青紫
土曜日の定休日。
「そうだ、来週の木曜日の服、何とかしなくちゃ」
「あてはあるの?」
「以前ハイドランジアさんが、私が城で暮らせるくらい服は用意してあるって言っていたから、何着かは本当に有ると思うのよね」
ユリの気楽な意見に、ソウがおののいたあと、呟いた。
「暮らせるくらいって、100とか200とかだぞ?たぶん」
「えーー!」
ユリが驚いていると、ユメが来て話に加わってきた。
「普段使いの服も用意したから、離宮に行くときに使って欲しいって言ってたにゃ」
「あはは、こりゃ、200どころじゃないな」
「えー。なんで、そんな、着ない服を作る必要が?」
「そういうものにゃ」
「そういうもんだな」
ソウもユメも、ユリの疑問に答えてはくれなかった。
「なら、丁度良いのが有るか見に行きましょう」
開き直り、城に行くと言うと、もちろんキボウもついてきた。
ユリが城でハイドランジアを呼び出し、目的を告げたとたん、大喜びでハイドランジアは侍女やメイドに指示を出していた。
「先読みの巫女様の御慶事ですのね!ユリ様、禁則事項はございますか?」
「真っ黒ではない、白地ではない、足があまり出ない、肌があまり出ない、その辺でしょうか」
「問題はお色のみでございますね」
色々な色の、豪華な聖女の衣装が持ち込まれた。そもそも露出は少ないデザインだ。
白地が基本の聖女の衣装なのに、持ち込まれた物の中だけでも、白地ではない服がたくさんあった。
貸衣裳屋なのか? と思わせるほどの大量の衣装が並び、サイズは全てユリの物らしい。
ユメとソウが、やっぱりと言わんばかりに笑っていたが、ユリはかなりひきつっていた。
「私が着なかったら、どうするつもりだったのですか?」
「落ち着かれたらいずれ、国を回ることもあるかと思われますので、無駄にはならないと思われます」
「はあ」
ひな祭りの日に、ユメからソウが渡された紙束は、離宮の明細だった。そのどこへ出掛けても困らないように、地域に合わせた衣装があるらしい。正装と言っても、暑い地方と寒い地方で同じ服は着ないと説明され、やっとユリも理解した。それにしても多いのだが。
「ユリ様のお好きな色で良いのでしたら、こちらなどいかがでございますか?」
ハイドランジアが奨めてくれたのは、青みの濃い青紫色の聖女の衣装だった。表面の布はオーロラカラーなのか、うっすら虹色に輝いている。
「これ、ベールもあるの?」
ソウが、ハイドランジアに尋ねていた。
「はい。此方は共布のベールがございます」
「ユリ、それが良いんじゃないか?」
ソウのお薦めらしい。
「ベールかぶった方が良いの?」
「まあ、ユリが何者か理解していないだろうからな。かぶったままが無難だと思うぞ?」
問題がありそうならと、ソウの言葉に従うことにした。
「そっか。当日どこで着替えたら良いかな」
ユリが呟くと、ハイドランジアが答えてくれた。
「こちらでも、ローズマリーのところでも、ラベンダーのところでも、ユリ様のお好きな場所で、承ります」
「なら、ラベンダーさんのところで着替えた方が良さそうかしら」
ハイドランジアは、笑いながら同意してくれた。
「恐らくではございますが、ラベンダーも、何かしらの御衣装を用意していると思われます」
「そうなの!?」
「そうだろうな。ユリに頼られたときに、何もないとは言わないと思うよ」
「えー。私の予定には全くなかったわよ」
ハイドランジアからは、衣装を2着渡された。もう一着は赤紫色で、予備らしい。
「ソウ、ユメちゃんとキボウ君はどこにいったの?」
「到着するなりキボウが走っていったのを、ユメは追いかけて行ったぞ?」
「私たち、ユメちゃんに頼ってばかりね」
「本当だな」
キボウの養育を任されたのは、ユリとソウとカエンである。こちらに住まいの無いカエンは仕方ないとしても、ユメは頼まれてもいないのに、面倒を見ているのだ。
「まあ、あいつ(キボウ)は不思議生物だから、色々予測できないよな」
「不思議生物・・・うふふ。そうね。不思議な存在よね」
ユリは、以心伝心で呼び掛けることにした。
『ユメちゃん、家に帰るわよー』
『キボウ君、家に帰るわよー』
「今、呼び掛けたから、すぐ来るでしょう」
「王宮に来てメイプルが居ないのって、なんか不思議だな」
「そうね。いつも何故か一番最初に出会うのよね」
女性や子供は一人ではうろうろしないし、国王もうろうろしないので、執務が多く、身軽に動く王子が確率的に高いのは仕方がない。しかも王族エリアなので、その他の貴族にも基本的には会わないのだ。
「ユリ、ソウ、お待たせしたにゃ」
「ユリー、おかしー、あるー?」
「ユメちゃんお帰りなさい。キボウ君、ひなあられが少しあるわ」
キボウにひなあられを渡すと、さっと転移で消えた。
「カンパニュラちゃんに渡すのかしら?」
「来たら新しいお菓子を渡す約束したのにゃ?」
「え?」
「キボウの言葉をシッスルが訳したら、ユリが言
ったって、キボウが言ってたにゃ」
「んー? 確かに、それに近いことを言ったかもしれないわ」
キボウはすぐに戻ってきた。
「カンパニュラー、おかしー、よろこぶー」
「キボウ君、カンパニュラちゃんにお菓子を渡してくれてありがとう」
キボウは役立ったことに満足したのか、ニコニコしておとなしくなった。
「とりあえず帰りましょう。私は帰ってから、ラベンダーさんの所に顔を出しに行くわ」
「このまま皆で行けば良いんじゃないか?」
ソウの提案に、ユリが確認してみた。
「ユメちゃんとキボウ君も、レッド公爵邸に一緒に来る?」
「一緒に行くにゃ!」
「いっしょ、いっしょ」
ユリは、ハイドランジアにお礼を言ってから、全員をつれて転移した。




