氷水
「油を温めます」
「はい!準備できてます」
業務用の揚げ物鍋の油は、今、温度を上げている。
「氷水と薄力粉と卵を用意します」
「はい!氷水持ってきました!」
氷水以外は全て用意済みだ。
「卵を割って良く混ぜ、氷水を加えます」
「はい!加えました!」
「そこに振るった薄力粉を入れ、軽く混ぜます。混ざりきらない程度で良いです」
「全部混ざらなくて良いんですか?」
「はい。少し粉が残ってるくらいで良いです」
「きれいに混ぜてしまうとダメなんですか?」
「今の状態の衣で揚げると、軽くサクッと出来上がります。混ぜすぎると、重たいどっしりとした衣になります」
均一に混ざっていないのは何となく納得できないけど、ユリが言ったからそうなんだろうと、リラは考えていた。でも、思った。
「後で両方作ってみて良いですか?」
「うふふ。良いわよ」
ユリはどんどん揚げていき、リラにも教えながら全種類を7人前揚げ、南瓜を数個リラに渡した。
「衣を良く混ぜてから、最後に南瓜を少し揚げてみると良いわ」
「はい!」
良く混ぜ、南瓜に衣をつけると、粘度の高い衣が分厚くついた。
「うわ、なんか食べる前から、重そう」
「ソウ、天ぷら揚がったわよー」
『ユメちゃん、天ぷらできたわよー』
『キボウ君、お昼ご飯ですよー。戻って来てくださーい』
ユリは階段の下からソウを呼び、ユメとキボウには、以心伝心を送った。
「リラちゃん、マーレイさんとイリスさんは、いつ来るの?」
「もう来ると思いますが、呼んでみます」
リラも以心伝心を送っているようだった。
ユリはその間に、天汁を作った。
「おー!天ぷら盛り合わせ!」
「ただいまにゃー!」
「キボー、きたよー」
ソウが、2階から下りてくると、ユメとキボウは、外から戻ってきた。
そのすぐ後に、マーレイとイリスもやって来た。
「お招きくださいましてありがとうございます」
「さ、さ、座って、みんな、食べましょう。天汁有るわよ。塩で食べても良いわよ。塩、抹茶塩、ドライ柚子胡椒が有るわ」
魚が無い分、鶏天があるので、味付けは各自の好みだ。
リラが、マーレイとイリスに、中身が何であるか説明しながら、最後に揚げた良く混ぜた衣の南瓜まで食べさせていた。
「うわ!ほんとに食べ口が段違い!!」
「リラ、何が違うの? 違う南瓜なの?」
イリスが、不思議そうに尋ねていた。
「衣を軽く混ぜるか、しっかり混ぜるかの実験したの!」
「衣だけの違いなのか。最初の方が、旨いな」
マーレイが独り言のように呟いていた。
「ユリの天ぷらは美味しいのにゃ!」
「おいしー、おいしー」
「蕗の薹、旨いな! 旬の味だな!」
ソウが蕗の薹を食べて喜んでいた。
「ん? 本当だ!なんか大人の味で美味しい!」
リラが騒ぐと、マーレイとイリスも食べてみたらしい。
「あら、本当! これ、ピーターさんが、物凄く不味かったって言っていた草よね?」
「私が自分で収穫してきたから、本当だよ!」
イリスが驚いてリラと話していた。
「イリス、何をしたら不味かったんだ?」
「はい、ホシミ様。サラダと、煮物を試したそうです」
「それは、合わなそうね。ふふ」
「良く、サラダで食ってみようと思ったな」
蕗の薹の調理がどうのより、そもそも、この国に蕗を食べる習慣はあるのだろうか?
「ユリ、蕗味噌は?」
「持ってきてあるわ」
ソウが自分のご飯の上に、器に添えられた匙で、少し取り分けたあと、ユメとキボウにも取り分けていた。その後マーレイに渡し、マーレイとイリスも少し皿に取り分けていた。
「お母さん、ユリ様からこの『ふきみそ』を教えていただくために、蕗を収穫したんだよ。お父さんとお母さんも気に入るなら作るよ!」
「前にお店にあった『大葉味噌』とは少し違うのね」
「リラは作れるのか。これも旨い」
マーレイがニコニコとしながら、蕗味噌をご飯にのせて食べていた。
食べ終わる頃リラに、すぐに食べない天ぷらの話をした。
「温かい蕎麦に入れる天ぷらのときは、衣が大きい方が好まれるから、これよりは混ぜて、薄力粉に少しベーキングパウダーを加えると、良いわよ」
「どうなるのですか?」
「少し時間がたっても、しなり難くなるわ」
「そんな技が!?」
この後リラは、自分の店の分の天ぷらを揚げる予定なので、ユリに色々聞いていた。
「変わり種的なものや、衣の変化などはないのですか? フライのときは、衣にパセリを混ぜていましたが」
「他には、青海苔を加えた衣で揚げると『磯辺揚げ』になるわ。竹輪を揚げると美味しいんだけど、竹輪ってわかる?」
「ちくわ? 多分わかりません」
「今度用意しておくわ」
「期待してます!」
少し食休みをした後、リラは7人分の天ぷらをユリに手伝って貰いながら揚げ、天汁を受け取り、ベルフルールに帰っていった。




