式典
いよいよ今日、メイプルたちが世界樹の森へと旅立つ。
ソウとユメとキボウは早くから手伝いに行ったが、ユリはもしもの場合の引き継ぎを、リラにしていた。
「昼前には帰ってくる予定よ。私は世界樹の森へは入らないし、立場上挨拶に行くだけだから」
「絶対、絶ーー対、帰ってきてくださいね?」
仕事の引き継ぎ自体はとうに終了し、リラが遠回しに「行ってほしくない」と、駄々をこねているのだった。
「帰ってくるわよ。私だって困るもの」
ようやく諦めたのか、きちんと頭を下げ、送り出してくれるようだ。
「お気を付けて行ってらしてください」
「ちょっと行ってくるわね」
ユリはラベンダーの所に寄り、正装を着付けて貰った。一人でも着られないことはないが、人から確認された方が確実だし、数日前に手紙が来たのだ、「侍女の仕事をさせて欲しい」と。
「ユリ様、御支度が整いました」
「ラベンダーさん、ありがとう。一緒に行く?」
「はい! お供させてくださいませ」
ラベンダーは、そもそもついてくるつもりだったらしく、既に用意した鞄を手から下げていた。
「それ、何が入っているの? 私が持つわよ?」
「いえいえ、ほんの私物でございます」
そんなに重くはないらしい。
「今日の報酬的なものは何か希望有る?」
「新作のお菓子を・・・」
「新作のお菓子を?」
食べたいのかしら?
「教えてはいただけないでしょうか?」
「えー! 何処で?」
とりあえず、時間がないので、式典が終わってから話し合うことになった。
ユリがラベンダーを連れて転移し、世界樹の森の前まで行くと、既に皆集合していた。
そこには、国王パウローニア、王妃ハイドランジア、第三王女サンダーソニア、第一王子の第二子カンパニュラ。
キャンファー・ブルー公爵、ネモフィラ・ブルー公爵夫人。
ダビディア・レッド公爵、アコナイト・レッド公爵夫人。
ギンコー・イエロー公爵。
パーシモン・パープル侯爵。
次期パープル侯爵、現アメジスト伯爵トリヤ・パープル、夫人スノードロップ・パープル。
ウルトラマリンブルー侯爵の群青松竹梅がいた。
あれ? ローズマリーはどこだろうと探すと、ユメのそばに控えている。
ふと、ライラックも居ないことに気がついた。
「ラベンダーさん、ライラックさんが居ないようだけど」
「イエロー公爵夫人でしたら、かなり前にお亡くなりになられています」
「そうなの!? 知らなかったわぁ。色々な式の時に見かけないなぁとは思ってたんだけど、私を避けているのかと思ってたわ」
次元の狭間に挟まったキボウを助けに来たときに見た、入ることのできない結界の幕はなく、女王になったときと同じように、世界樹の森は柔らかそうな白い床が見渡せた。
「ラベンダーさん、何が見える?」
「草原でございますか?」
入り口付近に、ユメとローズマリーの他、ソウとキボウと第一王子と第一王子妃と第一王子の第一子が、見えたので、ユリも急いでそばまで行った。
式典が始まり、キボウが橋渡しとしてスピーチするらしい。先日、一人帰らずに残っていたのは、この打ち合わせをしていたようだ。
「キボー、てつだうー。プラタナス、がんばるー。かみさま、てつだうー。メイプル、がんばるー。アネモネ、がんばるー」
分かるような分からないような。さすがに、カンパニュラに同行していたシッスルが通訳するようだ。控えている騎士たちの後ろから出てきた。
「キボウ様が、世界樹様のお手伝いをされるので、プラタナス様が頑張ることが出来るように、メイプル様と、アネモネ様も、頑張って下さい。とおっしゃっていらっしゃるのだと思います」
「あたりー!」
通訳を聞いたソウが小声で呟いていた。
「スゲーな。超訳」
「うふふ、そうね。すごいわよね」
いよいよユリが入り口前に立ち、世界樹様に挨拶をする運びとなった。
作ってもらった原稿を丸暗記した口上を述べ、最後に、世界樹の森へと立ち入る3人をどうかお見守りくださいと、挨拶を締めた。
荷物は、既にキボウが置いてきたのか、すぐ食べるようなランチバスケットのみを持っていた。
キボウが先導し、メイプルたちは世界樹の森へと入っていった。プラタナスはメイプルとアネモネの間で、二人に手を繋がれている。唯一、世界樹の森が、暗い森に見えるプラタナスが怖がらないように配慮したのだろう。
「姿がかき消えた」「いきなり見えなくなった」
そんな声が多数聞こえる中、ユリにはハッキリと見えていた。ここから帰るときに見た、高い塔に入っていくまでを。
そうか。あれが、リスさんが作った家なのかしらね。ユリはまったく覚えていないのに、なぜか懐かしく思い、ふと笑った。
「ユリ、どうした?」
「何かあったにゃ?」
「無事に建物に入ったわ」
「え!途中で姿が消えなかった?」「にゃ!?」
「高い塔が有るのよ。その中に入っていったわ」
「あー!それがあの映像か!」「家にゃ!?」
「多分ね」
少し待っていると、キボウが戻ってきた。
キボウはまた、木の実を持っていた。
「ユリー、これー」
「キボウ君、ありがとう。私が貰って良いの?」
「いいよー。シッスル、パウンドケーキー!」
「シッスルさんにパウンドケーキを渡したいから、これと交換と言うことかしら?」
「あたりー!」
「城に戻ってから、渡しましょう」
「わかったー」
帰り支度をしている皆に、ユリは声をかけた。
「城に戻りますか? 各家に戻りますか?」
群青 松竹梅を除く全員が、とりあえず一旦は城に戻ると言うので、転移陣に乗ってもらい、ユリが高位貴族全員を転移させた。転移陣の上から転移能力者が転移させると、体重と同等を越えても、魔力が1人分しかかからないうえ、行き先を選べる。城や貴族家に有る転移陣は、基本的に城との往復にしか使えない。高位貴族たちをユリが運び、騎士や関係者として参加していたその他をソウが運んだ。さすがに一度では転移陣に乗り切らなかった。
城に到着し、キボウに頼まれた通り、シッスルにパウンドケーキを渡した。
「あと、これは、カンパニュラちゃんと食べてください」
「ありがとうございます。こちらも凄いですね!」
新しいデザートもいくつか渡した。明後日の雛祭りに販売する予定で、先に試作した分である。この後、仕込む予定だ。
パープル一家は、ソウとユメとキボウで連れ帰ってくれると言うので、ユリはレッド公爵夫妻とラベンダーを連れ帰ることにした。




