そんな話をしていると、下から呼ばれる声が聞こえた。
「ユリ様ー!ユリ様ー! 植木屋さんが見えてますー!」
急いで階段を下りると、早めに来たらしいシィスルが、外にいた花屋に気がついて、声をかけてくれたらしい。
「シィスルちゃん、どうもありがとう」
「何か、パーティーでもあるんですか?」
「え?なんで?」
「いえ、花がたくさん有るので」
「そうなの?」
ユリが話している横を、ユメとキボウが走って通りすぎて行った。
二人を追ってきたソウも、下りてきた。
「ユリ、なんかヤバイかも」
「え?」
ソウが慌てているので、ユリも急いで外に出た。
そこにあったのは、リアカーのような屋根の無い荷馬車4台に満載された、鉢植えのチューリップだった。
「うわー!これ全部なの!?」
「ユリ、もう一台来た」
今度の荷馬車は、各種アルストロメリアを積んでいた。
総勢5台の荷馬車満載の鉢植えのチューリップと、アルストロメリア。
「ユメちゃん、これ、どこに置くの?」
「お店の回りに並べるのにゃ!」
ユメと話していると、キボウが見慣れない花を持ってきた。
「キボー!」
「え?」
ニコニコしてそれだけ言ったキボウに、アルストロメリアそっくりの青い花を渡された。
「そのアルストロメリアは『希望』という名前にゃ」
「そうなの!? こんなネモフィラのような、夏の空のような綺麗な青いアルストロメリアは、初めて見たわ!」
「新種らしいにゃ。私が名付けさせてもらったにゃ」
赤みがほとんど無い、綺麗な青いアルストロメリアだった。
「ユメちゃんが名付けてくれたのね。これ、みんなの花なのね」
これは「希望」という名の「夢百合草」
私たち家族の花だ。
「キボウ君、これ、地植え出来そう?」
「どこー?」
「お店の入り口か、南の畑か」
「いりぐちー!」
キボウによると、南の畑より、東の入り口付近の方が適しているらしい。入り口の横に有る、以前はネモフィラなどを植えていた花壇に植えることにした。
花壇にあった、ネモフィラと矢車菊とノースポールなどは枯れてしまったらしく、残っていなかったけれど、逃げた種が芽吹いて、花壇の外の地面には、小さなノースポールが野生化している。
ユリは、根を崩さないように、そっと花壇に一鉢植えてみた。
ソウが植えられるように掘ってくれたのだ。
この花壇は、水捌けが良いのに、庇の下に入るため、水をやらないと植えたものが枯れてしまう。
持ってきた花屋は、根腐れしやすいから、水捌けが良い場所が好ましいと言っていた。
もうひとつ、青いアルストロメリアはあるようだが、キボウが抱えているので、キボウの分なのだろう。おそらく、世界樹様の元に持っていくと思われる。
「キボウ君、どうもありがとう」
「ぴんくーアルストロメリアー、あかーアルストロメリアー、しろーアルストロメリアー、きいろーアルストロメリアー、むらさきーアルストロメリアー、オレンジーアルストロメリアー」
「ん?他の色のアルストロメリアをどうするかってこと?」
「あたりー!」
「どうしようかしら? どうすれば良い?」
「このままー、おくー」
キボウは、外倉庫の入り口がある北側を指していた。
「北側に並べるの?」
「あたりー」
「移動しておくから、細かい場所はキボウ君が直してね」
「わかったー!」
ソウと二人で、30鉢ほど有る、アルストロメリアを移動させた。
ユメは、チューリップの場所を、楽しそうに決めている。このチューリップは、なんと120鉢ほど有るそうだ。赤、白、黄色、紫、ピンク、オレンジが、各20鉢ずつあるらしい。
ユリは、はっと気づいた。
シィスルが居ない。
慌てて厨房に行くと、朝の準備が大分終わっていた。
「シィスルちゃん、ありがとう!」
「いえ、何か、お花大変そうでしたので、先に準備を始めました」
花がいっぱいで、一日中、大騒ぎになるのだった。




