葡萄
「誰か探しているの?」
ユリが声をかけてみた。
「ユリ・ハナノ様! お初にお目にかかります。私は、メリッサと申します。イリスの紹介で、参りました」
ソウが、イリスを呼びに行ったら、慌てた様子でイリスが駆けつけてきた。
「メリッサ! 帰ってくるのは一週間後じゃなかったの!?」
「なぜか、お貴族様の転移魔法の部屋を使わせていただけたの!」
イリスはユリのために、ユリの希望に沿った人材に声をかけてくれていたようだ。
あとからわかるのだが、イリスの手紙の内容を知ったパープル侯爵の計らいだった。
この、メリッサという人物は、生まれてすぐの子供を親に預けて王都に働きに出ていた。高給であれば、仕事の内容や働き先にこだわりはなく、結婚してすぐに夫を亡くしており、その時に作った借金を返済するために、死に物狂いで働いていた。返済の目処はたったが、子供を預けていた親が体調を崩し、どうしたら良いかと悩んでいた時にイリスから、村に戻ってきて一緒に働かないかと誘われたのだ。
「ユリ様、リラより大分年上ですが、読み書き計算もできますし、通いでこちらまで来ることができます。人物は、私でも、マーレイでも、リラでも保証できます。如何でしょうか?」
「えーと、メリッサさん? やる気はありますか?」
「はい! 村から通える仕事だなんて、願ってもない幸運です!」
「いつから来られますか?」
「はい。何か大変そうに見えるのですが、よろしければ、今からでも、いつからでも可能です!」
「メリッサさん、お昼ご飯は食べたの?」
「いえ、今来たばかりで、領主様のお屋敷から直接ここまで来ました」
「イリスさん、何かご飯を出して、仕事を教えてくれる?」
「かしこまりました」
ソウがついていって、厨房に入れるようにしてくれた。
マーレイがお礼を言いに来た。
メリッサは、リラが小さい頃、良く面倒を見てもらったそうで、リラの姉のような存在らしい。ちなみに、メリッサは、25歳、子供は現在4歳だ。
「なんだっけ、メリッサ」
「レモンバームね。たしか」
「レモンバームか」
戻ってきたソウに聞かれ、ユリが答えた。
そばで聞いていたユメが、レモンバームが、わからなかったらしく、ユリに聞いていた。
「ユリ、レモンバームってなんにゃ?」
「レモンバームは、ハーブの一種よ。良く育つから、育てやすいけど、良く育ちすぎるから、畑に植えると広がりすぎて大変なことになるわ」
「そんなのもあるのにゃ」
「ミントの系統はみんなそんな感じよ」
説明が終わったらしいイリスとマーレイが来て、ユリとソウに交代を申し出てくれた。
「ユリ様、私がユメちゃんの補助をいたしますので、お休みを取られては如何でしょうか?」
「ありがとう。ソウと少し休ませてもらうわ」
イリスとマーレイがユメの補助をしてくれるというので、ユリとソウは少し休むことにした。
厨房に行くとメリッサが、料理を噛み締めながら唸っていた。
「美味しすぎるぅー!」
「あら、ありがとう」
「あ!ユリ・ハナノ様!」
イリスは、鶏丼を出してくれたらしい。
初心者には、ちらし寿司はハードルが高いと判断したのだろう。
「今日配っているお菓子は食べてみた?」
「いえ、いただいていません」
ユリは中身の説明をし、ふと思ったことを聞いてみた。
「メリッサさん、魔力あるわよね?」
「はい? えーと、私は平民なので、魔力はありませんが」
自分の名前の由来を知らないようだ。少し不安げな表情をしていた。
「あなたの名前は、有名な薬草の1つなので、確実に魔力があると思うわよ?」
「そうなんですか!?」
驚きすぎたのか、持っていたスプーンを落としていた。
「では、推定150pなので、魔鉱石などに充填することから練習して300pになったら、魔法を教えましょう」
「え!? 私に魔法が使えるのですか!?」
「イリスさんもリラちゃんも使えるわよ」
「ええええええ!!!!!」
立ち上がり、驚いたまま固まっていた。
「まだ食べられるなら、唐揚げと、葛切りと、色々あるわよ」
「あ、はい。ユリ・ハナノ様」
「名前、ユリで良いわ」
「はい。ユリ様」
ユリは自分達の食事を用意しながら、メリッサに、唐揚げと葛切りとコーンスープを提供した。
「キボーきたー」
「キボウ君、ご飯食べるわよね?」
キボウはテーブルを見回して、メリッサの食べている鶏丼を見たらしい。
「キボー、とりごはん!」
「鶏丼のこと?」
「あたりー!」
ちらし寿司は、出せば食べるけれど、選べるなら選ばないらしい。ユリは、キボウは生の魚はあまり好まないのかなと考えたが、実は、キボウは鶏丼の甘めのタレが好きなだけである。
キボウは、メリッサのそばに行って、何か話しているようだった。
「私はメリッサです。キボウ様、仲良くしてください!」
「わかったー」
メリッサの反応を聞き、あー、本当に、リラの姉的存在なんだなと、ユリは思った。
ユリとソウが食べ終わる頃、リラたちが花を持って倉庫がわから現れた。
「えーー!何で、メリ姉が居るのーー!?」
メリッサを見たリラが叫んでいた。
「リラ!私は今日からここで働くことになったよ。よろしくね!」
「え!いつ決まったの?」
「今日よ。ついさっきね」
「まさか、メリ姉に先を越されるとは・・・」
何となく気の毒そうに、リラの弟子はリラを見つめているようだった。
「リラちゃん、紹介しないの?」
「あ、そうだ。シィスル、マリーゴールド、この人はメリッサさん。幼馴染みの、近所のお姉さんです」
「メリ姉、この二人は、私の弟子で、シィスルとマリーゴールドです」
紹介したあと、仲良く挨拶をし、リラはしばらく話し込んでいた。
ふと気がついた。シィスルとマリーゴールドは、籠をいくつか持っていた。
「シィスルちゃん、マリーゴールドちゃん。何でまた籠を持っているの?」
「はい。列を見て、あきらめてベルフルールに来て、それでも悩んでいた人から、預かってきました」
「ユメちゃんには会えないけど、お返しのお菓子は持っていってもらえる?」
「はい!」「かしこまりました」
リラたちは、花束をユメに渡したあと、籠の数のお菓子をもって戻っていった。
ユリは店に行き、花束をほどき花瓶に生けた。
まだ家にすら戻っていないというメリッサは、夕方帰らせた。
結局、御祝いの列は、暗くなっても途切れることがなく、18時過ぎにお店の営業が終わったリラたち3人までもが手伝って、並んでいる列にお返しのお菓子を配り、籠を引き受けてきた。
「リラちゃん、シィスルちゃん、マリーゴールドちゃん、どうもありがとう。なんとかなったわね」
「ユメちゃんの人気はさすがですね」
「そうだ、リラちゃん、琥珀糖いつカットするの?」
「シィスルとマリーゴールドと三人でカットしようかと思っています。今からでも良いですか?」
「どうぞ。他の色も作ったから見本にしてね」
「他の色?」
あとから作ったはずなのに、すでに出来上がっている いろいろな色の琥珀糖を見て、やはりリラは疑問に思った。
「ユリ様、これ、1日じゃないですよね?」
「今朝作ったんだけどね」
「え? 今日の朝ですか?」
「キボウ君が乾かしたのよ」
「えー!そんなからくりが!」
するとキボウがニコニコと現れた。
「リラー、キボー、てつだう?」
「良いのですか!? お願いします!」
リラが固めた寒天は、ユリが作ったような、グラデーション系の色だった。1枚の板に、いろいろな色が入っている。
ユリの指導のもと、少し複雑なカットをし、総勢で並べ、キボウの呪文と交互にひっくり返して乾かした。ついでにと出してきたソウの丸い琥珀糖も、一緒に時送りして乾かした。
乾かす前は、濃い紫色だったけど、表面が糖化し、中身が暗く見える。
「ソウのはなんで丸くしたのにゃ?」
片付けが終わったらしいユメとイリスが厨房に来た。二人は、受け取った籠の手紙を整理していたのだ。
「食べてみればわかるよ」
ユメは受け取り、ソウが作った丸い琥珀糖を食べてみた。
「葡萄の味がするにゃ!」
「果汁100%で作ってみた!」
ソウは、全員に一粒ずつ配っていた。
ユリもついでと柚子の琥珀糖を配り、かじったリラが、「何か入ってる!?」と、騒いでいた。
黄緑色の琥珀糖をキボウに渡すと、キボウは、「キボーいろー」と言いながらみんなに配り、自分で作った琥珀糖は、全て世界樹様に持っていくらしく、手をつけなかった。
ユメが作ったルレーブ色の琥珀糖は、初代様教のハイドランジアやローズマリーに渡す予定らしい。
もうひとつソウが作ったルビーのような赤い琥珀糖は、星見家に持っていった。
そして、リラが作った琥珀糖は、ベルフルールでランチにつけたらしい。




